6-27 剣祇祭
「……よっし、もういいかな」
形成された円柱が霧散し、消える。形成魔導による形成物が消滅する瞬間は、何度見ても美しい。緑色の粒子がきらきらと輝き、時折赤や青の光が垣間見える。極光のようだった。
廃工場内は、異様な熱気と湿度になっている。サウナ、あるいは浴場に近いだろう。水かさは靴に染み込まない程度で、小指の第一関節半分ほどである。動くたびに生ぬるくなった水飛沫が舞い、ズボンに染み込んでくる。
「敵さんはどこかなあ」
時折流れてくる木材を蹴り飛ばしながら、鼻歌交じりで進む。歩みから生じる波紋の先に二つ、丸まって僅かに動くものがあった。
「いましたね」
20代前半の男女である。どちらもともに作務衣にわずかな装備をまとった恰好であり、動きやすさを重視したものだ。熱湯を吸った衣服が皮膚に張り付いたため、脱ごうとしたのだろう。所々が破れている。もがいた末か、生爪がはがれ血が流れている。皮膚も真っ赤に染まり、所々で水膨れとなって痛々しい。口から零れるのは、意味のなさない途切れ途切れの呻き声であり、半開きの目からは生気が消えかかっている。
「い、いかがなさいます? まずは治療でしょうか?」
あまりの状態を不憫に感じたのだろう。華也が提案する。
「いや、それは後」
六之介が切り捨てる。男女をうつ伏せに並べ、帯を拝借し、後ろ手に拘束する。そのまま男の背中に腰を下ろす。
「さて、じゃあ、お二人に尋ねようか。君達は、どこの組織のものだ?」
「……」
普段とは声色の異なる、低い声だった。のしかかるように耳に届く。
二人は視線をそらし、答えない。
「誰に命じられた?」
「……」
無言。忠誠心か無知が故か。いずれにせよ、その態度が六之介に火をつけることとなる。
「一応言っておくけど、素直に話した方が身のためだよ」
反応はない。
「……仕方ないな」
小さくため息をつくと、男の手を握る。ごつく骨ばっており、土の汚れが染み込んでいた。おそらくは農家かそれに類似するものだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。今、この男は敵でしかないのだ。
撫でる様に小指を握り、掌で体重をかける。内側にではなく、外側へ。ぱきりと乾いた音が響く。
「ぎっ、ああああああああああああああっ!?」
男の喉が脈動する。目を見開き、唾をまき散らす。その様に、女は小さく悲鳴を上げる。
「六之介様!?」
動揺したのは、敵だけではなく華也もであった。何をしたのか一瞬理解できない程、一部たりとも容赦なかった。何のためらいもなく、六之介は男との指を折ったのだ。
「さて、言う気になったかな?」
脂汗を滴らせる男の髪を乱暴につかみながら、問う。表情に色はない。
「あ、がっ……だ、誰が、誰が言うものか! 魔導などいう忌々しい力に呑まれた愚者が!」
「ほう」
ぱきり。薬指が折られた。
「いっ、ぎぎぎいいいいい!」
「さて、お兄さん。言う気になったかい? 言わないと、隣の同僚がもっと酷い目に合うよ?」
「っ……」
女性の身体が大きく震える。彼女は隣で繰り広げられる拷問によって、ひどく怯えていた。見たくない、聞きたくない。しかし、瞼を閉じることは出来ても耳は塞げない。
見下ろしてくる魔導官の顔は陰で見えない。それが不安をあおる。怖かった。同じ人間であると思えないほどに、怖かった。
「今は折っているだけだけど、指先から少しずつ刻んでもいい。耳をそぎ落としても、片目を潰しても、一本一本歯を引き抜くなんてのもある。ああ、でも、そのためには猿轡がいるな……これでいいか」
常備していた手拭を破く。轡とするには十分であろう。
「こ、っこの外道が……」
男が睨む。迫力はあるが、拘束された身。六之介にとって俎板の鯉である。
「そんなことはないよぉ? あー心が痛むなー、早く言えばこんなことしなくて済むのになー。あー、やーだーなーっと」
中指が砕かれる。三本の指はあり得ない方向へだらりと折れ曲がり、風船のように腫れ上がっている。
「ああああああああああああああああああ!」
「ひ、いい……!」
女の口から悲鳴がこぼれる。それを確認し、内心ほくそ笑む。
この二人の姿を視認したとき、まずは武装をみた。男の足元にあったのは不自然に持ち手の長い弩であった。この持ち手で殴打してきたのだろう。そして女の方は持ち手の短い弩である。加え、体躯を確認。男は隆々とした筋肉を携えているのに対し、女は細身で傷らしい傷もない。戦闘慣れしていないと判断する。おそらく近距離攻撃をしていたのが男で、それを遠距離から援護していたのが女であろう。となると、弩によって六之介の脚を射ったのは彼女だと考えられ、同時に甘さもあると分かる。頭部を狙えば一撃必殺であったのにそれをしなかった。否、できなかったのだ。明らかに戦闘慣れしていない。戦うという事、殺し合うという事への耐性が低い。
だから男を拷問にかける。お互いの認識すらできていない中、あれほどの連携を見せたのだ。男女の仲であるかは分からないが、近しいのは間違いない。そんな人間が真横で嬲られていれば、心が折れる。そうすれば、必要な情報が得られる。
「り、六之介様、もう駄目です」
「ん?」
華也が六之介の肩に手を添える。
「これ以上は、駄目です。死んでしまいます」
度重なる苦痛に男の呼吸は絶え絶えである。歯を食いしばりすぎたのか、歯茎から血がにじんでいる。その目に浮かぶのは、六之介に対する恐怖のみ。涙を流しながら、小さく震えている。
「いいんじゃない?」
「!?」
「別にこんなのが一人二人死んでも、君になんの影響もないじゃん。それに、この世界にどれくらい人がいるか知らないけど、誤差でしょ、一人ぐらい。ね?」
「それは……そうだとしても、駄目です」
「……」
「止めると、言ったので」
その意思は強い。ぶれることなく、強い眼光が六之介を貫いている。
そして、我に返る。
「……ああ、うん、そうだね」
またやってしまった。
「……華也ちゃん、治療してあげて」
「はいっ!」
腫れ上がった手を取ると、男の喉が鳴る。
華也の倍はありそうな体躯を誇る者が、小動物のように怯えている。
「少し、痛みますよ」
不自然に折り曲げられた指を伸ばす。苦悶の声が漏れる。
手拭を破り、敵の用いていた矢を当て木にし、指先と手の甲の二か所で固定する。
「手慣れてるね」
「応急処置も学校で習いましたから」
「魔導は使わないの?」
「不可能ではないですが、骨が不自然な形で回復してしまい、動かなくなってしまうかもしれないんです」
あくまで回復の魔導は応急手当であると教科書に書かれていたことを思い出し、納得する。
「……華也ちゃん」
「はい?」
「ありがとね」
顔をそむけたまま、放たれたぶっきらぼうな言葉だった。声色はいつも通り、どこか抑揚に欠けるもの。
六之介が何を思うのか、華也はその全てを理解できない。だが今は、今の言葉が彼の本心であるとそう感じた。




