第二十六話 なりすまし②
2、3日おきに更新と言ったな。
あれは嘘だ。
(なんか勢いでw)
「せ、先生は、な、何を言ってるんですか?」
掌内さんは頬を痙攣させたように、ひきつった笑いを浮かべた。
先生は瞬きもせず、静かに答えた。
「とぼけなくてもいい。
俺には死んだ人間が見えれば、声になってない声も聴ける。
確かにお前はずいぶん上手に憑依しているが、
後ろから憑いてきてる奴からは、恨みつらみがだだ漏れだ。」
「なんですって?!」
驚いた掌内さんは振り返った。
這い寄って来た顔の潰れた少女の霊は、掌内さんの足を掴もうと、その腕を何度も何度も空しく振っている。
掌内さんを捕まえようとしてる?
恨みつらみを持ってって……もしかして掌内さんが、酷いことをしていた側だったっていうの?
すると先生は右の拳を前に突き出すと、おもむろに開いた掌を上に向けた。
そこに、あの日以来見ていなかった小さな闇の球体が、ふっと出現した。
そして銀河系のように、ゆっくりと渦を巻きだした!
「話によっては……。
幽霊だろうが死霊だろうが、『闇』に葬ることもできるんだぜ?」
『先生、いきなりそんなッ?!』
あれはまだ、先生自分でコントロールしきれていないって!
先生だって飲み込んじゃうかも知れない『闇』なのに!
思わず先生を止めようとその右腕にすがりついた。
でも、先生は額にうっすら汗を滲ませていた。
いつもの先生じゃ、ない?
先生が緊張している?!
その時、初めて聞く低い声にびくっとした。
「なんだよ。
あんたにはこいつが……。
こんな潰れた顔で何言ってんのか、わかるって言うのか?」
『く、口調が変わった?! それに幽霊が見えている!!』
次の瞬間、愕然とした私を、掌内さんは迷いもなく睨みつけた。
「さっきからうるさいんだよ!!
なにさッ?
歳の差カップルかい?
死人の分際でいい気になってんじゃないよっ!!」
罵声を浴びせた後、なぜか急に驚いたように彼女は口を開けたまま押し黙った。
そして今度は恨めしそうな瞳で私を見つめた。
「くそ……なんだよ。
あんただったのかよ……。
こんなとこで、会えただなんて……。」
そう言って彼女は唇を噛んでいる。
でも、なんで?
どうして私を?!
先生は私をかばうように一歩前に出た。
「どうやら酷く面倒な奴らしい。
だがお前、わかってるのか?
その頼子って子に入るには随分大きすぎるぜ!」
「女が小さく可愛くなけりゃならないなんて、
お前ら屑の腐った価値観だろうがっ!」
掌内さんは再び凶暴な視線を先生に向けて怒鳴った。
『先生、いきなり怒らせてどうするんですか?』
先生は私には答えず、相変わらず掌内さんを睨んでいる。
「図体のことを言ったんじゃない。
お前の憎悪は強すぎる。
そんな強烈なもの当てられたら頼子って子の魂は、もう……。」
『……そんな。
頼子さんの魂、消しちゃったの?!』
驚いた私から視線をそらすと、彼女は毒づいた。
「ふざけんな。
私が頼子を死なせるものかッ!!」
「じゃあ、むしろ後ろめたいことがあるから最初から怒ってるんだよな。
なあ、そうだろ?
後ろの奴を殺したのはお前だよな?
死ぬ直前の光景だけ、やたらはっきりと伝えてきてるぜ。」
先生の言葉に、彼女は足元の少女を憎らし気に見下ろした。
「てめえがなにを被害者ヅラしていやがるっ!」
そしてその少女の頭を思い切り……け、蹴った?!
幽霊に接触することまでできるなんて?!
蹴りながら彼女は叫び続ける。
「こいつが勝手に死んだんだ!
ざまぁみろってんだ!
いつもいつもいつまでもッ!
頼子を傷つけやがって!!
自業自得だ!!」
何度も何度もその頭を蹴り続ける。
およそ愛らしい掌内さんの顔には似合わない、狂ったような笑い声をあげながら。
『もうやめてッ!!』
「だったらこいつを始末でもなんでもしてやれよッ!」
止めようと叫んだ私の体は、くわっと開いた彼女の目に圧倒され、まるで嵐の中に飛び込んだように翻弄された!
次の瞬間、先生は壁の天井近くまで吹き飛ばされた!!
「ぐはぁッ!!」
今、何かが折れる鈍い音がッ?!
『先生ッ! 大丈夫ですかッ?!!』
でも突然、私の目の前には見たこともない光景が広がった。
私を……うううん、違う。
狭い部屋の中で、土下座した掌内さんを取り囲む子達がいる。
この子達、なに? 中学生?
そうか、掌内さんが中学の時のことなんだわ。
いやっ、やめて!
なんで蹴るの?
なぜか笑顔のままの掌内さんが、一瞬壁の鏡に映った。
寄ってたかって暴力を振るう周りの子たち。
え?
お金……巻き上げてたの?
そして白いモノに掌内さんの顔を押し付けて……そんな……ここはトイレだわ!
そしてその子達が掌内さんの服を無理矢理……こんな、こんな恥ずかしい恰好をさせるなんて。
水までかけるなんてッ。
もう、やめて!!
なんでそんな酷いことができるのッ?!
場面はまた突然変わった。
今度は、路地裏?
なに?
キャッ!
いきなり殴られ……やっぱり違う。これは掌内さんが殴られてるとこだ。
笑いながら拳を振るい続けるこの子……さっき掌内さんからお金を巻き上げ、水をかけた子だわ?!
その襟に、今度はどこかの高校の校章が斜めになってつけられてるのが目に入った。
これは!
今、床に這いまわっている幽霊の子と同じ付け方!
まさかこの子が?!
「頼子はもうやめてって言ったんだろが!
中学ん時とは変わるんだって!
お前らの言いなりにはならないって!
それをてめえは笑いながらッ!!」
今、顔が潰れた少女の霊を蹴り続ける、現実の彼女の叫び声が遠くで聞こえた。
目の前の過去の光景は、まるで自分が体験してることのように鮮明に流れ続ける。
私の……いえ、掌内さんの体から、突然大柄な女……私と同じ歳くらいの子が現れた。
これが掌内さんに取り憑いている幽霊ッ!
その背中越しに、暴力をふるっていた子が恐怖に顔を歪めていくのが見えた。
その子は怯えて路地裏から逃げた。
その先は明るく眩しくて、よく見えないけど凄まじい急ブレーキの音と、何かがぶつかり、ぐしゃっと潰れる音だけが私の頭の中いっぱいに響いてその光景は消えた。
「ちっ。
こんな村になんて、来るんじゃなかった。」
目の前の彼女は舌打ちすると、散々蹴り続けていた少女の幽霊の腹部を最後に思い切り蹴り上げて去っていった。
いきなり私を包んでいた嵐のような乱流は消えた。
同時に先生も床に落ちた。
『先生ッ!』
「大丈夫……だ。
あ……あばら折られただけだ。
それより頭が割れそうだ。
すごい思念波だったぜ。」
『すぐ病院に!』
「いや。その前に、こっちの方かな……。」
どうにか体を起こした先生は、痛みに顔を歪めた。
そして膝立ちのまま、まだ床を這いずり回る少女の霊に近づいた。
この子が掌内さんをいじめていたのは、明白だ。
うううん、いじめだなんて言葉で済ませられない。
あんなの犯罪よ。
あんな光景見たら、許せない。
絶対に。
でも……この子はもう死んでしまっていて、
今はきっと、自分がどこにいるのかさえ、わかっていない。
あんなに蹴られ続けていても、何をされていたのかさえ、わかっていない。
『……先生?』
「さっきのは実際にあったことだろう。
この子のしたことは、許せないよな。
生きてれば法の裁きを受けるべきだが……。」
そう言って先生は少女の霊の前にどうにか上体を起こしながら正座する。
私は腕を伸ばした。
先生の体の中の肋骨が……よ、4本も折れてる!
泣きそうになるのをこらえて、それが肺に刺さらないように気を付けながら、先生の体を支えた。
「俺の声は、聞こえているな?」
びくっとしたようにその子は動きを止めた。
そして先生の声のしたほうに、すがるように潰れた顔を向ける。
「地獄に堕ちても今と同じままだろうが……。
その暗闇の中で這いずり回って、無限に苦しみ続けるのがいいか。
それより、もういっそ『無』に戻って楽になりたいか。
どっちがいい?」
その子はじっと動かなかった。
肩を震わせ、泣いているようにも見えた。
先生は静かにうなずく。
「そうか。
これでいいとも思わないが。
……じゃあな。」
先生は彼女の上に、右手をかざす。
その下に小さなあの闇の球体が現れ、それが円盤状に広がってゆっくり回転を始めた。
その渦に霧のように吸い込まれ、やがて彼女は消えていった。
『なんだか……全然やり切れないです。』
「うん。そうだよな。
ううッ。」
咄嗟に崩れ落ちそうになった先生を支えるッ。
『先生! 早く病院に!』
でも先生は脂汗を浮かべてるのに、私の腕を離すように身を起こした。
「俺のことより、あいつだ。
見ただろう?
あんなパワーをもった幽霊なんてみたことない。
早く捕まえないと、あのままだと理由はどうあれ悪霊になってしまう。」
『悪……霊に……?』
「憎悪に駆られて自分でも何やってんだかわからなくなる。
ほんとの掌内頼子がまだ無事だとしても、助けられなくなる。」
『頼子さんは、まだ生きているんですかッ?!』
先生は荒い息遣いのまま、力なく何度か頷くと教えてくれた。
「確証はないが、指だよ。
今時の子には珍しいペンだこがあの子にあった。
きっとイラストやってたんじゃ、ないかな。
だがさっき思念波に見た大柄女の指に、そんなものはなかった。」
『それじゃ、美術部を見たいって言ったのは?』
「ああ。
頼子本人の意思か、それともあの大柄女が巧妙に成りすましてるのか……。
どっちにしてもあいつを捕まえて、あの体から引きずり出さないと。
頼子だけじゃなく、その親も、周りの人間も、いずれ犠牲になる。」
先生は立ち上がろうとして苦痛に顔を歪めうめき声をあげた。
『動いちゃダメっ! 私が行きます!』
先生のことも心配だけど、今先生に無理なんてさせられないわッ!
私はそのまま壁を擦り抜け、外へ飛び出した。
先生の叫び声が、小さくかすれて背中に聞こえていた。
「縁ッ!
待てッ!
お前じゃ無理だッ!!」
痛いのは本当はイヤなの。