7-4 正義のミカタ
六之介は右手から、目当ての人物を探しに向かう。
表から見ると平均的な面構えに見えたが、かなりの奥行きがあった。上空から見れば横長い『工』の字型をしており、書き始めに当たる部分が玄関、そこから四つの個室と一つの厠がある。二画目の縦線にあたる渡り廊下を挟み、三画目は個室が二つ、風呂、厠、台所、階段がある。二階は一画目の部分に個室が一つ、他は倉庫と資料室となっている。標高の高い場所に建っている為、二階からは学生たちによって営まれている商店街が一望できた。
敷地内はそれなりの広さの庭があり、種類は分からないが濃い緑色の葉を茂らせた中木がそびえ立つ。壁面には朝顔が植えられており日除けの役割を果たしていた。人影がないため、更に裏手の方へ進む。
この時間帯では日差しが直射しており、格段に気温が高い。綴歌は倒れてはいないだろうかと思いながら、周囲を観察する。すると、庭の隅に棚仕立ての置かれた場所があった。
その下で、動く影がある。遠目からでも分かる程の小さな体躯、紺色の作務衣に大きな麦わら帽子が揺れている。
近付くと、棚仕立てに植えられているのは葡萄であった。艶やかな紫が日の光を受け、宝石のように輝いている。一房というより、一粒が巨大であり、はちきれんばかりであった。
「ん?」
こちらの気配に気が付いたのだろう。
変声期前の少年のような声だが、その顔はまぎれもなく女性であった。麦わら帽子から覗く髪は、初めて見る白髪。これは色素が抜けたというった風ではなく、髪そのものが白く染まっているような、言うなれば『濃白色』をしている。そして、灰色の双眼に色素の薄い肌。
真夏だというのに、そこだけ季節が反転したような、静謐な雰囲気を漂わせる、足跡一つない新雪を思わせる少女であった。
「どうも、怪しいものではないです。ええっと、今日からここでお世話になることになっているんですけども」
片手を軽く上げ、差し障りのない表情を浮かべる。
少女は怪訝そうな顔をした後、あっと察したような動きを見せ、満開の笑みを咲かせる。
「ああ、そうかそうか。もう来たのか。早いな。ちょっと待ってろ」
そういって踏み台を持ち出し、棚仕立ての下に置く。どうやら葡萄を収穫しようとしているようだ。ただ、その背丈故に難儀しているようだった。
この娘は、目的の人物である『瑠璃先生』とやらの娘かなにかなのだろうか。そう思いながら彼女の横に立ち手を伸ばす。
「これかい?」
「む? おお、そうそう」
彼女の手から鋏を受け取る。ぱちりと小気味の好い音がしてずっしりとした房の重さが左手にのしかかってくる。
「随分立派だねえ」
「ふふん、そうだろうそうだろう。ここまで来るのは大変だったが、ようやく良い大きさになったのだ」
胸を張りながら、鼻高々といった物言いだった。年相応の振る舞いに、思わず笑いがこぼれる。
二房、三房と収穫すると彼女の手にあった籠はすぐにいっぱいとなった。
「よし、十分だろう。ありがとう、助かったぞ!」
「いや、この位は構わない」
「これは今日の客人……つまりは君達に差し出すためのものだったんだがな」
苦笑する。薄幸の美少女と言った風貌だが、ころころと変わる表情と元気が有り余っているといった動きに驚かされる。
「そうだったのか。それは」
おつかいかい、という問いは背後からの声によってかき消される。
「先生!」
「んあ?」
少女と同時に振り返ると、青い顔をした綴歌がいる。
「おお、筑紫綴歌! 元気にしていたか?」
ててっと小走りで駆け寄り、顔を大きく上に向け、首を傾げる。
「どうした、顔が青いぞ?」
「……日差しが」
「あ、そうか。お前は熱いの駄目だったな……おい、君、ええと、稲峰六之介であったな? 肩を貸してやってくれ」
「え、あ、はい」
綴歌の肩を担ぐ。もはや足元もおぼつかず、小突くだけで倒れてしまいそうだった。彼女のことも心配だが、今はそれよりも気がかりなことがあった。
「綴歌ちゃん」
「……なんですの?」
「ええっと……『先生』?」
先行する瑠璃を指さすと、彼女は当然と言わんばかりに頷く。
「……先生のご息女とかじゃなくて?」
「違いますわよ、正真正銘の『瑠々璃宮瑠璃』先生ですわ」
るるりみやるり。早口言葉のような名前である。
「……ひょっとして、飛び級の天才児とか?」
「気持ちは分からないでもないですが、ああ見えて二十五歳、うちの署長と同い年ですわ」
初めてこの世界に来て、魔導と言うものがある異世界だと分かった時、これと並ぶ衝撃は二度とあるまいと思っていた。
署長の姿を思い浮かべ、瑠璃と比較する。同い年どころか、同じ種族であるのかさえ疑わしいほどの差異である。
「……この世界って、なんかおかしいじゃないだろうか」
ぼそりと呟きながら、玄関をくぐった。
「遠路はるばるご苦労だったな。まあ、まずは食べるといい!」
そういって収穫したばかりの葡萄が差し出される。畳の香る客間は中央にくっきりとした木目の浮かんだ檜の座卓が置かれ、床の間には達筆なのか下手なのか分からないが、判読のできない文字の書かれた掛け軸が飾られている。
「いだたきますわ」
そういって、体力の回復した綴歌が手を伸ばす。瑠璃の回復の魔導は効果抜群だったようである。
「では、遠慮なく」
いわゆる、巨峰に分類されるそれの皮をむき、口に放り込む。井戸水に浸しておいただけのため、氷菓子のような冷たさはなかったが、程よい酸味と甘味が熱を帯びた躰に染み渡る。
りんと風鈴が鳴る。
二粒目に手を伸ばそうとすると、瑠璃と目が合った。何か期待した様子でじいっとこちらを見ている。ああ、と察する。
「すごく美味しいです。酸味も甘味もちょうどいいですし、大きさもこれだけあるので食べ応えがあります」
ぱあっと花を咲かせるように喜色を浮かべる。
「おお、そうかそうか! そいつはよかった! 今年は年明け早々、やや温暖であったからな。うまく育つか不安だったんだ。去年よりは数は少ないが、味が良いならいいだろう」
確かに今年の年明けは暖かかった。植物と言うのはそういった変化には敏感だ。
「ふむ、何か対策は?」
「いや、特には。寒いなら藁を敷くなり、風よけを造るなり出来るが、暖かいのはなぁ。水の量に気を付けたくらいか」
「じゃあ、肥料とかどうですかね? 自分が村で生活してい時に考案したものなんですけど、結構効果はありましたよ」
「お、本当か? それは是非とも詳しく聞きたいな!」
「成分はですね……」
窒素、燐酸、カリウム、カルシウム、マグネシウムといった物質の存在を翆嶺村の民は一人として知らなかった。否、この世界は原子や分子といった存在について知るのは一握りであった。純粋な単体分子の入手は困難であると察し、可能な限り、それらが多く含まれている素材を集め、石臼を使って粉末にし、比率を変化させた肥料を百種類ほどつくり、実験した。
思い起こせばあっという間の出来事だが、生育環境を一定にし、虫害に気を配り、収穫までこぎつけるのは本当に骨が折れたものだ。
だからこそ、思い入れのあるものだった。
「ほうほう、なるほど、そういう……」
「はい。それで、各物質の比率がですね」
どういった時期に肥料は使えばいいのか、限度は、周辺の雑草への影響は、など質問と応答が繰り返される。瑠璃はせがむように話に食いついてくる。話させ上手とでもいうのだろうか。話題の節目に入れられる踏み込んだ問い掛け、時折混ざる彼女の意見、考察、それらが絶妙であり、つい饒舌になってしまう。
「……あのー、お二方? そろそろ本題に入りません事?」
「はっ!」
「あ」
そのせいで、つい盛り上がってしまった。瑠璃はぱたんと手帳を閉じ、おほんと可愛らしく咳払いをする。
「あー、まずは何から……うむ、自己紹介だな!」
すくっと立ち上がり、胸と声を張る。
「アタシの名前は瑠々璃宮瑠璃だ! 長ったらしい早口言葉のような名前だろう? だから瑠璃先生と呼ぶと良いぞ! そうだな、あとはこの八坂魔導官養成学校を管理している身ではあるが、本来は魔導機関育成部に属している。一応そこの長という位置づけだな」
「長っていうと……ひょっとして」
「うむ、ひょっとしなくても、すんごく偉いぞ、アタシは!」
はっはっはと高らかに笑う。その姿はやはり、二次性徴すら訪れていない女児に見えた。
瑠璃は膝を折り、腰を下ろす。
「じゃあ、次は筑紫綴歌だな」
「え? 私もですの? 必要あります?」
「何を言っているんだ、皆平等にだ。ほれ、立った立った!」
綴歌はええと不満げに声を漏らしながら立ち上がる。
「筑紫綴歌です。ええっと、一年半前にここを卒業して、今は第六十六魔導官署に所属、階級は信兵ですわ」
瑠璃が大きく拍手すると、照れたように髪を弄り、腰を落とす。
「じゃあ、次は自分が」
よっこらせと口にしながら立ち上がる。乳白色と空色の視線が注がれる。
「自分は稲峰六之介、『りゅう』は『竜』じゃなくて『六』で、階級は義将。出身は翆嶺村ってことになっているな。今回は魔導官予備試験を受けるため、八坂に来た……そんなところかな? まあ、よろしくお願いします」
我ながら雑な自己紹介だなと苦笑する。響く拍手は、一つだけ。視線を向けると、遅れて瑠璃が両手を叩いた。奇妙な間、その時の彼女の口から零れた言葉を六之介はしっかりと捉えていた。
――――六、か。
またか、と思う。この名前に反応を示されるのは、これで三度目になる。初めては、掛坂雲雀。二度目は、涼風唯鈴。そして、三度目は瑠々璃宮瑠璃。いったい何なのであろうか。この名前、否、数字になんの意味があるというのだろうか。
「さて、自己紹介も済んだし、今後の日程を話すぞ! 耳の穴をかっぽじって、しかと聞くがよい!」




