第三十八話 民宿の夜
最初:縁ちゃん、中盤:渡瀬さん視点です。
『先生』に見守られているって安心できたからか、妙子さんはご両親に心配させたことを、最初に自分から謝った。
間に入った先生と渡瀬さんからの話もあって酷く動揺していたご両親も、妙子さんを叱りながらも、娘が無事に戻って来てくれたことを泣いて喜んでいた。
そして、夜も更けて。
ついさっき警察での事情聴取が終わったところで(あの男の人自体は、私や『先生』を認識してなかったから、幽霊絡みだなんて変に騒がれたり疑われることもなく、 聴取はけっこうスムーズに済んだんだと思う。)
妙子さんと、付き添いだったお父さんと一緒に帰って来た先生と渡瀬さんは、妙子さんのお母さんに温めなおしてもらった遅い夕食をいただいた。
「そういえば、初めてね。」
『なにがですか?』
向かい合わせのお膳を前に、渡瀬さんはそっと呟いた。
「雨守クンと、こんなふうに一緒にご飯食べるの。」
「昼、コンビニおにぎり食べたじゃん。」
「あれとは、別よ。」
目をお膳に落としたまま、ゆっくりご飯を口に運ぶ渡瀬さんは、それでもどこか、嬉しそうに見えた。
『あ、私、ちょっとその辺散歩してきていいですか?』
「こんな夜中にか?」
「え? ちょ。縁ちゃん、なに変な気を回してるのよっ。」
小声で早口にいう渡瀬さんに笑って答える。
『いいからいいから♪ 月がきれいですもん!』
たまには渡瀬さんに、先生とゆっくりお話しさせてあげなきゃ。
夜風が気持ちいいな。
ふわりと上昇して、月を眺めながら宙返り。
『あれ?』
明るい月の光をバックにしてたから最初気がつかなかったけれど。
更に上昇して近づくと……。
『先生! 成仏したんじゃ、なかったんですか?!』
思わず声をかけちゃったけど、『先生』はじっと私を見つめていた。
『ああ、あなたが縁さん、だね。雨守の教えてくれたとおりだ。
願うとおりになるんだね。』
『なにを、願ったんですか?』
『縁さん、あなたに会いたかったんだ。
あなたの姿を、この目で見たかった。』
すごい。こんなに早く?
やっぱり私なんかより、大人だったからなのかな。
『実のところは、うん、まあ、その。
あの時は、雨守が私のことを
あんなふうに思っていてくれただなんて初めて知って。
それで、照れ臭くなっちゃって消えちゃったけどね。』
空中に浮遊する『先生』は、はにかみながら頭を掻いた。
『わかります、その気持ち。
私も、ある事件で先生に救ってもらった時、なんだかスッキリして。
嬉しくて。
でもそれを先生になんて伝えていいか、よくわかんなくて。
一度先生の前から消えたんですけど、
あれって照れ隠しだったんだなって、今になって思いますもん。』
『そうか。ああ、でもここでの話、あいつには聞こえてるのかな?』
『どうですかね~。
でも、私がまた先生の前に現れるまで、気がつきもしてなかったから
大丈夫かも。』
二人で声を出して笑った。
『そうか。ところで、縁さん。』
『なんですか?』
優しい眼差しで『先生』は私を見つめる。
『あなたから見て、雨守はどんな先生だね?』
私は先生と会ってから経験してきたことの一つ一つを、懐かしく思い出した。
『私の先生は、
私のような、存在すら気がつかれない者を見つけてくれました。
私の話を、聞いてくれました。
私だけじゃない。
傷ついた霊の声を聞き届け、大勢救ってきました。』
黙ったまま私をじっと見つめる『先生』に、私はにこっと微笑んだ。
『言葉や態度ははとても冷たかったり、怖かったりするんですけどね。
でも、ほんとはやさしいから。
自分が傷ついても、まっすぐ向かっていくから。
だから、私は……。』
『そうか。立派になったなぁ、雨守。』
しみじみと噛みしめるようにそうつぶやくと、『先生』はゆっくりと上昇を始めた。
『先生に会っていかないんですか?』
『せっかく雨守が私のことを妙子に話してくれたんだ。とても嬉しかったよ。
だから、あいつの言葉のとおりにしたいんだ。』
そっか。先生の、「妙子さんを見守ってる」って言葉、聞こえていたんですね。
『縁さん。あなたに会えて良かったよ。
さっきはきちんと、お礼を言えてなかったからね。
ありがとう。雨守を、よろしく。』
『はい!』
『先生』は、やがて、月の光の中に溶け込んで見えなくなった。
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「お煮つけ、美味しい。」
急にふっと、可笑しくなって口元が緩んだ。雨守クンは気がついたみたい。
「ん?」
「今日は忙しい一日だったなって。」
「……ああ。」
「私、泣いたり、怒ったりで。恥ずかしい。」
一度静かにうなずくと、雨守クンはクスっと笑った。
「可笑しい?」
「いや。こうして人と食事するのって、何年ぶりかなって。」
「それって、雨守クンの先生が言ってた、『あの子』とのこと?」
ぶっ! って、口にしかけたお茶を拭き出しかけて、慌てて手拭いで口を覆う雨守クン。
「なんの話だよ。」
「やっぱりそうなんだ。ふーん。聞きたいけど、聞かない。」
「なんだよ、それ。」
「聞くなら縁ちゃんと聞く♪」
「何が可笑しんだよ。」
「可笑しいって言うより、
こうして雨守クンとお話しできるのが、楽しいの。」
「俺、そんなに話してないよ。」
「いいの。」
「変なの。」
「なんとでも♪」
雨守クンの目は明後日の方を向いてたけれど、優しく、小さく笑ってるのが嬉しかった。
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分けられた部屋の真ん中の布団の中で、渡瀬と縁はひそひそ話。
「もう! 縁ちゃんたら、変な気きかせちゃって。」
『ゆっくりお話しできました?』
「雨守クン、『ああ』とか、『うん』しか答えないの。
たまに語数増えたかと思えば『なんだよ、それ』って。」
『なんだよぉ、それっ!!』
「でも楽しかった。」
『そう! なら、良かったです。』
「ありがとね、縁ちゃん。」
『いえいえ。
ところで……。
あの~。渡瀬さん?』
「なに? 縁ちゃん。」
『あの、そのですね。お風呂で、その。私、先生の、み……』
「私も見ちゃった。目の前に。」
『うわああああ、即答!!』
「ちょっとちょっと大丈夫? 縁ちゃん!」
『だだだ大丈夫です。
いいえっ!
渡瀬さんは大丈夫なんですか?!』
「うん。ドキッとしたけどわりと平気。」
『平気なんだ~ッ@』
「だって、別にソレ自体は初めてじゃないもの。」
『お、大人なんだッ!』
「そうよ。
そんなに動揺しちゃって。かわいいのね。」
『あうぅううッ! でもあのっ、これ、先生には言えないことなんですけど。』
「私にはいいの?」
『だって相談できるの渡瀬さんだけですもん!
こんな気持ち、初めてで。』
「なになになぁに?」
『私、先生のシートベルト代わりしてた時、
不謹慎だと思うんですけど、
なんだか、とても気持ちよくなっちゃってて。
成仏しちゃうんじゃないかってくらい満たされてて。
でもこれ、おかしいことですか?』
「ええ~?
半分重なってるってびっくりしたけど、
そんな風になっちゃってたのぉ?
当たってたのかしら……やだぁ。」
『やっぱり、いけないことですか?』
「うううん。……いいな。」
『いいなって、言いました?!』
「うん。私も抱かれたい。」
『ぅはああぁああぁ!』
「ねえ、縁ちゃん、キスはもうしたの?」
『・・・・・・。』
「したんだ。いいな。」
『・・・・・・。』
「ねえ、夜這いしに行こうか?」
「!!」