第三十一話 よこしまなこころ
前半:横道、後半:渡瀬視点です。
個人情報だの、守秘義務だの。
今の世の中うるさいもんだけどさッ。
人の口に戸は立てられないってね。
肋骨折るだけじゃなく、
穴だらけになりながらも体の中からは何も出てこない。
おまけに小さな傷がみるみるうちに塞がった、
……そんな怪奇現象を黙ってる方が無理ってもんさ。
看護師達から聞き出したその男の風体を、そのまま村で聞き込みしたらば、
そいつは桜が丘高校の教師らしいってことがわかった。
桜が丘高校なんて、天女……いや、幽霊が撮影された山の学校じゃないか!
こいつはピンポイントで確信に迫ったぜ!
登校する生徒に聞けばどんな男か一発だろう!
この辺りは散々マスコミが取材していたしな。
関係者になりすませばちょろいもんさッ。
早速俺は朝、学校に上る坂の途中で何人かに尋ねた。
「ああ、それ、雨守先生だね。」
雨漏り?
「違うよ、あ・め・も・り!」
紛らわしいな。でも、おかげで一発で覚えたぞ!
「美術教えてもらったよ。楽しかったな。」
授業の感想なんていいんだよ。
「いつも学校にいるわけじゃなかったし、もういないし。」
なんだよ、なぞなぞみたいなやつだな。
バカっぽい男子に聞いたのが悪かったか。
じゃあ、次はぁ~……ああ! 今、坂の途中の十字路、
公園の方から曲がって上ってきた女の子二人。
その大人しそうな子のほうなら。
「ねえ、君!
僕、この辺を取材してるジャーナリストなんだけど
ちょっと教えてくれないかなぁ?」
なんだよ。
びくっとして顔こわばらせたと思ったらそそくさと、無視ですかッ?!
「あああッ!
怪しい者じゃないよ。
君の学校の雨守って先生のこと、ちょっと教えて欲しいんだ。」
すると今度はびっくりしたのか目を皿のようにして、
俺をつま先から頭のてっぺんまで見渡した。
「そ、そんな先生は……いません。」
「行こうよ、頼子ちゃん! 気持ち悪いよ。」
くっそ~。なんだよ失礼だな。
いや。
雨守って男を知ってるのは間違いない。
嘘までついてかばおうとしてるとすれば、今の子だって要注意じゃないか!
しかし生徒から聞き出すのは限界か。
幸い天女伝説の社参りにいく参道が校地内を横切っていたよなぁ。
その野次馬や参拝客に紛れて行けば、学校に侵入も可能なはずだ。
こうなりゃ本人にストレートにぶつけるまでだ。
心理学的に言っても、逃げられないはず!
「失礼ですが、本校になにか御用ですか?」
校舎を覗きこみながら歩いていたら、突然肩を叩かれた。
「ひえッ!
え、いや、私は裏山の神社に参拝に来たただのしがない観光客で……。」
そこにはおっさん教師と、ジャージ姿のごつい体育?っぽい教師が。
「あなた、登校中の本校女子生徒に『声かけ』しましたよね?」
なんだよ?
女子高生とお話ししちゃダメなの?
それにその手に持った紙は何よ?
それと俺を見比べてって……。
おいおいおいちょーとまずいんじゃないの?
手前のおっさん先生はまだしも、後ろのジャージはにじり寄ってくる。
「宮前先生! その人ですッ!!」
うわぁ、さっきのちび!
「よし! 確保だッ!!」
宮前って男が飛び掛かって来たのをかわした時、
手放されて宙に舞った紙が俺の顔にかかった。
それを広げつつ逃げるッ!
なに?
俺の似顔絵じゃんか!!
すげーうま……違う! いつの間に?!
破いてしまおうとそこの壁を見たら、何枚も何枚もコピーが貼られてる!!
何? 変質者だって? ひでえなおい!
後ろで「警察に!」なんて叫んでやがる。
どうにか脱出成功して坂を下り切った。
くっそう……まさか学校をあげてやつをかばってるんじゃないだろうな。
もう学校の奴らに聞いても無駄だ。
警察に知らされたんなら村にも近寄れない。
こうなりゃ直接、奴の家を探すしかない。
『いつもいるわけじゃない教師』か、最初なぞなぞかと思ったが、
そんなのうちの大学にだって、ごろごろしてるじゃないか。
奴は『非常勤講師』って、ことさ!
実は俺もそうなんだよ(最近そっちの仕事はないけど)!!
こうなったら正攻法で!
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「それで、高校時代同級生だったという
雨守さんって非常勤講師をお探しなんですね?」
県教育委員会の『分室』に、突然訪ねて来た黒縁眼鏡の男を私は見上げた。
「はい。
もう老い先短い恩師が、彼にどうしても会いたいと。」
N大の校章の透かしと、その心理学部と肩書のある名刺……これは本物だわ。
付属高校で非常勤講師の経験もあるというこの横道という男。
とても心配そうな顔で時折涙まで浮かべて……本当に悲しそう……かぁッ?!
全然信用できないわッ!
なにって理由はないけれど、女の勘よ!
こいつ、絶対何か裏がある!
表情は同情を装ったまま、何気ないふりして彼から視線を外す。
そしてパソコンを操作しながら壁に寄りかかる幻宗さんをちらりと見る。
幻宗さんは頷いて素早く抜刀すると、
その刃を彼の首に一振りし、またパチンと収めて見せた。
そうなんだ。
横道さん、良かったわね。
生きてる人間で。
でも何を企んでるのかしら?
雨守クンの秘密に気づいた?
まさか縁ちゃんのことまでは知らないでしょうけど。
逆にこっちから聞き出さなきゃ。
さあどうやってボロを出させようかしら?
ピコリン♪
唐突にパソコンにメールの着信音が。
まあ! 横道という男を挟んで向かいのデスクに座る古谷さんだわ。
古谷さんはずっと何食わぬ顔で仕事のふりをしている。
なになに?
『雨守君と同級生だという彼の生まれ年を聞いてください。干支で。』
ああ!
なるほど。
すぐ答えられなきゃ、速攻アウトだわ!
「それはお困りですね、横道さん。
今、雨守さんの連絡先を調べますから。
……ところで横道さんって何年ですか?
私、最近誰彼かまわず相性占いにはまってまして♪」
「へ?
ぼ、僕ですかぁ?
僕、猪突猛進ッ!
いのししですぅ!!」
「そうなんですかぁ~。私、巳年なんです♪」
「で、相性は?」
ニコニコの横道に私も微笑み返す。
「雨守クンは辰年です♪」
「へ?」
私はデスクから立ち上がって横道を睨んだ。
「まだわからないの?
五つも歳が離れた高校の同級生なんているわけないでしょう?!」
やっちまったって顔の横道。
「は、嵌めたな!」
「何が目的? ことと次第によっては大学に訴えますよ?」
「クッ。
そんなことする前に、おたくらの管理責任暴いてやるぜぇ?」
「なによ?」
「雨守って男は先月重傷を負った!
まるで銃で撃たれたように!」
なんですって?
ズキンっと心臓が止まるくらいショックだった。
そんな……そんな大事なこと、どうして私に教えてくれないのよ?!
雨守クン!
「だが奴の体の中からはなんにも出てこなかった!
複雑に折れた肋骨も綺麗に並んでたんだ!
そんな奇妙な男を雇ってるなんて県民が知ったらどうなるかなぁッ?!」
銃で撃たれて、弾が全部貫通したってこと?
それに複雑に肋骨が折れた。
そんな……。
「……どうだっていいわ!」
県民がなによ?
私、雨守クンがそんな怪我したなんて聞いて、苦しいわよ? 怒ったわよ?
縁ちゃんはいいわ。
いつもそばに居られて。
でも、肝心な時に私はそこに居られなくてッ!
うううっ!
悔しくて悲しくて震えちゃうっ!!
「それみろ。やっぱりあんただって気味悪いって感じてるじゃんか。」
「なんですって?」
お前ッ!
今、雨守クンを、気味悪いって言ったな!!
この勘違い野郎は喜々として叫び続ける。
「あの桜が丘高校でだぜ?
あの天女が降り立った山でだぜ?
こんな偶然があるものか!!
絶対なにか関わってんだ!!」
こいつ!
まさか縁ちゃんのことを言っている?!
「何を根拠にそんなバカな話をしてるの?!」
「これさッ!
これはその雨守って男の検体だ!!
酷い怪我しながら、怪しいとこなんて何一つ見つからなかった検体だッ!
N大付属病院に検査に回されたこいつは本物だぜィッ!!」
横道は得意げに胸の内ポケットから二つのカプセルを取り出し、目の前にかざした。
それって……雨守クンの体の一部ッ!?
「よこしなさいッ!!」
彼を睨んだまま、ぶんっ と右手を振り下ろした。
パチン!
振り終えた時には、私の掌に二つのカプセルが。
横道は自分の空になった掌と、私の手を交互に見つめて目をぱちくりさせる。
「ぁ……あれ?
え?
どうしてそこに?
な、なにすんだよ?」
カプセルを大事に胸元に抱きしめる。
「あの人の肉と血。
これは私のもの。
あんたになんて渡さない。」
「なに言ってんだよ、ど、どろぼ
私に文句言いかけた横道を、古谷さんの言葉が遮った。
「横道さん、あなたの目的は雨守君ではなく、
彼が関わってるであろう……幽霊、なのでは?」
「な、な、な、そ、そ、そ。
……。
そうだ、なんでわかった?」
途中からどうにか落ち着きを取り戻したように、
横道は振り向いてデスクの古谷さんを見つめる。
「やはりそうですか。
で。
幽霊に会って、どうしたいのですか?」
「そ、そりゃあ研究対象にするのさッ。
あ、雨守って男が幽霊の力で傷が浅く済んだんならッ、
それを使えば人類に、こ、貢献できるじゃないかッ!!」
「今の、ただの思い付きでしょう?」
「ち、ちがわいっ!」
唸る私に目を丸くして慌てて否定する。
古谷さんは立ち上がると彼に近づいた。
「失礼ですが、先ほどあなたのお名前を
N大の情報システムで検索させていただきました。」
「うえええッ!」
流石、古谷さん!
県下の教育機関はこことネットワークで結ばれてるもの。
「横道さん、あなたはご自分の研究室の名をわざと名刺から外してますね?
『超心理学研究室』。
特になんの成果も上げていないからですか?
いいのですか?
ここで騒ぎを起こしては、来年度の助成金は……。」
「くっそ!
今度は脅迫か?
幽霊を捕まえさえすれば!
そんな脅しに屈するものか!!
……いてッ。」
横道の後頭部を、幻宗さんが刀の鞘でコツンと叩いたのよッ!
『儂に会って、なんとする?』
「は……ふあああッ!」
振り向いた横道は、その場に腰を抜かして突然見えるようになった幻宗さんを見上げる。
『どうした?
捕まえぬのか?
うぬが会いたがっておった、幽霊だが?』
「う、う、う、嘘だっ。」
なによ、呆れちゃう。
「幽霊に会いたがってた人が、それを口にしたらダメでしょう?」
「なんなんだ! あんたら!!」
私達三人に囲まれた横道は、焦点の定まらない目で私達を見渡す。
そんな彼に、私は顔を突き出した。
「幽霊だって、人間よ。
あなたみたいな人から、つまらない詮索されていいなんてこと、
決してないわ!」
「ひ、ひいいっ!!」
目を見開いたまま、横道は体をあちこちにぶつけながら分室から逃げて行った。
「ちょっと、やりすぎちゃいましたかね?」
笑いながら言う私に、古谷さんも口元を上げる。
「いいんじゃないんですか?
そもそも見える人も、それぞれ色々抱えて生きてます。
そういう人間の仲間入りをしただけ、ということですよ。」
窓から彼を見下ろしていた幻宗さんは呆れたように笑った。
『おお。
あの慌てふためきよう。
すべての霊を見えるようにしたでのう。
いちいち驚き騒いでおったら身が持たぬわ。』
「幽霊だって、人間のもう一つの姿ですもの。
きちんと敬意は持たなきゃ。
ね?」
幻宗さんにウィンクしたら、左目だけぎょろっとさせて胸元の手を覗きこまれた。
『渡瀬殿。後生、大事に持っておるのか?』
「ええ。家宝にします。」
『今様に言えば……。』
「なんですか?」
『少し、引く。』
「いいんですッ!!」
私んとこの近隣市町村では、登下校途中の子供に話しかけたり後追いしたり、写真撮ったりなんてことすると不審者情報として広報で拡散されてます。だいたいはメール配信ですね。