6-24 剣祇祭
唯鈴の指示を受けた後、その場から瞬間移動し、壁側に立つ。そこで栓を探し出す。
ある程度目が慣れたとはいえ、それでも月明かりさえ届かない暗闇である。目を凝らさねば目当てのものは見えない。半ば手探りとなりながら、動き回り、見つける。金属製で一部さび付いている、ハンドルを思わせる形状。それを両手で握り、思い切り体重をかける。
「……固いな、このっ!」
しかし、埃のが詰まり、その下でさび付いた栓は簡単には動かない。それでも体重をかけ続けると、ぎしりと音がした。錆びの破片がぱらぱらと落ち、ゆっくりと回りだす。一度動けば後は容易い。思い切り反時計回りに回し、閉栓。これ以上回らないことを確認する。
「よし、次だ」
二つ目を探り出す。
これが何を意味するのか、理解してはいなかった。自分が締めているのが、外部の下水道へ放出する栓である。つまり、これらが全て閉じられると配管内を流れている水が工場内で溜まってしまうことになる。唯鈴が指さしたのは、栓をしなくてもいい管は水が流入するものであった。これらを合わせて考えると、出口を失った水が配管内でたまり続け、いつか管の強度限界が訪れるだろう。
「……」
唯鈴の狙いはそれなのだろうか。
確かに配管を破裂させ、工場内を水浸しにすれば、敵の動きが波紋となって分かるかもしれない。だが、そうするためには問題が二つある。まずはそこまで水を貯めるのにどれほど時間がかかるのかだ。この廃工場は広い。縦五十、横八十メートル以上はあるだろう。広さに加え、排水溝も見て取れる。底面だけとはいえ水浸しにするのは不可能ではないだろうか。
もう一つは、そもそもの配管の強度だ。触れてみて分かるが、これはかなりの厚みがあり、表面は錆びているが内側は違う。今でも十分に使用できるだろう。これを破裂させることなど可能なのだろうか。
ぞわりと殺気を感じ取る。相手の気配は存在しないため、これは自身の直感でしかない。だが、幾たびの修羅場を乗り越えたそれを六之介は信頼している。
勢いよく振り返ると、それに怯んだのか、背後で木箱の擦れる音がした。やはり、いる。そして、放っておいてはくれないようである。再度、ボーガンを喰らうのはまずい。未だに自分は魔導が使えない。負傷しても、治療ができない。
視界の隅に、点が映った。風切音がする。
知覚は出来た。しかし、反応が間に合わない。直撃は免れようと身体を反らす。かんと乾いた音がした。外れた矢が壁を穿った、わけではない。矢は自分の脇腹直前で止まっていた。そこには緑色の壁がある。
「形成の魔導? いったい……」
自分の発動ではない。華也かと考えたが、彼女はこの緑の魔導を苦手としている。となると、考えられるのはただ一人。
「涼風さんか……!」
自動防御なのか、遠距離発動なのかは分からない。しかし、今は何よりもありがたい。防御のことを考えず、攻撃に徹すればいい。矢の跳んできた方向へ、常備していた手投げナイフを投擲する。これもましろに頼み、取り寄せてもらった代物である。投げナイフは的に当たった際の衝撃で折れないよう、柔らかく焼入れがされている。その結果、切れ味が全くなくなっているものが大半だ。しかし、これは違う。普通のナイフとしても投げナイフとしても使えるものだ。
鋭く放たれた一閃は、空を切る。一撃離脱は心得ているようだ。
別方向からの矢が発射される。が、再度、壁でとめられる。
投擲。先ほどと比べると、あらかじめ手にしていた分、一瞬だけ早い。外れれば闇に消え、高い金属音が響くが、今回は違った。ナイフが中空で静止し、ふっと消える。遮断の超能力は、触れているものに作用する。これが意味することは一つ。
「やっと当たったか」
ぽたりと鮮血が一滴落ちる。身体から離れれば、血液は自身ではなくなり、遮断できない。埃が慌ただしく舞い上がる。敵が駆け出している。治療のためか、相手を変えるためか、それは分からない。だが、今が好機であることは明らかだった。
栓に手を伸ばす。数は分からない。だが、急がねばならない。
唯鈴の指示を反芻しながら、華也は給水管へ向かっていた。敵の姿はいまだに見えない。それが無気味であり、緊張感を高めてくる。いつ襲われるか分からない恐怖がある。しかし、それに呑み込まれるわけにはいかなかった。
彼女が命じられたのは、異能による加熱であった。対象は、配管ではなく、その中を流れる水である。それらを全て熱湯にするよう言われた。しかし、天井まで伸びる配管の中にある水量は膨大である。おそらく華也の魔力では足りない。それを配慮して、唯鈴が渡したのは、手錠のような形状をした腕輪であった。
これが何であるか尋ねると唯鈴は苦笑しながら、拘束具だと言った。それがどういった意味であるのか、華也はまだ分からなかったが、魔力が切れた時、手錠の凸部分に埋め込まれている灰透明な水晶のような部位を押し込むよう言われている。
「ふう……よし!」
気合を入れる様に、一息つき、両手で包むように給水管を押さえる。異能を発動。水の中に含まれている効子に魔力を送り込み、発熱させる。彼女は温度を上げるとき、震えをイメージしている。寒いときに無意識に生じる震えを対象に伝播させる。
一瞬温度が上がるが、すぐに生ぬるい新たな水に置き換えられてしまう。想像はしていたが、やはりこれはかなりきつい。
ふわりと風が生じた。今日は限りなく無風に近い。しかも、室内の奥まったこの場所。風など届くはずはない。
華也の目の前に緑の壁が形成される。自身の手によるものではないそれは、風の原因、すなわち、敵の振るう鈍器を防いでいた。大きなひびが入っているが、力強く緑の光を放っている。
「ふっ!」
唐突で予期していなかった出来事である。が、それで放心するような彼女ではない。常に身に着けている魔導兵装『陽炎』を思い切り振るう。陽炎は切断が可能であるが、その本質は突きである。強化を発動させていない華也の薙ぎ払い程度では致命傷になりえない。
手ごたえがあった。
「っつ」
女の声である。陽炎の刃に、鮮血が流れる。慌ただしい足音と共に、埃が舞う。負傷によって、超能力が弱まった証拠である。追撃を、と考えるが、踏みとどまる。言い渡されたのは水の過熱である。敵を捕らえることではない。
敵は幸いにも、この場を離れている。今が好機だ。
手錠を右腕に装着し、灰水晶の部分を押す。かちりと小気味のいい音がした。それと同時に、その手錠から流れ出でるのは、魔力だった。
「えっ? えっ?}
戸惑いの声。それは当然であった。
唯鈴が拘束具と呼んだ腕輪から溢れ、華也の身体を満たす魔力量は、尋常なものではない。一秒と経たずに、消耗していた華也の魔力を満たす。魔力と言うのは、多ければ良いというわけではない。魔の名を冠する通り、毒にもなり得る。
この量は、まずい。本能的に察する。周囲に気を配ることも忘れ、給水管に手を当て、異能を発動。加熱する。先ほどとは比べるまでもない勢いで温度が上がる。いつもの華也であれば、一瞬で魔力が空になってしまうような勢いだった。
しかし。
「っ! へ、減らない!? 魔力が、おさまらない!」
腕輪より溢れる魔力は、華也が用いる量よりもはるかに多い。使っても使っても、減らない。さながら、海の水を柄杓ですくっているような錯覚を受ける。
「くっ、ううううううううう!」
人間一人が一度に放出できる魔力には限度がある。今の華也は限界までそれを広げている。というのに、果てが見えなかった。




