10 療育
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二月末、ようやく療育センターにかかることができた。
そこで、小児精神科で受けた診断テストの結果を見せると、月一回の作業療法(OT)と心理指導を受けてはどうかと提案された。
OTは体の感覚や使い方を適切に整えるもので、心理指導は対話を中心としたやり取りのスキルを上げるものだそうだ。
どちらも指導員と子供、一対一の療育だった。
親も同室して指導方法を学び、家でも同様の対応を続けることでよい効果が出ます、と医師は説明した。
診断が出てから半年以上、七緒は保育園をやめたきりなんの手立ても受けられないまま過ごしてきた。
早く療育を開始したい。
そう思っていたけれど……。
療育の頻度と内容に正直がっかりしていた。
幼稚園のプレクラスでさえ週に一回はあるのに、半年も待って手にした機会がたった月に一、二回の療育。
それも、集団でやっていくのが難しいと言われてやめることになったのに、療育の内容は個別指導……。
「小集団のプログラムがあると聞いたのですが、そちらを受けることはできませんか?」
保育園で言われた集団活動ができません、という言葉が頭の中を駆け巡り、このままではいけないのだと私をせきたてていた。
あとひと月で幼稚園も始まる。
それまでに少しでも七緒がうまく馴染めるように、できるだけの手立てが欲しかった。
「小集団プログラムは就学前の子供が対象なんです。お母さん、焦ることはありません。ゆ〜っくり行きましょう。一対一のやり取りから広げていけばいいんです。お話しされた様子だとプレクラスも楽しく通えているようじゃないですか」
医師はゆ〜っくり、とことさら強調するように言うと、次の診察と療育プログラムの日程の話を始めた。
「園が始まったらまた様子をお聞かせくださいね」
療育は三月から。
そして次の診察は入園後の五月ということになった。
初回の心理指導で七緒は心理士とゲームを楽しんだ。
ルールがあってないようなゲームに見える。
その時の七緒の様子から何が見えるのか、課題がどこにあるのか、心理士が後で解説してくれる。
七緒が一人でトランポリンを楽しんでいる間に、心理士は最近の七緒の様子について尋ねた。
診断を受けた頃のようなパニックはほとんどなくなった。
文字もかける。
計算もできる。
今、心理士とも楽しそうにやり取りしていたように、会話だって上手にできる。
やっぱり七緒は普通の子じゃないのか。
本当に七緒には障害があるのか。
私は思い切って胸の奥にあった疑問をぶつけてみた。
心理士は、私は医師ではないので診断についてはなんとも言えませんが……と前置きをして話し始めた。
「七緒ちゃんは知的に高いお子さんです。お伺いした様子だと、パニックが少なくなったのは状況に納得できるようになったからかもしれませんね。やり取りしてみたところ七緒ちゃんは着眼点がユニークだし、発想も豊か。まるで遊びの発明家です。それが面白いと受け入れられてうまくいくこともありますが、変な奴と思われて溶け込めないこともあります。周りと同じでない子は、特に同世代のお子さんとのやり取りが難しくなることが多いんです」
「それが、障害……ということになるんですか?」
ただ発想が人と違っている。
それが障害?
「深町さん、障害という言葉を”不便を感じる”と置き換えてみてください。視覚障害者は目が見えなくて不便を感じている人。発達障害者は発達が人とは違っていて不便を感じている人。周囲皆視力がなくて視覚を必要としない社会なら視覚障害者は障害者ではありません。そこには視覚を必要としない社会ができているはずですから。社会は多数派が快適なようにできていきます。だから人とあまりに大きく違っていると不便なんですよ。つまり障害って”人と違っているがために著しく不便を感じる”ってことなんですね」
心理士の言葉に頭の中がぐにゃりと歪む。
障害って何だろう。
それはどこにあるのだろう。
「発達障害は目に見えません。七緒ちゃんが大きく不便を感じるようなら、なぜ、どこに、どの程度の不便を感じているのか一緒に探り、不便を埋める方法を考えていきましょう。明らかに大きな問題があったとしても、それほど不便を感じていないなら人と違っていようがそのままで構わないのです」
心理士は時計をちらりと見上げた。
次の予約が押しているのだろう。
「七緒ちゃんあと5回飛んだら次の子と交代しよう。最初にお話しした通り、七緒ちゃんの時間は11時でおしまいだからね」
心理士は七緒にそう投げかけた。