美味しいは正義
せっせと雛鳥に餌を運ぶ親がごとくシンに食事を取り分け食べさせていきつつ、リーニャにも料理を取り分ける。
一度に盛る料理の量が絶妙だ。
「あっそうだリーニャさん、リーニャさんの住んでた地域で食べてた熊肉とかトナカイ肉も用意してありますけどいりますか? 」
「え、熊肉もあるんですか!? 」
「冬眠前の良く太った熊を獲って熟成させたあと時を止める魔法で保存してあったので、いろいろ作ったらしいですよ。食べますよね? 」
「いただきます!」
リーニャの住む北の国は地域によるがほとんど一年中、氷で覆われている。
ずっと夜のように暗い日や朝のように明るい日という普通ではあり得ない環境。
そのため貴族でさえも生き抜く為に仕事をするという他にはない特殊な地だ。
そんな北の国の人々が楽しみにするのは食事。
熊は全身あますところなく食べられるし、毛皮は薬湯につけて鞣せば高く売れる。
自分で着るのも防寒になっていいだろう。
ただ熊は強い、猟銃で撃っても効かないことがあるし力も強いため村が危険にさらされでもしない限り、できるだけだけ熊が通るルートを避けるように狩りをするのだ。
「2~3年に一度食べれるかどうかのご馳走がこっちで食べられるなんて……。」
涎は垂らさないもののリーニャ口の中は唾液で一杯だ。
「しかも冬眠前なんて最高のタイミング。」
「……そんなにうまいのか?」
あまりにもリーニャが興奮しているのでシンが怪訝な顔をしながら問いかける。
「うまいなんてもんじゃないですよ!」
ぐっと拳を握りしめてシンを見つめる。
「冬眠前は秋の木の実を食べて良く油が乗ってますしあまり獣臭さがないんです!ここは臭さは狩る側の技術も関係ありますがユエさんのとこなら問題なそうですしね。」
「それに油がさらっとしてるのでくどくないし、コラーゲンが含まれてるので美容にもいいんですよ。ただ熱を加えると固くなるので一工夫が必要だと本に有りました。」
にしてもそんなに好きならもっと用意しておけばよかったですねぇと、言いながら夜明から鍋を受け取り蓋を開ける。
「熊肉のシチューです。スープストックの段階からこだわってじっくり煮込んだそうですよ。」
「ホワイトシチューじゃない!このタイプのシチューって中々こっちじゃ無かったんです。懐かしい……。」
「こっち用意して良かったです。まぁ時間が足りなくて最終的に魔法も使ったみたいですけどね。」
用意したシチューはクレアールジェミニシティでよく食べられているホワイトシチューではなく、スープストックに肉と野菜をいれ、とろ火で煮込んだシチュー。
分からないと言いつつレイユエはある程度リーニャの好みを調べていたのだ。
鍋にお玉をいれ、そっと掬うと皿にいれリーニャの前に置いた。
「わぁ、美味しそう…。」
ふわりと漂う香りからは様々な香辛料のいい香りがする。ふわふわ漂う香りに誘われてスプーンでシチューを掬い一口食べた。
「んぅーー!熊肉の強い旨味がシチューに溶け込んでてすっごく美味しいです、味付けも完璧!」
「……柔らかくて美味しい。」
同じくレイユエに食べさせてもらいながらシンも感想をもらす。
「それはよかったです。」
他にも西の国でよく食べられている鳥に東の国の魚。
レイユエの好みでないとして振る舞われないはずの刺身が出てきてレイユエの機嫌がすこし悪くなるということもあったが二人とも美味しい料理に満足そうである。
「ところでそろそろデザートにいきませんか? 」
そう切り出したのはちょうど満腹になるまであと3割といったところである。
「「デザート……。」」
食べていない料理がまだあるが食べたら恐らくデザートが入らないのが二人にはわかっていた。
食べていない料理も確実に美味しいしデザートも確実に美味しいどうすれば良いだろうという悩みを打ち破ったのはレイユエの一言。
「リンゴが好きということでリンゴを使ったいろんなお菓子を日暮が作ってくれてますよ。」
「リンゴ、食べる。」
シンの食べる予定はデザートに決まったようだ。
「え? 日暮さんですか?」
そしてリーニャは日暮の名が出て来たことに驚いたようでレイユエに聞き返した。
「ん? あぁ、日暮は料理じゃなくてお菓子専門なんですよ。」
「料理得意な人多くありません? いや竜なんでしょうけども。」
「んー、まぁ基本的に得意な人ばっかなのは認めます。あと人でもなんでも通じればいいですよ。」
「ん、わかりました、というかやっぱり得意な人多いんですね。」
「まぁ、そうですね、あぁ、あと故郷の味ということでベリーパイもありますよ。」
「……ベリーパイですか? 」
「アイスも添えてあるそうです。」
「いただきます。」
「んじゃ、料理は下げ渡してしまいますね。」
「「うっ……。」」
「シンさんはともかくリーニャさんは私とパーティー組んでるんですし何時でも食べられますよ。」
「ユエさん料理できるんですか? 」
「というか私が一番、料理もお菓子作りも上手いですし、ね?」
「確かにコウ様が一番ですね。」
いつの間にかレイユエの背後にたっていた夜明が答える。
「ほら、だから問題ありませんよ。というか日暮もう持ってきていいですよ。」
どうやら扉の前で待機していたようだ。
「失礼いたします。」
扉が開いて漂ってくるのは甘い香り、ベリーにリンゴその他果物の甘酸っぱい匂いにバターの香ばしい香りが混ざりあってなんともいえない。
「飲み物は甘いものにあわせて紅茶やコーヒーをご用意しております。」
「甘いものに甘いものあわせるのもいいってことで他にもありますけどね。」
「……太りますよ? コウ様。」
「どこ見ていってるんでしょうか?」
「まぁ、そこが大きくなる分にはいいんじゃないですか? 」
「むぅ、ひどいですよ。リーニャさんの裏切り者! 」
「……。」
そう言いつつも尻尾をピルピルふって取り分けている辺り性格が出ている。
ベリーパイとリンゴパイをさっくりと切り分けたあと、アイスと共に盛り付け最後にベリーパイにはベリーソースをリンゴパイにはリンゴソースをかけてリーニャとシンの前に置く。
他にも沢山の種類を用意しているためどちらも少なめである。
「好きなんですよね、ベリーパイ。」
アイスとベリーパイをそしてソースを絡めて一口に食べた。
「うぅ、やっぱり美味しい。というかこれより美味しいの作れるってユエさんスゴすぎません? 」
「そうですか? 」
そんな応答をしているとシンがレイユエをつついて料理を指差す。
「あっ、はい!これですね。シンさんどうぞ。」
「そうですよ。……というか本当、器用に食べさせますね。」
「リーニャさんも食べさせます? 」
「恥ずかしいのでいいです。」
「そうですか。」
どことなく残念そうな響きを持たせてレイユエが呟く。どうやら食べさせたかったようだ。
それを見て冗談でも食べさせてくれますとか言わなくてよかったとリーニャは胸を撫で下ろす。確実に言ったら恥ずかしいことになるのは間違いないからだ。
そんな感じで食事を進めデザートを食べきる頃にはシンもリーニャもお腹一杯。
「ふぅ、おいしかったです……ありがとうございますユエさん。」
「それはよかったです。」
「……。」
「お礼くらい言ったらどうです?」
「……。」
「……はぁ、まぁいいですけどね。」
「俺は、貴族と竜が嫌いだ……。」
その言葉に竜たちはピキリと石にでも成ったように固まり、一部は滝のような涙を流している者もいる。
「はぁ!? この期におよんでなにいって……。」
そしてリーニャはぶちギレ猟銃を出そうとするが次の言葉に動きを止めた。
「だけど、ここの飯はうまかった。あ、あり……がとう。」
それはお礼の言葉。
ある意味リーニャへの対抗心から出てきた言葉。
それでも固まっていた竜や龍たちは、その言葉に嬉しそうに頬を緩め泣いていた竜や龍はさらに嬉し涙で頬を濡らす。
これで幸せになれる辺り頭の中は基本的に花畑である、だが竜は人間が好きなのだお礼を言われたら嬉しくなる当然のこと。
そんな竜達に気がつかず、シンはぎゅっと外套の裾をにぎりしめフードを深く被る。
豆鉄砲でも食らったようにポカンとしていたレイユエとリーニャが見たものは、フードから覗く熟したベリーのように赤くなっている耳だった。