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星に願う 〜娘は発達障害でした〜  作者: 遠宮 にけ ❤️ nilce
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19 揺れる心

挿絵(By みてみん)

19


 会場に入ると、私たちは遊戯室のステージ横にある退場口付近に席を取った。

 退場口の暗幕をめくると、すぐ裏側にトイレがあるからだ。


 ファミレスのドリンクバーで子供達は、新味開発! などと盛り上がってしこたまジュースを飲んでいた。

 店を出る前にトイレへ連れては行ったが、こんな時は何が起こるかわからない。

 朝子は場内に入った後も、改めて場所を確認させておこうと子供達をトイレに誘導した。

 知らない園に入るのは初めてで冒険気分になっているらしく、二人とも渋ることなくトイレへ向かった。


「トイレは、ステージに人が立ってない時に行くんだぞ。上演中は我慢しろよ」


 朝子達が席に戻ると、じぃじが改めて二人を諭した。

 大人からすると当たり前のマナーだが、子供は知らず走り出すかもしれない。

 付いている大人は心配が絶えないのだ。

 私たちもこの人にそんな風に諭されながら育ってきたのかな、と懐かしく思う。


「わかってるよぉ! もう、トイレトイレうっせー」


 詩音はそんなこと、と言わんばかりに口を尖らせて反発する。

 躾に厳しいばぁばが聞いたら、返事はハイ、生意気な口を聞いてはいけないと説教されるところだ。

 鷹揚なじぃじは詩音の反発など気にもかけず、プログラムをカバンから引き抜いている。


「なー姉ちゃん。七ちゃんいつでるん?」


「年中は三クラスあってその二番目だって、夕子おばちゃん言ってたじゃん」


 莉音は貸して、と隣に座るじぃじからプログラムを取り上げた。

 それから詩音の前に広げ、ここに書いてあるんだから、とプログラムを指し示す。

 

「ごめんね朝子。もたないだろうから適当なところで出てもらっていいからね。私たちはビデオ席にいるから」


「うん。まあ適当にやるよ。大丈夫、そんなに気を使わなくてもいいから。ごめんな。こんなの連れて押しかけて」


 朝子はそう言いながら隣に座る詩音の椅子を押さえた。

 椅子の足をガタガタ揺らし始めていたからだ。

 子連れでかしこまった場に向かうと、普段より子供に注意しなくてはいけないことが増える。


「バカ、ちゃんと行儀よく座りなよ」


「は? 姉ちゃんなんかすぐバテるくせに。俺の方が……」


 莉音がお姉さんぶった言葉を吐き、隣で背筋を伸ばしてみせると、詩音がそれに張り合った。


「二人とも声がでかいからアウト」


 朝子が低音で囁くと二人はピタリと静かになる。

 やっぱり朝子はすごいな。

 子供に目をかけながら私のことまで気遣って……。


 朝子は私を疎んじてなどいなかった、ずっと気にかけてくれていた。

 そのことは確かに私の心に火を灯してくれた。


 それなのに今度は目の前の立派な朝子の姿に、もし七緒の母親が私じゃなくて朝子だったらと思い始める。

 私さえいなければ……から、私じゃなければ……へ。

 どうして……。


 誠司の言う通り、私は何かが決定的にわかっていないのかもしれない。

 私はそっと席を離れ、誠司の並んでいるビデオ席の列へと向かった。




 ビデオ席はステージの正面にある。

 席とはいうものの、そこは椅子も何もないだだっ広いスペースだ。

 出演する時だけ入って我が子を最前列で撮影することができるように設置された場所で、演目が終われば次のクラスと交代となる。


 保護者は皆あらかじめクラスごとに緑、オレンジ、青と色分けされたカードを首に下げている。

 保護者はこのカードの色ごとに分かれて、ビデオ席に入る順番を遊戯室の端で並んで待つというわけだ。

 誠司はそのオレンジの札をかけた一群の中で携帯をいじっていた。


「ビデオの準備はいいの?」


「あー。大丈夫。まかせろ」


 ビデオ席には各家庭一人ずつしか入れない。

 なので実際はカメラ操作のわかる誠司だけが入り、私は席にいなくてはならない。


 でも私は誠司とここに並んでいたかった。

 席はママたちでいっぱいで居心地が悪いのだ。

 カメラ係はパパという家が多いのか、列にいるのはほとんど男性で、そこにいればママの視線に緊張することも少なくて済む。

 誰も私のことなど気にしちゃいない。

 そう思うのにどうしても心細くて、ここではできるだけ誠司の側を離れたくなかった。


 遠目から会場に入ってくる人たちの姿を見る。

 今日は家族と一緒に来ているからだろうか、ママ達の会話も挨拶程度のあっさりしたものに思えた。

 昨日ママたちが園で集まっておしゃべりしている時感じたチラチラと刺すような視線も、今日は散り散りとなり、私を差し抜いたりはしない。

 時に私からの視線に気付いて目を向けるママもいたが、そうでもなければわざわざ私を見たりしないのだ。

 バス通園の私をほとんど誰も知らないし、何より今日はとても忙しいから。


 誠司の言うように、私や七緒のことなんて彼女たちの中では単なる話の種。

 些細なものだ。

 そう実感することができた。


 それでも入場者の中に千秋の姿を見つけた時は冷や汗が走った。

 笑顔で手を振ってくれたので、そのまま手を振り返す。

 両家の祖父母が出席とあちらもなかなか大所帯らしい。


 千秋の胸からのけぞって、抱っこ紐の中から溢れそうな修二君の姿が映る。

 まだ座って静かに見ていることなど難しい年齢だ。

 千秋はパパにビデオカメラを預けると、祖父母たちを席の方へ誘導した。


「ビデオ席からは、そのまま反対側にある出口を出て席に戻れるみたい。私もここで見て終わったら席に向かうね」


 プログラムの裏にある図を指し示しながら誠司に話した。


 ブザーの音がなって緞帳(どんちょう)が下りる。


 いよいよ一組目の緑のカードを首に下げた人たちがビデオ席に案内される。

 位置についたパパたちはピント合わせなど調整を始めた。

 今頃子供たちもステージで準備をしていることだろう。

 子供達の足音が聞こえる。

 

 先生がマイクを持ってステージに立つ。

 いよいよ開幕だ。

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