6-35 剣祇祭 おまけ
「……というわけなんだが……」
小一時間ほど話していただろうか。剣祇祭の時に、華也に話したことを掻い摘んだのだが、それでも結構な時間になってしまった。口の中がパサついている。
日盛りの陽光が暖簾の隙間から針のように伸びている。
「お水をお持ちしましょうか?」
「ああ、うん、お願いできるかな」
何を言うまでもなく、華也が察する。気配りがありがたい。
主がいなくなった部屋に三人残される、だが、正気であるのは一人だけであり、六之介は頬を掻きながら二人を一瞥する。
「……遺伝子組換の生体兵器って……」
「……人間同士の殺し合いのために造られた……」
膝を抱えぶつぶつと呟き、青白い顔をしている。最初の頃は興味津々といった表情だったが、開始十分で青褪め始め、三十分で憤怒、四十分で涙目になり、最後には蒼白となった。ころころと表情が変わるのが面白く見ていたが、決して広くない部屋の隅、日の当たらない影で丸くなる二人の姿は中々に薄気味悪い。
「ねえ、そんなに落ち込むこと?」
産まれる以前から殺し合いを義務付けられ、知識と技術を叩きこまれ、実践に、数多の人間を手にかけてきた。確かに内容は重いかもしれない。だが、所詮それは赤の他人に起こったことであり、自身には何の関係もない。気にする必要はないはずだ。
「どうして本人はそう飄々としてますの……」
「落ち込もうが苦悩しようが何も変わらないからね。事実をありのまま受け入れているだけだよ」
そういった精神的疲弊を防ぐために脳を弄られている。自分の境遇に未練も怒りもない。こんな話をわざわざしたのも同情を受けるためでも、施しを受けるためでもない。ただ伝えておいた方が後々楽であると判断したためだ。
「ああ、でもあれだな、それ聞くと普段の……というか、今までのお前の行動とか判断もしっくりくるわ……」
「今までのと言いますと、私と模擬戦をした時や多々羅山での出来事ですか?」
「いや、そこじゃなくて……ていうか、模擬戦なんてしてたのか、お前ら」
御剣に来て、魔導官になったばかりの頃だ。まだまだ新人であることには変わりないが、随分遠い日の出来事のように思える。あの時五樹は怪我で入院をしていたため、現場にはいなかった。
「ええ、負けましたけど」
不服そうに唇を尖らせる。疑似的な時間停止能力、初めて体験したときは中々に驚いたものである。事実、向こうの世界で同様の能力を持った人間との戦いを経験していなければ対処ができなかったであろう。そうなれば、この場にいなかったかもしれない。皮肉なものだなと口角を歪める。
「ってそうじゃなくて、あれだよ、住良木村の事件」
「ああ」
まだ大した時間が経過していないこともあり、ありありと思い出せる。六之介からすれば、久しぶり。こちらに来てからならば初めて、人間の命を手にかけた事件だ。
翆嶺村で過ごした二年間は、倫理観を構築するための時間だった。『あちら』と比べ、命の価値が大きい『こちら』。小さな村であったからこそ、一つの命が存在するという意味を知った。
「……そりゃ、殺すわなあ」
五樹が眉を寄せる。その言葉に宿るのは、理不尽に対する諦めであろうか。口にした本人も心から納得したものではないと、彼の表情がそれを告げている。
「殺すわなあって……」
「だってよ、今まで殺し合いしてきてんだぜ? やるかやられるかの世界で生きてきて、それが当たり前で、身を守る術が相手を殺すことだったんだろ?」
「まあ、そうだな」
味方など存在するようで、しないと同義だった。隣に立つのは同じ命令を下されただけの存在。仮に命令変更があれば、なんの躊躇もなく同士討ちをしだす、互いに何の情もない人形。否、中途半端で出来損ないの自我がある分、質が悪い。
「だったらよ、動いちまうだろ。俺らは無力化するように叩き込まれてるけど、六之介は違う。敵が来たら殺す、そう教えられてる。それに、あの状態じゃな」
住良木村事件における華也と六之介の報告書にはすでに目を通している。二人が人質に取られ、降服の要求をされた。救援は望めず、六之介達が失敗すれば五樹たちも危うくなるという状況。絶体絶命と言っても過言ではない。
「最悪、俺も殺してるかもしれなかったぜ、居合わせていたらな」
「それは……そうかもしれませんね」
綴歌も殺人を推奨する気はないのだろう。しかし、やむを得ない状況ならばという割り切りが出来ている。
「綴歌ちゃんを連れていくべきだったよ」
接敵の可能性は考えていたが、あれほど大勢で来るとは思わなかった。完全に判断を誤ったと悔いる。相手が素人であったことが幸いしたが、そうでなかったのなら全滅もあり得た。嗤えない話である。
「あ、それはそうと! 六之介さん、あの時私たちが誰と戦うことになるか言いませんでしたね!?」
「だって言ったら嫌がるじゃん」
説得するなど面倒な選択肢は初めから考えていない。そもそも口で分かるような人間が計画的な殺人など犯すはずがない。
「そこは否定しませんが、言うべきことは言いなさい!」
「おかげでこっちはえらい目にあったぞ」
「半分は篠宮さんのせいですけどね」
主不在の部屋でお互いを指差しながら騒々しく声を荒げる。矛先は六之介から五樹へ、綴歌へところころと変わる。
蝉の鳴き声を打ち消すような喧騒がしばらく続いた。
がちゃりという金属のぶつかり合う音で視線が扉に向かう。
「あのー、どうかいたしましたか? 喧嘩ですか?」
お盆に四つの湯飲みを乗せた華也が心配そうに顔を覗かせる。彼女が歩くたびにからんという音がする。製氷機や冷凍庫はない。わざわざ氷を作ってくれたらしい。
「いや、なんでもないよ」
喧嘩になりそうなところではあったが、いいところで来てくれた。
ちゃぶ台の上に盆が置かれ、謝意を口にしながら麦茶を手に取る。仄かな苦みと独特の風味が身体に染み渡る。
「美味しいよ、ありがとう」
「どういたしまして」
にこりと瀟洒に笑う。
「それにしても、華也さん、貴女相変わらずなんですわね」
部屋をぐるりと見渡す。畳の上に積まれたのは本の山、それも一つや二つではない。身の丈半ほどの山が十程そびえ立っている。それらは全て久夛良木の店で購入した異国本である。決して散らかっているというわけではないのだが、物が多すぎる。
「す、すみません、なかなか片付かなくて」
本棚も二つ並んでいるのだが、立体パズルさながらに隙間なく埋まっている。完全な飽和状態だ。
「怒っているわけではなくてよ? ただその趣味にかける情熱が羨ましいだけですわ」
「綴歌さんも休みの日はよく食べ歩きにでているじゃないですか。あれと同じですよ」
華也はともかく、綴歌にそんな趣味があったのかと、思い返せば彼女は休日に留守にすることが多く、加え夕食を抜くことが多い。あれはそういうことなのだろう。
「そんなものでしょうか」
「そんなものですよ」
「趣味か……俺は鍛練かなあ」
五樹の身体を動かしている姿はよく見られる。走っていることもあれば、重りを振るっていることもある。魔導官としてはあるべき姿であろう。
「確かに、必要以上、無駄に動いてますわね」
「ふふん、鍛えることに無駄などないのさ。目標は署長だな」
一般人の二倍はありそうな体躯を誇る雲雀の姿を思い出す。金の髪に紫の右目、緑の左目という特異な見た目に加え、あの身体だ。背丈が故に均整がとれている様に見えるが、異様に太く逞しい四肢。ごつく骨ばった指、鋭い犬歯、隠せぬ闘気、一見でただものではないと分かる。
五樹の姿と比べてみると、大人と子供、あるいはそれ以上の開きを感じる。
「無理だろ」
「無理ですわね」
「無理じゃないでしょうか」
声が重なる。語尾が違うだけで中身はいずれも同じもの。五樹が食って掛かる。
「おい、お前ら、なんで無理なんだよ! 目標は高く持つべきだろ!」
「それはそうかもしれませんが……」
「戦っているのを見たことはありませんが、軽くあしらわれる気がしますわ」
皆の印象も似たようなものであるらしい。
「ぐぬぬ……よし、なら今度模擬戦をふっかけてやる!」
「戦ってみて、届かぬ目標ではないと知らしめてやるさ!」
拳を握りしめ、血気盛んに宣言する。あっけなく散るであろうなと思いながら、綴歌がため息をつく。
「……ふむ、いいんじゃないか? やってみてくれ」
「六之介様?」
意外な人物が賛同し、視線が注がれる。
「六之介! お前ならそういってくれると信じてたぜ」
犬のような人懐こい満面の笑みで、六之介の肩を抱く。それをうっとおしそうに払いのける。
「正直、自分も署長の力を見てみたいとは思っていたからな」
「だろ、見てみたよな?」
「ああ。だから、お前は人柱になるがいい」
「ひどいな、おい!」
「犠牲というのは必要だからな。骨は拾ってやるさ。粉みじんにして畑の肥料にするけどな」
仲睦まじく騒ぐ二人につられ、華也と綴歌も喉を鳴らす。
「よっしゃ、善は急げだ。行くぞ!」
「え、今からですの?」
「ああ、十分涼んだからな」
「昼食を食べてからにしては?」
「殴られたら吐いちまうだろ」
殴られることが前提なのだなという言葉を飲み込む。
「まあ、いいんじゃない。自分と華也ちゃんは午後から出勤だったし、少し早いかもしれないけど」
遅刻するのならともかく、早い分に文句は言われまい。
五樹が麦茶を飲み干し立ち上がる。ご馳走様と律儀に一言、いそいそと部屋を飛び出す。やれやれと呆れた様子で三人が後を追った。




