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第三十三話 恩師①

『こんな渡瀬さん、一人で帰したら危ないじゃないですか?』


 私が真剣に訴えるのに、先生は半分しか目を開いていない。


「ああ、じゃ、送


「雨守クンッ!!」


 叫びながらうるうるした目で見つめる渡瀬さんに、先生は思わず一歩下がった。


「うわッ はい!」


「ここにいさせてッ。……お願い。」


 すると先生は、ぼそっと低く答えた。


「……わかった。」


 い、いやに早いですね。思わず先生を二度見しちゃった。

 急に無表情になった先生は隣の部屋に移ると、パジャマの上着を脱いでベッドに放った。


「!」


 渡瀬さんが息を飲む。


「そ……そんな。いきなり。」


 真っ赤になって小さく声をもらしがら、上半身をまだ包帯が巻かれた先生のたくましい背中から、視線を外せなくなってる渡瀬さん。


『あ! 先生、今着替えますので。』


 私は後ろ手に部屋の戸を閉めた。

 でも少女のように恥じらってうつむく渡瀬さんは、春に先生に絵を描いてって服を脱ぐマネして迫った時と、全然反応が違うけど?


「ご、ごめんなさい。……勘違いしちゃった。」


『? なにをですか?』


「縁ちゃん、平気なの?」


 驚いたように顔を上げた渡瀬さんに、首をかしげながら答える。


『着替えがですか? そりゃあ真正面からは……


 って言いかけて、うわっとのけぞった。

 一週間ここにって、今の逆もあるじゃない!

 渡瀬さんだって着替えるし、お風呂は当然別としても寝るのにベッドって……うちには一つしかないじゃない!


 ふえええッ!

 自分でも引き留めておいて、考え回ってなかったよ!

 渡瀬さんが真っ赤になったのは……そういうことふわあああああああッ!!


 私もようやく渡瀬さんが赤くなった理由に辿り着いたッ!

 二人の動揺がシンクロして、お互いなぜか見つめあった瞳が小刻みに揺れ出した、その時。

 部屋の境の戸があいた。


「じゃ、二人で一週間ほど留守番しててくれる?」


「『えっ?!』」


「ちょっと俺、行きたいとこあるんだ。」


*******************************


 渡瀬さんはなんと車で来ていた。

 置いてかないでってまた泣き出した渡瀬さんをなだめて、結局、一緒に行くことになりました。

 あは、あははは、はぁw


 二時間ほどかかるかな? という先生のナビで、今は峠のワインディングを気持ちよく走っているとこ。

 もちろん安全運転で♪


 でも、なんていう車なのか私にはわからない。

 お母さん達が乗るような箱型じゃなく、鼻が長い……そう! これはきっとスポーツカーね!

 先生の軽トラと違ってまるで地を這うような感覚で、それにドアも厚いし、何といっても暑くなーい!

 エアコン効いてて快適~。


『渡瀬さん、運転上手ですね~♪』


 私は後席から前に座る二人の間に顔を出す。


「そんな……そんなことないわ。」


「いや。助手席に乗ってて怖くないってのは、ありがたいな。」


 先生の言葉に、渡瀬さんは声になってない声を小さく上げた。


「あれ? どうかした?」


「うううん。……嬉しかったから。」


 ルームミラーにはにかむ渡瀬さんが。なんだか可愛いな。


『渡瀬さん、通勤も車なんですか?』


「うううん、県庁近くの職員住宅だから、徒歩よ。」


『じゃあ、いつ運転してるんですか?』


「休みの日に。遠出するの、楽しくて。

 雨守クンみたいに、マニュアルは乗れないけど。」


『お休みの日に? 

 出かけた先で何するんですか?』


「特になにってのはないの。

 走ってること自体が好きで。

 知らない道を走ってみたいっていうのかな。

 この先に何があるんだろうって。」


『わかりますわかります!

 なんだかわくわくしますよね!』


「そうそう!」


 二人で盛り上がってると、先生が小さく肩を上下させてるのがわかった。


『どうしたんですか? 先生。』


「いや。いつの間にか知らないけど、仲いいんだなって。」


 前を向いたまま渡瀬さんは笑った。


「ふふふ。ねっ。縁ちゃん。」


『はい!』


「でもライバルだもんね~。」


『負けませんもん♪』


「なんの勝負をしてるんだか。あ、渡瀬さん。そこ、右ね。」


「うん。」


*****************************


 途中、コンビニで軽くお昼をとって。

 隣の隣の街の郊外の、竹林に囲まれた一軒の家に着いた。

 二台くらい止められそうな駐車場から、綺麗に敷かれた砂利の小径を先生と渡瀬さんが踏みしめて歩く音だけが響く。


 日差しも程よく遮られ、真夏だというのに涼しく感じられるから、私は先生が用意したクーラーボックスのお世話にならずに済みそうだった。


『先生、ここは?』


「高校の時の恩師の家。」


『先生の先生……。』


「退職してからは民宿やってるんだ。

 奇遇っていうか、おかしなもんだが渡瀬さんの昨日の話を聞いたらさ。

 お体悪くされたそうだから、先生に会っておかなきゃって……。

 そう思ったら、先生の声が聞こえたんだよな。」


『じゃあ……もうお亡くなりに?』


「あ……。」


 先を歩く渡瀬さんが小さく声を漏らした。

 竹林の開けたところに、茅葺屋根の大きな古民家が。

 その玄関先に留められた自転車の横に一人、白髪のお爺さんの幽霊がこちらを背にしてしゃがんでいた。


「先生、お久ぶりです。

 亡くなってらしたんですね。

 ご挨拶に伺うのが、こんなに遅くなってしまってすみません。」


 声をかけた先生に、びっくりした様子で振り返る。

 どこか、先生が歳をとったらこんな感じかな?なんて思えた。

 優しそうな、お爺さん幽霊だ。


『あ、雨守か?

 お前、見えるのか? 私が。』

ちょっとのんびり。

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