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6-37 剣祇祭 おまけ

 日ノ本東北部、『白矢木』区。各都市から広く離れ、近代化も進んでいない手つかずの自然が多く残る山岳地帯。中央を天月山脈が貫いており、そこから流れる天海川の恩恵を受け稲作が広く行われている。

 舗装もされていない道を一台の四駆が駆け抜ける。積み荷は降ろされ、三日間かけて最寄りの町を目指す。徐々に小さくなる機影を見送ることなく、大男が一人、手荷物を担ぐ。目先にあるのは今にも崩れそうな平屋の木造建築がある。立てかけてある看板には下手くそな字で『篝村集会所』とある。

 雑草の覆い繁る敷地内に足を踏み入れると、建物の中から一人の男が現れる。左手を吊り、至る所に血のにじんだ包帯がまかれている。おぼつかない足取りで、大男のもとに歩み寄る。


「お、お待ちしておりました。申し訳ありません、迎えもせずに」


 深々と頭を下げる。

 頭二つ分は小さい男を緑と紫の瞳が見下ろす。


「いらん、そんなもん」


 ぞんざいに返すと、背筋を伸ばし非の打ちどころのない敬礼を見せる。


「私は横内孝之信将であります。此度の任務、ご助力を感謝いたします」


 集会所の扉を開く。ぎしりと甲高い異音がする。

 内部は簡素な構造をしており、広間を中心に簡単な台所と厠があるだけである。そして建物の九割を占める広間にはびっしりと布団が並べられ苦痛に呻く民間人、魔導官が横たわっていた。血と汗の臭い、糞尿の臭い、薬の臭いが混ざり合い、形容しがたい悪臭を放っている。窓は開かれているようだが、換気が間に合っていないようだ。

 だが、大男は気にした様子もなく、口を開く。


「酷いもんだな」


「はい、篝村に駐在していた魔導官四人のうち二人は死亡、一人は右腕を欠損し重症です。もう一人、これは私ですが、御覧のとおり左腕を粉砕骨折、全身打撲です」


「民間人は?」


「……村民の半数が、食われました」


 ぎりりと、横内の奥歯が軋む。握りしめられた右手の詰めが掌に深く食い込んでいる。


「続きを」


「はっ。近隣の魔導官に救助要請をし、総勢十人で挑みましたが駆除には至らず。半数以上が重軽傷を負いました。不浄、『荒角』は未だに篝村に巣食っているようです。詳細はこちらを」


 手渡された筆記長をぱらぱらとめくる。骨格から始まり姿形、筋肉の付き方、関節の可動域、視野、視力、聴力、皮膚の硬度などが事細かに描かれている。


「……地方の魔導官はさすがだな。よくできている」


 都市部と比較すると不浄の出現件数は地方が圧倒的に多い。都市部の魔導官と地方の魔導官では同じ年月を過ごしていても、経験値が段違いとなる。この情報を収集した分析担当の魔導官は優秀だ。相当な場数を踏んでいるのは間違いない。


「そうですか。そう言って頂けるのならば、署長も、浮かばれます」


「……そうか」


 筆記長を閉じる。最後の頁には荒々しい文字と、わずかな赤黒い染みがあった。最後まで任務を全うした証が確かに刻まれていた。


「掛坂殿」


 横内が瞼を下ろし、見開く。瞳に宿る炎は怨嗟か怒気か。


「皆の仇を……!」


 膝をつき、頭を下げる。声は震え、握りしめた掌から鮮血が滴る。


「皆、良い奴らだったんです! 村のために、人のために尽くすことに喜びを覚える奴らだった……それを、あの、化け物が……っ!」


 血に染まった言の葉があふれ、揺れる。


「なにとぞ、なにとぞ……!」


「……頭を上げろ。いいか、俺は依頼を受け仕事で来た。だから不浄は殺す。だがな、お前はそれで満足か」


 空気が凍ったような錯覚。苦悶の声がかき消され、横内の耳には雲雀の声のみが届く。


「自らの手で仇を取りたくはないのか。人に任せて手前は指加えて見てるだけか?」


 激情が加速する。全身が粟立ちはじめ、身体の奥底から黒い感情が湧き上がってくる。それが渦を巻き、熱となる。呼吸は乱れ、目の前の大男に視線が吸い寄せられる。 


「左腕が折れてる、全身打撲、それがどうした。お前の中にある友への思いは、そんなものに負けるほどちゃちなのか? ついてこい」


「私に……」


 震える声が、雲雀の言葉をさえぎる。口元からは血が滴り、目は見開かれ、表情筋は強張り、血管は浮き上がり、痙攣をしていた。不自然にまで赤黒く変色した顔色は、さながら鬼のようである。


「私に、仇討ちを……その、ご助力を……!」


 鮮血に染まった言葉。隠さず、飾らぬ感情が形となってそこにある。雲雀が、獣のような、狂気じみた貌に変わる。


「そうだ、それでいい。ついてこい、殺させてやる」


 篝村までの道は、決して扁平で楽な道のりではない。木の根や腐葉土、岩の凹凸は少なからず存在する。しかし、普段から牛車や荷車が行き来していたということもあり、人間が歩く分にはさして苦労もなかった。

 横内は隣を歩く雲雀に視線を向ける。並んで立てば尚更感じるのが、この男の異様な雰囲気である。呑み込まれそうな威圧感と、それを打ち消さんばかりの頼もしさ。荒角の凶暴性はこの目に焼き付き、身に染みている。夢にまで見る異形、その恐怖。人間がどうこう出来る存在ではないと怖れすらもかき消してしまいそうだ。


「……なんだ?」


 視線に気が付かぬわけがなく、ぎろりと紫の右目が動く。


「い、いえ……その、背負っている物はなんなのかと思いまして」


 雲雀の背には、彼の背丈を超える、即ち、二メートル以上の箱があった。鋼鉄製のそれは漆黒に染め上げられ、装飾はない。複雑な溝が存在しており、何かしらの仕掛けがあるように見える。良く良く観察してみれば、棺桶のように見えなくもない。


「ああ、これか」


 右手で小突く。空洞音はなく、鈍い音がした。


「俺の魔導兵装だ」


 その言葉と同時に、視界が開ける。

 篝村の入口、その高台にたどり着く。本来ならば村人たちが汗水を垂らし、畑の手入れをし、狩りに励んでいる時間帯。しかし、そこに人の気配はない。男たちの豪快な掛け声も、女たちの談話も、子供たちの笑い声もない。無音。鳥も、蝉の声もしない。ざざっと木々のさざめきがあるだけである。

 篝村は盆地になった場所に存在しており、それは村の中央に図々しく陣取っていた。


「ほう」


 雲雀が首をごきりと鳴らしながら、敵を見据える。


 荒角。緑青色の身体に、原形となった蜥蜴と同様に生え方をした三対の脚、尾に最も近い脚は飛蝗の後ろ足を思わせる形状を取っている。赤く血走った双眼の間、眉間付近から鋸鍬形虫の顎と酷似した形状の角が二本生えている。体長の大半を占めるであろう尾は、先端が三又に分かれ、世話しなく動いている。

 大きさは全長三十メートルはあるだろう。不浄にしてはかなり大型といえる。


「っ!」


 横内が目を剥く。憎悪の感情が爆発的に膨れ上がるが、それをぎりぎりのところで堪える。


「結構な大きさじゃねえか。こりゃあと二、三日したら核持ちになってたかもな」


 雲雀が魔導兵装を背負いなおす。


「横内、お前は尾を狙え。先制は俺がやって、適当に合図を出す」


「はい」


 腰から下げていた日本刀の柄を握り締める。


「掛坂殿」


「ん」


「ご武運を」


 腰を直角に折り曲げ、そのまま早足で消える。

 その間に、敵を観察する。基本的な形状は報告にあった通りであるが、一つ違う。左右の口角付近に突起物がある。飾りに見えなくもないが、不浄に至ってそれは当てはまらない。必ず何かしらの意味がある。

 考え得るのは毒腺だ。爬虫類を原形とした不浄は毒を有し、飛び道具として用いることは多い。荒角に至っては、それが口の近くにあるのだから、毒を吐き出すというのは十分にあり得るだろう。

 念のため、懐に解毒薬と防塵布を忍ばせておく。横内にも渡しておくべきであったと舌打ちをすると、向かいできらりと光が反射する。鏡を用いた合図である。返事をする。


 行動はこちらから起こすと伝えてある。

 強化を一瞬発動させ、斜面を滑り降りる。篝村、荒角のいる場所は開けているため戦い辛いという事はないであろう。


「くく」


 思わず笑いが漏れてしまう。

 何度経験しても、この戦闘前の昂りは堪らないものがある。血が沸き、肉が躍る。本来、不浄とは絶対的な力を持つ存在である。人間では手も足も出ず、蹂躙されるだけだ。人類が生存する上で、あまりにも絶対的な天敵。共存するには如何せん強大過ぎる生命。それ故、人間は魔導を洗練させ、異能を得た。しかし、それでも足りないために、徒党を組む。そうしてようやく対等となったのだ。

 横内の存在は、飾りだ。ただ自身の配下に加えるために連れてきただけ。彼の仇討ちなど微塵も興味はない。多少手は出させるが、実質は一人だ。


 だが、それでいい。


 降り立ち、荒角を睨みつける。その存在に気づかぬほど、不浄は愚鈍ではない。異形の化物と睨みあう。全身が粟立つ。

 

 さあ、殺し合いだ。純粋な力と力のぶつかり合い。互いにその四肢を、俺は魔導兵装を、不浄は武器と化した部位を用いて。全力で、死力を尽くして戦う。その果てにどちらが立っているか、楽しみではないか。


 魔力が溢れ、陽炎の如く雲雀の姿が揺らぐ。刹那、大地を蹴り、疾走した。真っ直ぐに、ぶれることなく、その拳を握りしめて。 

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