2 夕子と朝子
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私の名前は夕子、妹は朝子という。
姉が夕で妹が朝。
どうしてそんな名前になったの? 反対じゃない? とよく人に尋ねられた。
誰かに聞かれるたび、母はこんな風に話した。
夕子の夕は夕日の夕。
旅行先の海で見た”だるま夕日”がゆらゆらと神々しくってね。
そこから戻って間もなく妊娠がわかって。
ああ、あれは神様のお告げだったんだって思ったわ。
だから生まれる前から、この子の名前は夕子って決めていたの。
朝子?
朝子はほら、姉が夕子だから。
揃えてつけたってわけ。
いつだったか朝子が、私はお姉ちゃんのついでなのね、とふてくされたように呟いたのが忘れられない。
一度きりのことだったけれど。
優等生の夕ちゃんと、不良娘の朝ちゃん。
いい大学出て、高校の先生になって、トントン拍子に結婚、出産と順風満帆な人生を送ってきた夕ちゃん。
勉強もせず絵ばっかり描いて、デザイン事務所に入ったと思ったら、子供ができたなんて言って、もめにもめた末結婚にこぎつけた朝ちゃん。
夕ちゃんはいい子ね、それに比べて朝ちゃんは。
そういう視線を向けられて、朝子が何を思っているのか、考えるのが怖かった。
朝子に憎まれたくなくて、いつも黙ってただ顔色をうかがっていた。
だからと言って不器用な私は、うまく振舞うことなんかできなかったのだけれど。
”いい子”の私にはない世界を持っている朝子が、私には光り輝いて見えた。
文字通り朝日のごとく駆け上り、道無き道をも切り開いていく朝子。
私には”いい子”の枠の外に踏み出す方法なんて、わからない。
沈みゆく夕日のように静かに、あるべき道を辿って降りているだけなのだ。
朝子はこんなに素晴らしいのに。
私さえ側にいなければ、朝子はきっともっと自分を好きになれたかもしれない。
そう思うと気がついたら私は、私が大嫌いになっていた。
なんでもよくできるんだから、もっと堂々としていればいいじゃない。
朝子はそんな風に言って、自分のことが嫌いな私を余計に疎んじるようになった。
名前のせいで比較される事が多かった私たちは、こうして自然と疎遠になった。
結婚後も同じ町に暮らし、年の近い子供がいるのに、互いの子供を一緒に遊ばせることなど、盆や正月くらいしかなかった。
実家に顔を出すタイミングもそれとなくずらした。
親に見比べられるのが怖かったのだ。
子供達のことも、母親としての自分たちのことも。
それでも私たちは親を鏡のようにしてお互いの姿を見てしまっていた。
七緒ちゃんは賢いのね。
夕ちゃんに似たのかしら。
莉音ちゃんだって、まだそんな難しいことわからないわよ。
どっちが上だかわからないわね。
詩音くんはやんちゃで手がつけられないの。
あれは朝ちゃんそっくりなのよ。
生意気な口調なんかもう生き写しなんだから。
と言うように……。