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第三十話 ともだち

ちょっと色々入れ過ぎました。

幕間ということでご容赦を。

「これはいったいどういうことだ?!」


 二人のお医者さんがレントゲン映像が映し出されたモニターを覗きこむ。


 あの後、家はすぐ近くだという頼子さんと途中で別れ、ボロボロの体でヨロヨロ歩く先生を支えて、夜遅くに村の診療所にたどり着いた。

 でも、そこで先生の傷に驚いたお医者さんが、街でしっかり診てもらわなきゃって、救急外来へと隣街まで車で送って来てくれて……。


 先生の様子が気になって、私はお医者さん達の話を後ろで聞いてるとこだった。


「体中、まるで銃撃でも浴びたような傷がありました!

 服に細かな石の欠片が付いていたものの、

 体内にそんなものは一つもないですよ?!」


「この複雑に折れた肋骨はなんだ?

 まるで手で綺麗に並べて揃えたかのようだ。

 これなら内蔵への損傷はないわけだが……。

 長年色んな患者を診てきたが、全く信じらん。」


 すみません、それ、私ですぅ~。

 体の中いたるところにあった破片を全部出しちゃったのも、肋骨並べなおしたのも。肩をすくめながら後ろでそっと手を上げる。


 そこに看護師さんが一人、うろたえたように飛び込んできた。


「先生! 患者の小さな傷がッ! なぜか自然に塞がりだしてます!」


「そんなバカな?!」


「とりあえず我々は大きな傷だけ縫合しよう。」


「はい!」


 お医者さん達はまだ信じられないという感じで瞬きも忘れている。

 すぐに皆さん、処置室へと向かっていった。


*********************************


 翌朝。

 麻酔が覚めた先生は、いくつもの縫合したとこを少し痛がった。

 でも、横になりながら私に静かに笑顔を向けてくれた。

 お医者さん達の話を盗み聞きした様子だと、感染症の心配もないようでようやく安心。


「簡易ギプスでまだ良かったけど……。

 今回は、すっかり助けられたな。

 ありがとう、縁。」


『いいえ。でも、良かった。先生が無事で。』


 まるで独り言を言ってるように見えた先生に、廊下で覗き見てた看護師さん達が眉をひそめて去っていく。


『あの……先生、すみません。

 私のせいで、先生が特異体質のように見られてしまって。

 手術の間もお医者さん達、サンプルにしようとか言って、

 勝手に血とか、ちぎれた肉片とか……。』


 自分で「肉片」とか口にしちゃうのも驚きだけど、なんだか先生に失礼なことをされてるのが我慢できなくなっちゃってた。


「縁には治癒能力でもあるのかもな?

 言ってみればフリーズドライみたいなものかな。」


 まさかそんな、苦笑するしかないです。


「でも、縁の手が体の中にあった時、

 冷たいんだけど気持ち良かったんだよな。

 痛みも消えてく感じでさ。」


 なんだか恥ずかしくなってしまう私に、先生は相変わらず笑ったまま。


「まあ、騒がれるのも仕方ないさ。

 きっと何もわかりはしないだろう。

 でも、めんどくさいことにならないうちに、

 早いとこ勝手に退院しちゃうよ。」


『でも安静にしていないと?!

 まだ抜糸だってあるじゃないですか?』


「肋骨は確かに、つながるまでそうだけど。

 抜糸なら自分で切っちゃうからいいよ。」


 確かに先生なら自分でやってしまいそう。

 だってあの学校で頬を切られた時も、結局お医者さんには行かなかったし。


「あ。でも手が届かないとこは、縁に頼むかも知れない。すまんな。」


『あ、は、はいッ!』


 返事をしながらまた恥ずかしくなっちゃった。

 石の破片を取り出すために無我夢中だったとはいえ、先生の体中……いろんなとこ、私は触れていたんだもの。

 手までつっこんじゃって……。


 でも先生は恥ずかしくなかったのかな?

 もちろんそんな状態じゃ、なかったけど。


 先生は窓の外を見つめて言う。


「掌内のことを考えると、心配な点も残るが。

 ……俺はこれで、あの学校から去ろうと思う。」


『先生はそう言うんじゃないかなって、思ってました。

 少し、体を休めませんか?』


「うん……そうだね。」


 先生はそう言って目を閉じた。


****************************


 一週間近くして、急に涼しいくらいになった日の午後、先生は学校へ行った。


「次の人が決まるまで私も頑張るから。しっかり養生してね!」


 先生の代わりに美術を少しの間受け持つことになった教頭先生は、そう言って先生の手を握ろうとして、まだ腕を上げられずに困ってる雨守先生に慌てて謝ったりしていた。


 自分の不注意で大怪我をしたってことを理由に退職届を出した先生は、宮前先生と放課後の廊下を美術室に向かって並んで歩いた。


「雨守先生、こんなこと言ったら笑われるかもしれないけどさ。」


「なんですか? 宮前先生。」


「入学式の次の日、あの雨で通学路が崩れた時のことだけど。

 大変なことになったって思った瞬間、私、卒倒しちゃったでしょ。」


 それまで明るく話していた宮前先生は、急にその視線を床に落とした。


「あの時、自分はこれで死ぬんだって思ったんだ。

 娘と、妻の顔で頭がいっぱいになった。

 そして……幻覚だったんだろうけど……あれって死神だったのかな?

 恐ろしい奴が、私を迎えに来たんだ。」


 雨守先生は何も答えずに、じっと宮前先生を見つめている。


「雨守先生、あの時、私を助けてくれたんだよね?」


 顔を上げて先生を見つめる宮前先生に、雨守先生は静かに答えた。


「それは……私じゃないです。

 とても立派な人に、宮前先生は守られていたんですよ。」


「……そうか。やっぱり、夢じゃなかったんだ。感謝しなきゃな。」


「ええ。」


「雨守先生、その怪我。ほんとは不注意じゃ、ないんじゃ?」


「いいえ。そそっかしいんですよ、俺。」


「……そうか。」


 宮前先生なりに、何か感じ取ってるみたいな気がした。

 それから少しの間、二人とも無言のまま準備室まで来た。

 その戸を開けて、先生は片づけるべき荷物を宮前先生に説明した。


「じゃあ、あとは任せてもらっていいですね? 雨守先生。」


「はい。お手数かけます。」


「いや……ところで、雨守先生。

 掌内さん、あれから毎日放課後美術室でイラスト描いてるんだ。

 今日も隣にいるんじゃないかな。

 なんだか彼女、最初に会った時とは別人のように明るい気がするんだよね。」


「そうですか。」


「雨守先生に会ったからじゃないかな。」


 そう言って宮前先生はじっと先生を見つめた。

 それには答えない先生に、宮前先生はにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、元気になったらまた会いましょう、雨守先生!」


「はい!」


 宮前先生と別れた雨守先生は、隣の美術室への戸を開けた。

 すると、明るい窓際にいた頼子さんがすぐ小走りにやってきた。


「雨守先生! 後代さん! これ、見てもらえますか?」


「ああ。」


 先生は受け取ったスケッチブックを、私にも見えるようにゆっくりとめくっていく。


「ど、どうですか?」


『すごい! 頼子さん、頑張ってるね。』


「はい。」


 恥ずかしそうに笑う頼子さんを、先生は優しく見つめた。


「毎日描いてるんだな?

 それは続けろ。

 それに、いい作品をたくさん見るんだ。

 本も読め。

 いろんなことをやれ。」


「はい。」


『将来は、イラストレーター?』


 私の質問に、頼子さんははにかんだ。


「……になりたいなって、漠然と思ってましたが。

 今、もう一つ、なりたいものが。」


『それは何? 聞かせて?』


「私、どうやったらあの桜を守れるかって考えて。樹医になろうって。」


『じゅ、じゅい?』


「木のお医者さんです。あれから必死にいろいろ調べて。

 朝、あの公園に散歩に来るおじいさんも、手伝って下さるって。

 ……イラストは自分のためだけだったけど、樹医なら、紗枝さんも……。」


『……そっか。素敵ね!』


「はい!」


 そこに不意に美術室の入り口に、一人の女子生徒が現れた。


「あの……。」


「新海さん? あ、同級生です。」


 頼子さんがそう教えてくれた子は、先生に会釈して、それでもちらちら見ながら頼子さんに近づく。


「掌内さん、毎日ここにいるみたいだから。

 私も、絵を描くから、一緒にできればいいかなぁって。」


「うんッ! いっしょにやろう!」


 頼子さんが笑顔を輝かせた。


「これでまた友達が一人できたな。

 まずは二人から頑張れ。」


「はい!」


 先生の言葉に答える頼子さんに、私は手だけ振って別れた。


********************************


 さらに数週間後。


 外では蝉の声が響き渡るN県 県庁近く、大学病院のとある一室。

 研究室らしき部屋の隅で、椅子に掛けた体を迷惑そうにのけぞらせた白衣の男に、無精ひげを撫でながら軽薄な笑いを投げる黒縁眼鏡の男がいた。


「やっぱり持つべきは友達だな~ぁ。ありがとねッ。」


「現場がなにやら解析求めてきたけど、

 そんななんの異常もない検体のどこに興味があるんだか。」


「そう! そこだよ~ぉ!

 医療分野で説明できないからこそ、いいんじゃないかッ!

 どうせそっちじゃ、もういらないんだろう?」


「確かに予算もないからこれ以上調査も保管も出来ないとは言え、

 ばれたら大ごとだ。

 絶対黙っててくれよ?!」


「予算がないのはこっちも同じだってばぁ。

 研究学府への助成金を真っ先に減らすなんて、

 この国は終わってるだろぉう?

 でも! これで超常現象の証明ができれば!!」


「よくそんなもの信じてるなぁ。

 創立者の思い入れがあったとはいえ、うちの大学の心理学部に

 お前の超心理学研究室なんて、

 ふざけた部署があること自体が間違いだろうが……。」


「ノンノン!

 これだからお堅い学部はダメなんだよぉ。

 あのねえ、高度に発達した科学はッ!

 魔法と見分けなんてつかないんだよ?」


「いい加減にしとけよ、横道。そこ潰れても俺は面倒見ないぞ?」


「はいはーい。ご忠告承り~。」


 横道と呼ばれた黒縁メガネは、上機嫌のままエレベーターで階下まで下りる。


『ふふん。

 あの村で不可解な大怪我したって男の検体だッ!

 あんだけビデオにはっきり映った天女とやらが下りたって話とッ♪

 無関係だって考える方が無理があるってもんだろぉう?』


 そして大学病院前の大通りで、検体のカプセルを日にかざしてにやりと笑った。


『天女なもんか。あれは幽霊だ。必ず捕まえてやるぜ!』


へら噛み切って、3針縫って。

その抜糸を鏡で見ながら自分でしたことならある。

だって、ナイロンの糸の端っこが上顎にあたって、気持ち悪かったんだもん。


縁ちゃんは治癒能力を身に着けたわけじゃないです。

そうとってもらってもいいけど、死者はさすがにそこまでは。

雨守の言ったフリーズドライもちょっと変ですが

縁ちゃんの冷たい手で凍った組織が、時間をおいてちょっと溶けた時に自然に傷がふさがった、と看護師さんが勘違いした程度でいいような気もします。


まあ、ご都合主義だと言われようがかまわないけど。

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