第二十九話 なりすまし⑤
後日譚のつもりが長くなったので分けます。今回は短いです。
というか、投稿前にデータふっとんでましたッ。
バックアップはこまめにって、あれほど……。
夏を前に虫の音が、辺り一面に響いていた。
「紗枝さんが、この村に来てみたいって、言ったんです。
後代さん、あなたに会いたかったんだと思います。」
息を飲んだ私に、ひとしきり泣いていた頼子さんが振り向いた。
「紗枝さんは夜になると、私から出て、毎晩二人でお話ししてました。」
「そうか。
そうやって時々憑依を解いていたから、君は消えずにすんだんだな。」
つぶやく先生の言葉に、頼子さんは小さくこくんと頷いた。
「私をいじめてたあの子が死んだあと、私が学校に行けなくなって。
お父さんもお母さんも、あの街に居づらくなって、それで引っ越そうって。
紗枝さんは私のせいだって、これでさよならしようって言いました。
でも……私はイヤだった。」
『紗枝さんのこと、好きだったのね。』
頼子さんは ぐっ と深くうなずくと、叫ぶように言った。
「だって、私をいじめてた子が幽霊になってまとわりついてくるのを
紗枝さんが追い払ってくれていたんです!
だから、今度は私が紗枝さんを守るって!!
一緒に居てって!!」
それが先生が言っていた、依存の関係なのかな……。
うううん、もっと深い感じがする。
「そんな時、四月中テレビやネットで話題になっていたこの村の動画を
偶然二人で見たんです。
あの、天女が下りて来たって動画を。」
わ、私だ!!
それで紗枝さんは私のことを知っていたんだわ。
「紗枝さんは一目であれは幽霊だって。
幽霊のくせに、なんであんなに嬉しそうなんだろうって、
見惚れてました。」
確かにあの時、死霊との戦いが終わって、ほっとしていたもの。
「後代さん。
紗枝さんはきっと、あなたとお友達になりたかったんだと思います。
口にはしてなかったけど、一つの体にいると、そういうのわかっちゃって。
だから、私がお父さんとお母さんに、この村に来たいって。」
『そういうことだったの……。』
「はい。
そしたら紗枝さん、頼子が余計なことするなら私も、なんて言って。
この学校で美術部見てみようよ、なんて言いだして。」
「イラスト、相当描いているんだろう?」
朦朧としながら言う先生に、また小さくうなずき、頼子さんは紗枝さんの顔を、ペンだこのできた指で、いつくしむように撫でながら答える。
「中学に入ってから始めて、スケッチブックに400冊くらいになりました。
恥ずかしくて、誰にも見せてなかったけれど、
紗枝さんはいいじゃんって、喜んでくれて。
……嬉しかった。」
誰かに見てもらえるって、たった一人からでも、いいねって言ってもらえるって、そうだよね。
「でも私、この学校に来ても、わけもなく不安で、怖くて。
そしたら私に任せなって。
今日も紗枝さん、私になりすますからって。
それなのに私のせいで、紗枝さん……こんな……。」
頼子さんの嗚咽に、あたりの虫の声は一瞬、ぴたりと止んだ。
そうだったんだ。
それで、今日……こんなことに。
これで良かったなんて、思えない。
紗枝さんはきっと、本気で先生と刺し違える気でいた。
自分を消し去るために。
先生を傷つけたのは、許しがたいけど、でも全部、頼子さんのことを思ってのことだったんだ。
『ほんとに、素直じゃないんだから。』
急に涙があふれて頬を伝った。
『言葉が交わせるんだから、ちゃんと伝えてくれなきゃ。
きっと分かり合えたのに。
私だって、友達になりたかったよ。』
「ごめんね、紗枝さん! ごめんね!」
頼子さんは、もう、ものも言わなくなった紗枝さんの顔に、自分の頬を押し当てて声を上げて泣いた。
私は涙をぬぐうことも忘れ、頼子さんの肩を抱いた。
『頼子さん、
謝ってばかりいたら、紗枝さんきっと安心できないよ?』
「え?」
『ごめんねじゃなくて、ありがとうって、そう言って上げなきゃ。
紗枝さん、また悔いが残っちゃうよ。
ね?』
「どうしたら、
どうしたら紗枝さんに、そう伝えられますか?」
瞬きもせず私に問いかける頼子さんに、先生が言葉をかけた。
「この桜……まだ枯れ切っちゃいない。
でも、ほっといたら、ほんとに死ぬだろうな。
どうだ?
君がこの桜、守ってやれないか?
大変だろうが、それが紗枝を守ることには、ならないか?」
じっと先生を見つめる頼子さんの顔を、遅くなって顔を出した月が照らした。
「……はい!」