15 友梨ちゃん
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「優里香先生はちゃんとやりとりした上で七緒が外に出ることを許可しているみたい。信じて様子見てもいいかなって思って。男の子との件は……把握していなかったみたいだから朝教室の外で見ている先生に確認してみるって言ったきり、そのまま」
「そうなんだ。私はなんか心配だな。優里香先生。もっとビシッとしてほしいっていうか。それでね今日夕子に伝えとかなきゃいけないって思ってんだけど、実はママたちの間でこういう話も出ているの。直接見たわけじゃないんだけどね……」
それから千秋から聞いた七緒の行動は、驚くべきことばかりだった。
フェンスの隙間に入って園から脱走しようとしたこと。
ブロックを取ろうとして友梨ちゃんを押し倒し泣かせてしまったこと。
階段から年長の女の子を突き落としたこと。
砂場の砂を人の頭にかけていたこと。
実は友梨ちゃんのママがそのことで、私から何の連絡もないことにひどく腹を立てているらしいこと……。
私は何一つ園から連絡を受けていなかった。
七緒も話さなかった。
それなのに、こんな風に千秋の耳には入ってきている。
千秋が耳にしたことは、他のママたちも同様に知っていると考えたほうがいいだろう。
「夕子に連絡がないってことは、優里香先生ちゃんと把握してないのかな。やっぱり心配だ〜」
千秋は腕を組み顔をしかめた。
友梨ちゃんを迎えにママが園に来るはずだからこのあと一緒に謝ってあげる、と千秋に促され自転車で園に向かった。
園の門は明日の七夕会のために綺麗に飾り付けされている。
近づくと千秋に向かって手を振るいつもの三人の姿が目に入った。
千秋の後ろに私がいることに気がつくと、友梨ちゃんのママも、理乃ちゃんのママも一様に表情を硬くする。
愛羅ちゃんのママは困ったように眉を寄せ、私に会釈を返してくれた。
何も知らないのは私だけなんだ。
「あの……ごめんなさい、今、千秋からこの間七緒が友梨ちゃんを押し倒して泣かしたんだって聞いて。すみません、把握していなくて謝罪が遅くなってしまって……」
本来なら何もわかっていないまま謝るのではなくて、優里香先生から状況をちゃんと聞いて確認してから謝罪をすべきだった。
でも、そのタイミングはすでに失われている。
何も把握していないままの謝罪で、誠意が相手に伝わるとは思えなかった。
「今更いいですよ。もう一週間近く前のことですから。センセイ、生徒だけじゃなく自分の娘に人との関わり方をもっとしっかり教えておいてくださいね。ほったらかしにしてないで」
友梨ちゃんのママは、これまでに聞いたことがないような嫌味な口調で吐き捨てた。
ほったらかし。
児童館で過ごしていた頃のことを言っているのだろうか。
確かに七緒はいつも一緒に来ていても、他の三人と絡もうとはしなかった。
嫌って避けているわけでも、輪に入りたいのに物怖じしているわけでもない。
ただ興味がなかっただけだ。
そんな七緒に無理をさせ、仲良し集団の輪の中に溶け込む努力をさせるべきだったのだろうか。
でもそんなこと、子供達の誰も望んでいないかった。
「本当にすみませんでした。きちんと把握できてなくて申し訳ないですが、怪我とか大丈夫でしたか? 友梨ちゃんの様子は……」
「別にもういいですから。園バスが着く前に早く家に帰ったほうがいいんじゃないですか? こんな所で大げさに頭下げられても困りますんで」
「そんなこと言わないでさ、友梨ちゃんママ……」
取り持とうとする千秋の声にも構わず、友梨ちゃんのママは踵を返し、逃げるように他のグループの所へ合流する。
理乃ちゃんママが黙ってその後ろに続く。
「……いつか、変わると思うわ、時間をおけば」
愛羅ちゃんママはそう言い残してやはり行ってしまった。
「夕子、大丈夫?……なんか……やっぱり自分の子供のことになると、冷静ではいられないよね、みんな」
千秋が私の肩を叩いた。
それから愛羅ちゃんママの言う通り、時を待とうと微笑みかける。
周囲のママたちの目がチクチクと針でつつくようだ。
刺し抜くでもなくひそやかにチクチクと。
本当は、七緒をバスに乗せず連れて帰ろうと思っていた。
七夕会の準備で忙しいとは思うけれど、優里香先生と直接話もしておきたかった。
だけど、今ここで突っ立ってその時を待つのは、辛い。
「ごめん、私、そろそろ行かなきゃ。今日はありがとう」
千秋にそう言い残し、ママ達の行き交う自転車置き場に急いだ。