表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

第三十五話 恩師③

渡瀬さん視点です。

「あら、お客さんですか? いらっしゃいませ。」


「いらっしゃい。

 妙子ぉ? あれ? いないのか?」


お爺さんが雨守クンの初恋の話をしようとして微笑んだ、まさにその時だった。

突然背中に声をかけられて思わず背筋がピンと伸びちゃった!


『ああ、娘とその婿ですよ。』


ええ~ッ?!

もう少しだったのに!!

お爺さんの幽霊と話してたなんて悟られないよう、早く答えなきゃいけないのに、

頬がぴくぴく痙攣したままの私に縁ちゃんは容赦なく迫る。


『渡瀬さん、早く早くッ!』


「わ、わかってるわよ。」


早口に囁いて、お爺さんの娘さんとお婿さん、つまり妙子さんのご両親に体を向ける。


「す、すみません。

 私達が着くなり、妙子さん自転車に乗ってどこかに行ってしまって。

 お父様、お母様、すぐお帰りになるから、上がっててくださいと。

 それにあともう一人、これも勝手に今お風呂を頂いていて……。」


旦那さんが私達の靴を下駄箱に丁寧に入れながら、気さくな笑みを向けてくれる。


「ああ、結構ですよ。

 どうぞどうぞ、楽になさってください。

 じゃあ、すぐ部屋を用意しますから。」


「あの子ったら、お客さんほっぽりだしてどこに行ったのかしら?」


隣で奥さんはしかめっ面をした。

お爺さんは腕組みをしながら眉間にしわを寄せる。


『よりによってあんな男と付き合いおって!』


「貴重品だけお持ちください。大きな荷物は後でお持ちしますので。」


「外は暑かったでしょう?

 夕飯の支度が整うまで、どうぞお風呂に入ってらしてください。」


『お前達にはどうしてわからないんだ?!』


「ああ。宿帳をあとで……


にわかに賑やかになったお爺ちゃんのご家族が、てんでばらばらにしゃべりだしたわッ!!


「ああああ、は……はい。」


ちょっと狼狽えてる私に、縁ちゃんはささやく。


『渡瀬さん、お風呂行ってきてください。

 私、ちょっと確かめたいことが。』


「な、なによぉッ?」


笑顔(ひきつってないわよね?)を、妙子さんのご両親に向けながら

私は縁ちゃんの動きを横目で見る。


囲炉裏の灰に……『あんな男って? 私も幽霊です。』って指文字で。

そうか!

お爺さんには縁ちゃんが見えていないんだわ。

縁ちゃんはそれに気がついていたから!


私の視線に、お爺さんも灰に書かれた文字に気づいたらしい!


『な! これ、どういうこと?』


「私の友達です。

 お爺さんの目の前に、いるんです。

 幽霊女子高生が!」


どうにかお爺さんにささやいて、私は妙子さんのご両親に勧められるまま

お風呂にいくことになっちゃった。


***************************


そうか。

縁ちゃんだけ、お爺さんとの話にストレートに加われなかったものね。

雨守クンの過去の話を聞いて、結婚まで考えてた人がいたなんて、

びっくりしちゃって縁ちゃんのこと、すっかり忘れちゃっていた。


でも、縁ちゃんはきっと、その人のこと、私より知っている。

また私だけ、置いてけぼり。

しかたないけど……ないものねだりなんだろうけど……淋しいな。


ぼーっとそんなことを考えながら、離れへの廊下を歩いて暖簾をくぐる。

そして脱衣所から、内風呂へ。


体を軽く洗っても、その内風呂へは入らずに……。

だって、朝から泣いてばっかりだったもの。

露天風呂があるって聞いていたから、そこで少し、気持ちをすっきりさせよう!


戸を開けると、

そこには熱気を帯びた湯煙が立ち込め、頭上には竹林からの涼しい風が抜けていった。


「ああ~、気持ちいいなぁ!」


「ええッ?! わッ 渡瀬さん?!」


ざばっというお湯から飛び出したような音と、雨守クンの声?!

湯煙が晴れた瞬間、少し離れたとこに驚いて立ち尽くしてる雨守クンがいた!

そんな……見ちゃった。

それに見られちゃった。


一瞬遅れて、雨守クンは湯船にばしゃんって浸かって背中を向けた。


「ご、ごめん。」


「わ、私こそごめんなさいッ!

 ぼーっとしていて、女湯と間違えちゃったんだわ?」


「いや、いいよ。

 今のうちに、入っちゃって。

 そしたら俺、反対向いたまま、すぐ出るから。」


雨守クンが狼狽えてるのがわかる。

私だってドキドキしてるのに、なぜかそんなに恥ずかしくないのは、

あの死霊との戦いで見られていたから?


でも……どうしよう。

体が火照ってくるのが自分でもわかる。


雨守クンの引き締まった大きな背中。

でもその傷だらけの背中を見て、急にまた切なくなった。

その痛みを私にも、分けて欲しいって思った。


「雨守クン、私……あなたのことが好きなのッ!!」


雨守クンには、昔、大切な人がいた。

そして今は縁ちゃんがいる。

私なんて、入り込む隙間もないのに。

でも……。


今までこらえていた気持ちが、溢れてしまった。

答えなんて、わかってるのに。

でも、答えを待って、ただぎゅっと目をつぶっていた。


……あれ?

雨守クン?


そっと目を開けた時、雨守クンの体が、ユラッと揺れて湯船にぼしゃんって!


「雨守クンッ!!」


ええッ? 

もしかして聞いてもらえてなかったぁッ?!

いえッ! 

それどころじゃないわ?

慌てて湯船に飛び込んで、彼の体を支える。


「う、ううん。

 ご、ごめん。

 体力落ちてたせいか、ちょっとのぼせた。」


頭を振りながら、体を起こそうとした雨守クンの手が私の胸をつかんだ!

雨守クンの指が、敏感なところに。


「あッ……いやッ……。」


思わず声が漏れてしまった。


「はああッ! ごめん!!」


雨守クンったら、慌てて立ち上がるから目の前にっ!


「きゃああああッ!」


『どうしたんですかッ!! 渡瀬さんッ?!』


私の声に縁ちゃんが飛び込んできたッ!

そして……一人パニックに陥っていた。


****************************


日が傾き、夕焼けが差し込む部屋で

雨守クンと二人、浴衣で正座したまま縁ちゃんに向かう。

縁ちゃんは怒ってるとも、悲しんでいるともつかない表情をぐるぐる目まぐるしく

変えながら私達を見つめる。


いくらか湯あたりも治まった雨守クンは、縁ちゃんをなだめるように言う。


「だから、誤解だって。何もなかったんだって。」


『もちろん信じてますよおおおおお。

 だって、離れていたじゃあないですかあああああ。』


「私が、ぼーっとして、女湯と思い込んで入っちゃって。」


実は、ここはお風呂は一つだけ、

家族風呂というものしかなかったことに、お風呂を出る時に気がついた。

それは縁ちゃんも同じらしかったけど。


『無理もないですよおおおおお。』


無理に笑おうとしてるから、余計に怖いわよぉ。

だいたいただでさえ言い訳しにくいシチュエーションだったのに、

さらに状況が悪いわ。

だって、一つ部屋に二つの布団が並べられてるんだもの!

もしかして……。


『二人とも、

 新婚さんだと思われてるみたいですしいいいいいいいいい。』


だからお風呂勧められたんだわ……って、

今ここで新婚と間違えられたこと、密かに喜ぶわけにはいかないわよね?


「これは後で部屋を分けてもらうように言ってくるよ!」


『わわわ私だって、

 べべべべ別に子どもじゃありませんしいいいいいいいいい。』


縁ちゃんの目からハイライトが消えてるッ。


ああ~どうしよう。

縁ちゃん、男性経験なさそうだから、

変なトラウマになっちゃったらどうしよう?


ずず~んと重たい空気に押しつぶされそうッ。


その空気を突然壊したのは、いきなり飛び込んで来たお爺さんだった。


『雨守!

 妙子が!

 助けを呼んでる!

 お爺ちゃんって!!』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ