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6-31 剣祇祭

 廃工場内の男女と回転翼航空機の操縦者二人、計四人を拘束すると別行動をとっていた実里らが駆け寄ってくる。佐奈が連絡を入れていたらしい。

 皆の表情は不安の色が見える。扶桑のことが気がかりであったのだろう。 


「皆、姫殿下は無事だよ」


「うむ、無事じゃ。ちょっと額が痛いがの」


 回転翼航空機が揺れた時にぶつけた部分が軽くうずく。


「姫殿下……っ!」


 実里と仄が両膝をつき頭を下げる。


「護衛に命じられながら御身を危険に晒してしまい、申し訳ございませんでした」


「如何なる処罰も受ける所存であります」


 地に伏している二人の様に扶桑はたじろぎ、唯鈴に視線を向ける。

 唯鈴は一瞬目を閉じると、片膝をつき、頭を下げる。


「……い、唯鈴?」


「此度の失態は彼女らに非はありません。敵は未知の力を持つ存在であり、対応は困難を極めました。今回の責任は、そういった既知ではない存在への対応を考慮していなかった私に責任があります」


「た、隊長!? 何を!」


「処罰を受けるべきなのは、隊長である私になります」


 唯鈴に譲るような気配はない。それを扶桑も感じ取ったのだろう。真っ直ぐに見下ろす。


「処罰か。そなたはそれを望むか」


「けじめですので」


「ふむ、そうだな……では、親衛隊全員に処罰を与えよう」


 悪戯っ子のような表情を浮かべる。


「もう一日だ」


「はい?」


「剣祇祭、もう一日楽しむぞ! お前たちも強制参加だ!」


 その言葉に親衛隊全員が顔を引きつらせる。


「お、お待ちください! 姫殿下、政務が予定されているのですが」


「知らん」


「地方の訪問が……」


「そなたらが何とかするのだ、これは処罰だからな、艱難辛苦を与えないとな!」


 実里が頭を抱え、宮子、しずね、瑛良、佐奈は顔を見合わせ顔を引きつらせる。そんな中で唯鈴は楽しそうに笑っている。


「なるほど、確かにこれはきつい処罰ですねえ」


「じゃろう? おお、魔導官諸君……いや、ろくのすけ、お前もついてくるがいい」


 突如向けられた矛先にぎょっとする。


「ろくのすけじゃくて、りゅうのすけ……って、それともかく、自分は華也ちゃんと回る予定なんだけど」


「ふむ、そうなのか、ではその華也とやらもついてくるがいい」


「え、えええ、ええええええ! よ、よろしいのですか? そのような恐れ多い……」


「構わぬ。そなたも妾を助けに来たのだからな!」 


 これ以上なく愉快そうな扶桑とは打って変わって、実里は手帳を開きながら日程をああでもないこうでもないと唸りながら調整している。 

 そういった事柄の管理は、唯鈴ではなく彼女が主軸である様だ。


「明日は今宵と同じ場所と時間に集合だ。遅れるでないぞ」


「ではお帰りになられますか」


「うむ、さすがに疲れた。誘拐もされたしな」


 胸を張っていう事ではない。


「宮子、確保した四人の搬送手続きは?」


「済んでいます。御剣から出ている鉄道で八坂まで連行される手続きとなっています。私が駅までは警備いたしますので、隊長はお休みください」


 隙一つない敬礼を見せる。体力や戦闘能力を考えても、宮子であれば問題はないと判断し、よろしくと掌をひらひらとさせる。


「魔導官諸君も急な任務でありながら、尽力してくれたことに心から感謝するよ」


「いえ、私の失態もあり、申し訳ありませんでした」


「明日は処罰分、しっかりと姫殿下の護衛しないとね」


 頑張ってと激励の意味を込め、仄の肩を叩くと、腰から折り曲げた深々としたお辞儀で返す。


「六之介くんと鏡美ちゃんもまた明日ね。よかったら筑紫ちゃんも連れてきていいからね」


 この場に間に合わなかったが、綴歌が聞けば泣いて喜ぶだろう。


「分かりました。また明日です」


「今日は本当にお世話になりました。多くを学ばせていただきました」


 ぶっきらぼうな六之介と生真面目に振る舞う華也が対照的である。

 二人並ぶとなかなかお似合いであるなと笑いながら、運転席に乗り込み、動力部に火を入れる。穏やかな加速と共に扶桑と唯鈴を乗せた自動車はこの場を離れ、夜闇に消えていく。やや遅れて実里たちを乗せた自動車も発進し、消えてく。


「……ふうー」


 大きく息を吐き出しながら、空を見上げる。いつの間にか祭の喧騒は聞こえなくなっている。懐中時計を取り出すと、すでに日が変わっている。随分と長いこと任務に就いていたようである。


「じゃ、帰ろうか」


「はい。副署長はどうします?」


「私は筑紫信兵と篠宮義将を回収してくる。君達は早く戻って休むとよい」


「わかりました」


 正直、ありがたい。歩くことすらやっとであるほど、疲労困憊だ。このまま床に入りたいが、さすがにこの汗だくの状態では憚れる。

 剣祇祭、初日、長い夜の幕がようやく降りた。





「のう、唯鈴」


「なんですか?」


 四駆に揺られる。


「そなたは妾と初めて会った日のことを覚えているか?」


 なんとなく聞いてみたくなった。あの出会いは扶桑にとって最大の人生における契機といっても過言ではなかったのだ。


「ああ、道場でのやつですね。たしかおねしょした布団を捨てようとしてたんでしたっけ」


「しとらんわ!」


「冗談ですよ冗談」


 からからと笑い、左折する。


「ったく……」


「それで、それがどうかしましたか?」


「ん、いや……唯鈴は、その日の『約束』を覚えているか?」


 ああと相槌をうち、しばらくの無言。思い出した様に、たしかと告げる。


「……『私が権力を得るために、姫殿下を利用する』でしたっけ?」


 悪戯っ子のような物言い。

 扶桑は、大きくため息をつく。


「……そなたは、ひねくれておるのう」


「はて、なんのことやら」


 そこまで思い出しておいて、あえて口にしないのだ。ひねくれている以外のなにものでもない。

 だが、唯鈴らしいといえばその通りである。


「まあ、良い……しばし、寝る。着いたら起こせ」


「かしこまりました」


 瞳を閉じると、微睡の中に意識が飲まれていく。緊張から解き放たれたのだろうか。

 瞼は鉛のように重く、ぴったりとくっついている。思考もおぼろげになり、対には手放す。その直前に、聞こえた気がする。


 ――――――――絶対にお守りしますよ。


「……ああ」


 信じているぞ。





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