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6-28 剣祇祭


「さて、と、この二人はどうしましょうかね」


 男女は動けぬように柱に拘束されている。火傷の応急処置がなされ、今は抵抗する様子もない。


「今は放置。姫殿下保護の後、親衛隊で処理するよ」


「それじゃあ頼みます」


 彼女に任せておけば間違いはあるまい。


「それで、姫殿下はいずこにおられるのですか?」


「佐奈からの報告だと、屋上だってさ」


 天井を指さす。


「屋上ですか。ですが、階段などが……」


「さっき梯子を見つけたよ、壊れてたけど」


 正確には壊されていた、である。


「じゃあ、とっとと拾って帰りますか……ん?」


 唯鈴が天井を見つめる。否、正確にはその外壁の向こう。何か気配を感じ取る。


「どうかしましたか?」


「……何の音だろ……」


 その言葉に六之介は耳を澄ますが、遠い祭囃子と水滴の滴る音がするだけである。


「音なんてする?」


「強化してみます」


 華也が強化の魔導で、聴力を上げる。


「……本当ですね、聞こえます。なんでしょう、太鼓の音のような」


「太鼓? 祭囃子かい?」


「いえ、物凄い連打で等間隔な……機械的な音、でしょうか?」


 要領を得ない。華也にも聞き覚えのないものなのだろうか。

 唯鈴は瞳を閉じ、耳を傾けたままでいる。


「……駆動音かな、これは」


 ぽそりと呟く。そしてその音は六之介の耳にも届き、瞬時にその正体を察する。

 バタバタという空気を叩き付ける荒々しい、風切り音のようで全く異なる音。それが徐々に大きくなっている。


「……これは、スラップ!?」


「す、すら?」


「ヘリコプターのメインローターの回転騒音。涼風さん、急ぎましょう、奴ら、姫殿下をヘリで攫う気です」


 この場所を選んだ理由を察する。この廃工場は堅牢な構造をしている。金属加工によって生じる騒音を抑えるため、多層構造の外壁をしている。それは天井も然りであり、着陸も可能であろう。加え、形状だ。御剣で見られる鋭角的な屋根ではなく扁平なもので、十分な程面積を有している。

 ずんと天井が軋む。埃や錆が舞い落ちてくる。

 降り立った。


「へりってのが何なのか分からないけど、まあいいや」


 どこか緊張感のない言葉と共に魔力を放出する。深紅の光を伴いながら、鋼鉄の天井に風穴が穿たれる。さらりと放たれたそれは、六之介と華也が見た中で最大級の破壊力を誇っていた。だが、今はそれに驚き呆けている暇はない。

 風穴に向かい、形成の魔導を発動。一定の間隔と高低で並ぶそれは屋上に続く階段であり、跳ぶように唯鈴が駆け上がる。慌てて二人が後を追う。


 屋上に向かうと、暴風が吹き荒れていた。吹き飛ばされぬよう、腰を落とし踏ん張る。

 廃工場屋上、その中空には流線型を帯びた鋼鉄の塊があった。上部の巨大なプロペラは目視不可能な速度で回転し、暴力的なまでの旋風を巻き起こしている。ローターからは身体が痺れるほどの轟音が放たれる。この旧き世界には不釣り合いな塊、夢でも見ているのではないかと疑いたくなるような存在は間違いなくここにある。


「回転翼航空機! なぜこんなものを!?」


「あー、去年保管所から盗まれた遺物じゃん」


「遺物ってことは……旧文明の?」


「そそ。でも、おっかしいなあ、壊れてたはずなんだけども」


 唯鈴が首を傾げる。その間に回転翼航空機は高く高く天に向かう。屋上を見渡すが、扶桑らしき人物はいない。


「六之介様!」


「駄目だ、正確な距離が分からないし、ヘリに対する攻撃手段がない」


 銃火器があれば話は別だ。ローターに直接銃弾を叩きこめば、墜落させることは出来るだろう。しかし、そうなると確実に扶桑は助からない。加え、民間人への被害も考えられる。

 打つ手がない。


「まったく、苦労をかけるねえ、やんちゃ姫は」


 唯鈴の口調と現場の状況がかみ合わない。彼女に焦りのようなものは一切生じておらず、むしろ余裕さえ感じられる。


「涼風様、あの、どうしてそれほど……余裕というか……」


 華也も同じように感じたのだろう。

 彼女の言葉ににやりと笑う。


「どこにいるのか分からなければ巻き込む可能性があるけど、今はもう分かってるからね」


 一歩前に進む。

 不敵な笑みを浮かべ、怪しく翡翠色の瞳が揺れる。


「『鉄壁の降臨者』……この私を馬鹿にしたような二つ名だよね。まるで私が『壁』しか作れないみたいじゃない」


 魔力が解放される。

 大気が揺れ、発光する。錯覚ではない。大気中に存在している魔力の源、効子が唯鈴の魔力によって励起状態になりつつある。彼女の周りからそれは徐々に伝播していく。この周囲のみ夜明けが訪れたような光量。それはある形となって、形を持つ。


 緑の魔導、形成。その頂点を極めた涼風唯鈴の能力が御剣の夜に咲き誇る。




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