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第三十六話 恩師④

前半:渡瀬さん、後半:縁ちゃん視点です。

「先生! 妙子さんの声、どの方角から聞こえますか?!」


『う……ん。ああ! 西の峠のほうからだ!』


 雨守クンにお爺さんは、はっとしたように答えた。


「……自転車で行ける距離じゃないな。

 渡瀬さん、車、出せる?!」


「ええ、いいわ!」


『私も行きます!』


 私達は部屋を飛び出した。浴衣の裾がはだけるのも忘れて。


「お客さん、もうじき夕飯ですが?」


 驚いた奥さんにお爺さんは怒鳴る。


『お前たち、それどころではないわッ!

 妙子がっ!!』


「ああ、すみませんが、妙子さんに電話してみてもらえますか?」


 いぶかしがる奥さんに、雨守クンは電話をかけさせた。


「おかあさッ」


 一瞬、妙子さんの声がしたと思ったら切れた!


「妙子ッ?!」


 突然わけのわからない状況に突き落とされて愕然とする奥さんに、雨守クンは靴をつっかけ振り向きながら叫んだ。


「すみません、ちょっと出てきます!

 お二人は家で待っていてください!」


 私と雨守クンは砂利道を走る。私達の上を飛ぶ縁ちゃんが叫ぶ。


『妙子さん、先月まで教育実習に来ていた学生と、

 その後もたびたび会っていたそうなんです!』


「教育実習生?!」


『まったくふざけた奴だ! 妙子をたぶらかしおって!』


 並走するように雨守クンの横につけるお爺さんの表情は険しかった。

 

「そうか。

 実習生はたいてい卒業生、つまり先輩だからな。

 生徒から見れば教師と違って、兄貴みたいに近い存在になる。」


「もしかして、恋心抱いちゃうってことも!」


『わ! 私は違いますよ? 実習生なんかには……。』


 大丈夫、わかってるわよ! って目で伝えて、駐車場に着いた皆を車に乗せる。

 すぐに車を走らせ、大通りへとノーズを向ける。


「場合によったら、

 実習生の中には勘違いしちゃうのが出てくるわけね?」


「まだ世間を知らない学生だからな。」


『あいつが実習後、妙子をドライブに誘ったのを見たが。

 それを妙子めッ!』


「先生!

 今は妙子さんを怒ってる場合じゃないです。

 さっきの電話の様子だと、妙子さんは怖がっている。

 おおかた男の方が体を求めて腕力にでも訴えたんだろう。」


 か、体ってッ?!

 冷静なまま生々しい言葉を吐く雨守クンに、縁ちゃんが固まるのがわかる。


「相手が車なら、密室状態と同じだ。

 女の子に抵抗なんてできやしない。」


『でもどうしたらいいんだ?

 こんな時に幽霊だなんて、私はなんて無力なんだ!!』


「いいえ、先生!

 幽霊だからこそ、できることがあります。」


 すると後ろから縁ちゃんが身を乗り出した。


『私、上から見てみます! 車の特徴を聞いてください!!』


「分かった! 先生、その実習生の車の特徴は?!」


『黒い、ワンボックスだった!

 ガラスも黒くて中は見えにくかった!!』


 雨守クンの中継に、お爺さんは即答した。


「頼む。縁!」


『はいッ!』


 縁ちゃんは天井を突き抜けていく!


『今の会話は、あの子か?!』


「ええ、そうです。上空から探してくれます。」


『そんなことができるなんて。』


「先生は今、車に乗っているって思ってますか?」


『え? 違うのかね?』


「幽霊には重さも実体もないし、本来モノに乗れるわけはない。

 でも、こうしたいって願うことならできるものなんです。

 先生は車に乗っているつもりだから、こうしている。

 それに先生、妙子さんの自転車のブレーキ、直したんでしょう?」


『いわれてみれば……。

 直してあげたいという思いだけだった……。』


「そういうことです!」


 街の大通りを抜け、行きかう車もほとんどない峠に向かう道へと入った。雨守クンが呟く。


「縁の声だ……。山の上の湖畔? 奴の車がそこに止まっている!」


「もうすぐ着くわ!」


「いや、待て! 縁!! 一人で無茶するな!!」


「ゆかりちゃん、どうしたの?!」


 雨守クンは悔しそうに顔を歪ませる。


「……そいつの車を揺らして脅かしたんだ。

 縁は男を止めるつもりだったんだろうが。

 ……見てしまった光景が、縁にはきつすぎた。」


 そんな?

 妙子さん、乱暴を受けたの?!


「いいよ、縁。すぐそこに着くから合流だ!」


******************************


 湖畔の駐車場で私は皆を待っていた。


『すみません、私、

 あの人があんな乱暴な……止めようと車を揺すったら

 あの人、びっくりして逃げていっちゃった。

 私、追わなきゃいけなかったのに。』


 妙子さんがブラウスを引きちぎられた時の光景がショックで、それに情けないけど暑さもあって、思うように体が動かなくなっちゃっていた。


「縁ちゃん、そいつはどっちにいった?」


 渡瀬さんの口調は静かだったけど、眼は座っていた。初めて見るそんな表情に驚きながら、私は先の、二股になった道を指さした。


『その右手の方です!』


「追うわよ。

 縁ちゃんは雨守クンをシートベルト代わりに守って。

 普通のシートベルトじゃ、また悪化しちゃう。」


『はい!』


「…そうね、雨守クンにだっこされるつもりで、いいわね?」


 ふえッ

 ベルト代わりというより、なんだかとても恥ずかしい恰好なんですけどッ

 浴衣の先生の体が半分私に重なって……。

 はずかしいけど、先生と重なってると頭に手を触れられた時のような心地よさに全身が包まれて……。

 いけないいけない、今はまだ成仏しちゃダメッ!

 しっかり先生を守らなきゃ!


『運転席のベルトが二種類?!』


 運転席を見ながら素っ頓狂な声を上げた『先生』に、渡瀬さんは無表情のまま

 お腹の前でベルトをロックしながら答える。


「こっちはサーキット用の4点式。

 シートがセミバケなのが物足りないけど、仕事柄、やむを得なくて。」


 私、クルマにそんなに詳しくないし言われるまで気がつきませんでしたよ?!


「パワーロスしたくないから、エアコン切るわよ?」


ブオンッ!


 低い排気音を上げ、クルマは走りだした。来た時の安全運転からは想像もつかないほどの速さで。


「うええっ!

 これ、オートマじゃないのかよ?!」


 先生は瞬きを忘れるほどびっくりしてる。


 わわわワインディングに差し掛かったっ!

 もっとスピード落として下さいよッ!!

 エアコン効いてないのに、あまりの怖さに暑さも忘れるッ!!


 渡瀬さんはハンドルを握った手の指先で、ハンドルの奥のなにか小さな板のようなものを忙しなく操作してる。


「これはスポーツモード。

 パドルシフトでマニュアルのように操作できるの。

 ごめんね、雨守クン。

 ちょっと振り回すわよ。」


 タイヤが道路を切りつける音が響く。

 コーナーを曲がるたびに目の前の風景が右から左にッ、左から右にって、横に流れていくんですけどッ!!


 それに、それに……

 コーナーの度に、右に左に踏ん張って微妙に角度が変わる先生の体を、より深く私の中に感じていく!

先生は浴衣だから、ほとんどダイレクトに先生を感じてしまう! 

 お尻の辺りが特にッ!

 い、い、逝っちゃいそうッ!

 とても怖いのに、気持ちいいって感じちゃう私はいけない子ですか?!


「いた!」


 先生が叫んだ。最後のコーナーを抜けた正面に、あのワンボックスを捉えた!!


「なによ……あんなにテール振って。

 あんな箱型じゃ、今に横転してしまうわ?!」


『いや……確かこの先は通行止め……。』


 渡瀬さんの言葉に、『先生』は何か思い出したように呟くと、次の瞬間、目を大きく見開いた。


『その先の橋は、まだつながっておらん!!』


「じゃあ、谷へ真っ逆さま?」


「何が何でもアレを止めるんだ!!」


 私達全員が、息を飲んだ。


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