6-32 剣祇祭 終
「やっほー」
不意に声をかけられ振りむくと、小賢しい顔の唯鈴がいた。
「何の用だよ」
第六十六魔導官署の屋上で、雲雀はぼんやりと多法塔を眺めていた。剣祇祭も終わり、街の人々は後片付けに追われている。夜が明け、太陽も高くなりつつあるというのに熱気はいまだに冷めやらない。
「姫殿下が攫われたとき、何してたのかなーっと思ってね」
屋上からの景色は悪くない。気温は高いが、遮るものがないため爽やかな風が吹き抜け、漆黒の魔導官服と純白の親衛隊制服が揺れる。
「ふん、なんでもいいだろ」
「別に聞かれて困ることでもないでしょ?」
「………ちっ」
わざと大きな舌打ちをする。
大概の人間なら委縮してしまうような振る舞いだが、唯鈴は動揺はない。よいしょと口にしながら腰を下ろす。
「……多法塔だ。お前、あの『下』に何があるかしっているか」
「下? 地下があるんだ?」
事前の情報では記されていなかったものだ。御剣を訪れた時、塔の下見をしたが気付かなかった。
「普段は閉鎖されてっからな。研究職の連中も入れねえ」
「旧文明の遺跡ってこと?」
日ノ本各地には旧文明の跡地が遺跡として残っており、そこを元に開発されたのが御剣や帝都を始めとする大都市である。また遺跡には『遺物』が発見されることが多い。発見される遺物の大半は、最新鋭の技術でも解析も再現も出来ないものが多く、旧文明は現代よりも発展していたとされている。
遺跡の中には、調査が容易でないものもある。単純に保存状態が悪く危険というものもあるが、大半は異なる。重厚な扉で塞がれており遺跡内に入ることが出来ないのだ。巨大で重厚な扉で密閉され、押しても引いてもびくともしない。そのため手付かずのものが多い。
「そうだ。御剣の遺跡は不可侵だったんだがな。お前らがお姫様をおっかけてる時に、何者かが遺跡に侵入したらしい」
「遺物が奪われたりは?」
「今調査中らしいが、なんらかを持ち出した形跡があるそうだ」
唯鈴がため息をつき、入道雲を見上げる。
いたる所で、蝉がさんざめいている。
「……まんまと乗せられたわけか」
「はん、ばーかばーか」
「うっさい死ね」
気の抜けた罵り合いを交わし、沈黙。唯鈴が開口する。
「敵さんのことどう思う?」
「俺の傘下にいる奴らから多少の情報は来ている。反魔力団体と暴力系左翼団体が手を組んだのは本当らしい」
「となると、規模は結構でかいか……」
どちらも巨大な組織であり、魔導官や警察との衝突も起こっている。
捕虜から情報を聞き出さねばなるまい。
「それと気になることがある。亜矢音から聞いてねえか、未知の銃器のこと」
「ああ、確かあんたのとこの部下が回収したってやつね。く、くり、すべくたーって言うんだっけ?」
言い慣れぬ言葉に戸惑う。
「六之介はそう言っていたな」
「六之介くんか。あの子、異世界から来たんだってね。あんたが気に入ってるくらいだから訳アリだとは思ったけど、ちょっと予想外の存在だよね」
「全くだ。だが、嘘ではないらしい」
「魔導を使わない異能……超能力っていうんだっけか」
「ああ。で、だ。地方の魔導官がクリスベクターと思われる銃器、そして、その超能力を用いる連中と交戦したらしい」
「姫殿下を攫った連中も超能力を使っていた……やっぱりこれってまずい状況だよね」
「ああ、あいつらは異能がないからな、魔導官側が優勢だった」
反魔力を謳っていながら、魔導は用いてくる。毒を以て毒を制すとのことだが、随分と都合のいい考え方だ。しかし、魔道だけなら問題ない。こちらには異能がある。
異能は、魔導官にある条件を課すことでその身に宿る。一部とはいえ、魔導官から反魔力団体に加わった者もいるが極々小数であるため、大きな問題にはなっていなかった。
「奴ら、どういうわけか超能力が使える様になった」
「実質、五分五分になったわけだよね」
「ああ。だが、それよりも問題なのは、どうやって超能力なんてものを得たのか、だ」
敵は後天的に超能力を付与できるというのは間違いないだろう。
それはどんな方法なのか。異能のような手段なのか、あるいは。
「……六之介くん以外に、異世界から来た人間がいる」
「同意だ。そして、そいつは『超能力を与える』能力を持っている。ついでに言えば、この世界にはない銃器を造るだけの知識も持っている」
「追加。回転翼航空機の修理技術もあり。まあ、複数の異世界人の力かもしれないけどね」
いずれも根拠は薄く、推測の塊だ。だが、確信があった。
「六之介の話を聞く限り、あいつのいた世界はこちらよりかなり発展していたらしい。同じ世界から来た存在なら、旧文明の遺跡を解放し、遺物を回収、行使できるな」
「んん……そう考えるとしっくりくるよねえ」
眉を寄せながら、頬を掻く。何か恐るべき事態が刻々と進んでいる。そんな気がしてならない。
「とりあえず俺は六之介を動かしてみる。お前は今回の捕虜から情報を聞き出せ」
「命令すんな」
立ち上がり、埃を払う。
「さて、じゃあ私は帰るから」
「おう帰れ帰れ。その不細工な面、二度と見せんじゃねえぞ」
しっしと追い払う。
唯鈴はその立場故に媚を売られることは多いが、邪険に扱われることはほとんどない。雲雀の対応は新鮮ではあるが、やはり不愉快である。
「この糞鳥が……ふん、ああ、そうだ。一つ言い忘れてたけど」
「あん?」
「六之介くんの魔導官証明書の件、あれ正式な手段じゃないでしょ?」
「だったら何だ」
遊撃魔導官として全国を渡り歩く雲雀の顔は広い。その気になれば魔導官としての資格を与えることは造作もない。
「ばれてるよ」
「……は?」
「ばれてる。るりるりに」
雲雀の目元がひくりと痙攣する。
「あんたさあ、自分が人目を惹く存在だっていい加減に認識しなよ。あんたの所に突如へんちくりんな魔導官が配備されたら不審に思うでしょうが」
「……あんのチビ助、真面目に仕事しやがって……」
がりがりと乱暴に頭を掻く。
「伝言。近いうちに当人を寄越すように、だってさ」
「くそが」
毒づく。どうやら六之介に苦労をかけることになりそうだ。
「好き勝手やるのはいいけど、ほどほどにしなよ。あんたがどうなろうと知ったこっちゃないけど、こっちの『計画』がぱーになったら、マジで殺すからね」
「てめえなんぞに言われるまでもねえ。それだけは意地でも成功させるさ」
「だったらいいけど」
踵を返し、去っていく。
計画という言葉を反芻する。八年前に誓いあったもの。瞼を下ろせば、昨日の事のように思い出せる。同時に、あの時の怒り、後悔、虚無感、悲哀が甦し、それを握り潰すように掌を丸める。
涼風唯鈴のことは好きではない。顔も声も性格も好みも、癪に障る。存在自体が気に食わない。これは出会い、会話したときからだ。だが、だからといって彼女を欠くことは出来ない。あの力は必ず必要になる。
「ちっ」
己だけで全て片が付くならば、あの時失ったものを取り返せるのなら。
消えることのない苦い思いを抱いたまま、悩み一つないような夏空を見上げ、雲雀は憎らし気にもう一度舌打ちをした。




