11 ひかり幼稚園
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いざ始まってみると、私にとって幼稚園というのはなかなかにハードな所だった。
保育園とは違って、始まる時間が遅いのに帰宅は早い。
四月など、ほとんどがお弁当なしの午前帰りだ。
仕事をしているママがほとんどいないのも頷ける。
ママ達は送迎の後そのまま立ち話をし、ランチに流れるなんてこともさいさいだった。
幼稚園のママ友がこんな密度で関係しているだなんて、思いもよらなかった。
保育園に子供を預けるママ達は、泣く子をなだめる間も無く仕事へ向かわなくちゃならない。
ママ同士顔を合わせても、挨拶の言葉をかけるので精一杯だった。
こことはまるで別世界だ。
年中から入園する子は十人足らず。
そのうちのほとんどがバス通園を選択していたから、プレクラスで一緒だった年中のママと送迎で顔を会わせることはなかった。
すでにできている関係の中に飛び込むのが不安だから園バスにする、誰かがそう話していたのが浮かんだ。
保育園のイメージを引きずっていた私にはピンときていなかったが、今ならどういうことかよくわかる。
役員に立候補すると宣言している、社交的な千秋のおかげでなんとか輪には入れたけれど、そうでもなければ私も蚊帳の外だっただろう。
でも、ずっとこの密度で関係していくのは正直疲れる。
仕事辞めたんだから園バスなんて贅沢だ。
そう思って自転車で送迎することに決めていたが、来月からは園バスにしよう。
ランチの回数を考えたら、バス通園の方が経済的だ。
登園後の七緒は、よく靴箱で立ち往生していた。
とにかく上履きを履かせて保育士に引き渡せばいい保育園や、シンとした中、来た子達は皆一斉に遊戯室へ向かえばいいプレクラスでは見られなかった姿だ。
急ぎ足で歩く先生達。
先に到着してすでに園庭を駆け回っている、バス通園の子供達。
彼らの姿に吸い込まるようにぼーっとして、立ちすくんでしまう。
自分が今何をすべきなのか、わからなくなってしまうみたいだ。
バス通園になったら皆で一斉に靴箱で靴を履くことになるから、うまくできるようになるだろうか。
「幼稚園、楽しかったか?」
「楽しかった」
夕飯の支度をしていると風呂場から誠司と七緒の声が聞こえてくる。
アパートの風呂場は台所のすぐ左手にあり、二人の言葉がはっきり届くのだ。
この頃誠司はいつも同じ質問をし、七緒はいつも同じように返す。
お決まりの挨拶みたいだ。
「何が楽しかった?」
「水槽を見ていたことだよ。水かえをしていたんだ。空気が出る機械をバラバラにしたら長いマットと小さな石がいっぱい入っていて、それを水洗いしているのをずっと見ていた。マットを通すと水の中の汚れが落ちるんだって」
「おっ、それ知ってる、空気がボコボコ出るやつだろ?」
「私、さっきからそう言ってるよ? で、それがどういう仕組みかというと……」
誠司は七緒の話にノリノリだ。
七緒のそばにいるのが私じゃなくてよかった。
そんな話をされたら、目の前でため息をついてしまったかもしれない。
それは自由時間のことなの?
みんなは何をしていたの?
……誰と遊んだの?
七緒はまだ誰一人友達の名前を口にしたことがなかった。