9 グループ
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プレクラスの活動から帰ろうと遊戯室を出ると、すぐに年少のいちご組の教室が見える。
あれからよく児童館で遊ぶようになった香澄ちゃんたちの姿が映る。
粘土や絵の具、ピアニカの練習。
いつも、プレクラスではやったことのない活動ばかりが目に入る。
もしあの時、即入園を決めていたら七緒はみんなと一緒にこの教室にいたのだ。
即入園ではなくプレクラスからゆっくり始めよう。
そう決めていたはずなのに、教室を覗くたびにじんわり焦りが湧いてくるのを感じた。
園を紹介されてから、よく千秋に遊びに誘われるようになった。
プレクラスに入ったことを知ると、春からは一緒になるんだから、とグループのママたちの輪の中にも迎え入れてくれた。
決まって集まるメンバーは友梨ちゃん、理乃ちゃん、愛羅ちゃんだ。
愛羅ちゃんは、色白でふっくらとしたほっぺの可愛いダウン症の女の子だ。
発語はあるけれど舌足らずで聞き取りにくい。
それでも毎日顔を突き合わせているからか、いちご組のメンバーにはちゃんと愛羅ちゃんの言葉がわかる。
明らかな障害のある愛羅ちゃんを遠巻きにすることなく、当たり前の仲間として受け入れている子供達の姿に、この園を選んで良かったという思いが浮かぶ。
「ママァ、おなかすいたぁ」
プレイルームでフラフープをしていた香澄ちゃんが駆け寄ってきて、千秋の腕を引いた。
「もう。ちゃんとみんなとわけるのよ」
千秋がママバッグからキャンディの袋を取り出すと、香澄ちゃんはスキップしながらみんなのところへ戻っていく。
みんな、というのは友梨ちゃんと理乃ちゃん、それから愛羅ちゃんのところだ。
七緒はプレイルームにはいない。
児童館入り口の水槽に釘付けになったまま、入ってこないのだ。
ひらひら尾びれを振って泳ぐ金魚。
底に沈むビー玉に差し込む日の光。
冬なって角度の低い日の光が深く部屋に差し込むようになると、一層七緒は水槽にとりつかれた。
三人に配り終えると遊ぶのに邪魔になったのだろう、香澄ちゃんは千秋に袋を戻しにきた。
「ちょっと七緒ちゃんには渡したの?」
「あの子、絶対いらないっていうもん。ここで食べちゃダメなんだよとか言うし。ママが渡してよ」
「そんな、もう……」
香澄ちゃんはプイッと踵を返して輪の中へ戻っていく。
「夕子、ごめんね」
千秋に困り顔をされて、こちらが申し訳ない気分になる。
なぜなら香澄ちゃんの言う通り、七緒はきっとキャンディを受け取ったりはしないからだ。
厳しく注意したことがあるわけでもないのに、七緒は児童館でお菓子を食べてはいけないルールを頑なに守る。
うちは厳しく躾けられている。
みんなそう思っているだろう。
実際はそうではない。
七緒は児童館のそこかしこに貼ってある張り紙を自分で読んで、遵守しているだけなのだ。
「ううん、こっちこそ、ごめん」
千秋は首を振って、コンビカーに手をかけ、立ち上がろうとする修二くんに慌てて駆け寄った。
七緒には本当に障害があるのだろうか。
四歳前にしてひらがな、それからカタカナだってみんなかける。
簡単な計算だってできたし、パズルだって人より得意なくらいだ。
知識欲旺盛で言葉のやりとりだってできる。
この子達の誰よりも七緒は賢かった。
時折癇癪を起こすことはあるけれど、保育園をやめた三歳半頃から急激に少なくなった。
集団でも家族で動く時も、今ではそれほど困ることがなくなっていた。
診断なんて何かの間違い。
癇癪も単なるストレスだったんだ。
七緒がタヌキの中のアライグマみたいに異質だ、なんて私の思い込み。
変わっていることはいけないことじゃない。
それだけで、障害だなんて。
香澄ちゃんたちと打ち解けないのは一人だけプレクラスだから。
他の子たちは毎日顔を合わせているのに、七緒だけ週に一度しか合わないんだもの。
きっと年中組で一緒になったら関係は変わっていく。
自傷に走るほど苦しかった日々は、過ぎ去ると夢の中のようで、もうあまり思い出せない。
そう、あれは悪夢。
きっと夢だったんだ。
児童館のルールは守ってね☆