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6-23 剣祇祭

 廃工場内は、寂寥としていた。機材などはほとんどなく、大型の缶や木箱などが無秩序に転がっている。一歩歩くごとに埃が立ち込め、それに混じって濃い錆びの匂いがする。

 内壁には血管の様に配管が走っており、蛇口のようなハンドルが乱雑についている。


「……何の音です?」


 さーという音がする。何か流体が動いているような音だ。


「多分、この辺の配管を水が走っているんんだろうね。元栓が老朽化で壊れたんじゃないかな」


 管に手を当てると、確かにわずかな振動を感じる。


「たぶんこれらの管は、室内の温度調節のものだろうから、下水に出てるとおもうよ」


 この世界にはエアコンのようなものは存在しないため、こういった工夫が必要なのだろう。


「それにしても、暗いですね……何か光源は、あ」


 胸元から取り出したのは、多々羅山で綴歌が用いていた魔術具の『燈』だった。それが四つ。魔力を込めると、暖色系の明かりが周囲を照らす。


「こんなの持ち歩いているんだー、優秀じゃない」


 感心したように華也の頭を撫でる。


「ありがとうございます。姫殿下は、こちらにいるでしょうか……」


「どうだろうね。佐奈から連絡がないから、何も進展がないと思うけど」


 華也から手渡された燈を片手に、散開して周囲を見て回る。合流地点の床にも燈は置かれており、巻き上がった埃によって反射が起こっている。

 六之介の担当は、入口から最も奥に当たる部分である。どうやらこの建物には屋上に上がれるらしく、階段が設置されている。とはいっても、風化によって崩れそれは不可能であるようだ。


「……ん?」


 階段を支える支柱の断面が奇妙だった。風化して折れたというよりは、力づくで捻じ曲げられ折られたような、歪んだ断面をしている。

 加え、蜘蛛の巣だ。糸が切れている。つまんでみると未だに粘性がある。これは古いものではない。

 足元を照らす。すると、はっきりと足跡が残っている。数は二人分。やや大型のものと小ぶりで細いものだ。おそらく男女だろう。この跡もまだ新しい。


「……」


 いる。そう確信を得る。周囲は闇、数多の障害物、こちらは燈という目印付。襲うにはもってこいの環境だ。

 もし、桜崎月華であれば全滅もありうる。頬を汗が流れる。息を殺し、寸分の気のゆるみもなく、合流地点に向かう。


「どう?」


「何者かがここを利用した形跡はあります。それも極めて最近に」


「となると、姫殿下はここにいるのでしょうか」


 扶桑を隠す場所ならいくらでもある。木箱の中でもいいし、資材の影でもいい。とにかく今はここを隈なく探すことが必要だ。


「佐奈さんを呼びましょう。より正確な探査を……」


 燈の光によって照らされた、宙を舞う埃が不自然に揺らぐ。桜崎月華との模擬戦を幾度となく繰り返した六之介の身体は、反射的に動いた。

 華也を付き飛ばし、左腕を自らの首に巻き付け、右腕で正中線を守る。ずんとした鈍器による一撃。魔導を使えないため、あらかじめ仕込んでいた手甲越しに衝撃が伝わる。


「!」


 唯鈴が赤の魔導を発動させようと、六之介の動きから、敵がいると推察できる方向へ右手を差し出す。しかし、砲撃は起こらず、小さく舌打ちをする。


「六之介様!」


「いってててて……大丈夫、大したことはないよ」


 衝撃は強かったが、ダメージは薄い。良質な手甲を提供してくれたましろには感謝するしかない。


「ごめんね、二人とも撃てなかったよ」


「姫殿下がどこにいるか分かりませんもんね」


 親衛隊隊長の放出の魔導ともなれば、その威力は絶大だろう。敵を倒す分にはもってこいだが、この場においてそれは欠点となる。


「加減は可能ですか?」


「出来るけど、姫殿下を傷付けないような魔導じゃ蝿も殺せないかな」 


「そうですよね……」


 ちらりと足元見る。足跡は、先ほど見た女性と思われるものだ。敵の痕跡がくっきりと残っている。


「今、足音も気配もしませんでした」


 華也が周囲に意識を向ける。工場内は祭りの喧騒とは打って変わって、しんと静まり返っている。三人で背を向け合うように立ち、微細な変化を見逃さないよう目を凝らす。


「気配なし、ね……てことは、あれ、例の桜崎さん?」


「いえ、違います」


 断言する。痛みの残っているのは右腕であり、おそらく武器は鈍器。そして、戦闘慣れしていない人間のものだった。


「自分の取ったのは、首と正中線を守るオリジナルの防御の構えです。これは急所を積極的に狙うという桜崎月華の攻撃から身を守るためのものでした」


「……『でした』ってことは」


「ええ、通用したのは最初だけです。すぐに背後や脇腹を狙う様になりましたからね、彼女は」


 こてんぱんにされた記憶が思い出され、渋い顔をする。一瞬で意識を失えなくなった分、痛みの増す地獄の模擬戦であった。


「今の攻撃は、力づくで殴打するだけのもの。洗練されたものではありません」


「武器の種類は?」


「鈍器なのは間違いないでしょう。おそらくは金属……あの感触だと……中空の金属だと思います」


 中身がみっしりと詰まった鈍器であれば、この程度の痛みでは済まない。重さの桁が違う。加え、殴られたとき、反響するような音もした。考えられるのは鉄パイプのようなものだ。


「鈍器か……相手はどうして遠距離武器を使わないんだろう」


「『遮断』の性質が理由です。あの超能力は『自身』にしか作用しません。銃弾などは放たれた瞬間に認識できる存在になってしまう。そして、遮断には隠せないものがあります。それは、自身から離れたものです」


「離れたもの、ですか?」」


「そう。ただ、離れているものと言っても、それが自分自身であるもの……例えば、体臭や心音なんかは遮断できます」


「なるほど。つまり銃器だと火薬の臭いや引き金を引く音、火薬が爆発するときの光なんかは遮断できない、と」


「その通りです。なので、桜崎月華はナイフ……刃物を愛用しました」


 敵の急所、あるいは感覚器官を狙う戦法。一撃刺殺。


「何か敵の居場所を察する方法は……ぐっ!」


 華也が薙ぎ払われる。左側面からの打撃である。

 唯鈴が瞬時にしなやかかつ、長い足を鞭のように振るうが空を切るだけに終わる。


「ちっ! 鏡美ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫です……このくらいなら……」


 回復の魔導を発動させる。彼女は回復や強化という、青の魔導に特化している。


「くそ、見えないってのは本当に厄介だ……っ!」 


 どすと鈍い音がした。それと同時に左の太腿から熱が発生し、脳を刺激する。生暖かい液体が溢れだし、魔導官服に吸い込まれていく。


「うっ、ぐうううううっ……」


 六之介の太腿から、鉄の棒が生えていた。三枚の羽根が並び、燈の光で鈍く輝いている。それや、まぎれもなく矢であった。長さからして弩のものと思われる。

 それが服を貫き、肉を抉り、筋肉を穿っている。


「六之介様!」


 華也が悲鳴のような声を上げる。六之介は本人の意思とは関係なく、膝が地につく。出血は多くなく、血の色は浅黒い。動脈は傷ついていない。が、身体を支える上で重要な場所を傷付けられた。これでは動くことはおろか、立つことすらままならい。


「だ、い、じょうぶ……涼風さん、これ……引っこ抜いてもらえま、せん?」


「……返しがついてるから相当痛いよ?」


「このっ、ままでは治療ができませ、んので……」


 脂汗が流れる。もたもたしている場合ではない。敵が飛び道具を有しているのでは危険度が段違いだ。

 強化を発動させたままの唯鈴は、矢を乱暴に握り、一切の躊躇なく引き抜く。肉の断片と血液が飛び散る。


「っっっ!!!!」


 歯を食いしばる六之介の口元から血が流れる。痛みをこらえるため握り締めた拳も同様で、爪が皮膚に深く食い込んでいる。


「すぐに治します!」


 最大出力で青の魔導を発動。再生といっても過言ではない速度で、六之介の傷が塞がっていく。

 敵は、その隙を逃さない。ころんと金属音。唯鈴の足元に掌大の金属球が転がってくる。刹那。


 工場内を轟音と暴風、灼熱が広がる。用いられたのは、手投げ爆弾である。しかし、それは外装のみ。中身は、隧道工事や岩石の採掘などで使われる高火力の火薬にすり替えられており、殺傷性を増すため無数の金属片が埋め込まれている。

 それが、一メートルもない距離で爆発する。生物であれば、よほどの幸運でない限り即死である。遺体も五体不満足、手足が吹き飛ぶどころか人であった形跡すら失われるであろう破壊力である。


 爆破後の静寂。それを破るのは、どこか気の抜けた、それでいて内面に怒気を孕んだ声。


「……ふう、まさかこんなことまでしてくるなんてなあ」


 吹き荒れる埃の中、半球があった。それは六之介たちを覆い、あの爆発の中、傷一つついていない。形成の魔導による防壁である。が、その形成されたものは明らかに異質な存在としてあった。

 黒。漆黒である。墨よりも深く、月も星もない夜空よりも遠い、一切の光のない黒。形成の魔導は、緑色の魔力光が生じる。それすらない。


 解ける様に半球が消え、中から傷一つない三人が姿を現す。木箱の陰でその様子を確認していた存在は、思わず息をのんだ。自身の知識にない現象への戸惑い、恐れであった。


「六之介君、もう大丈夫?」


「ええ、なんとか」


 うずきはあるが、動けないほどではない。魔導官服は一部が破れ、弾痕のような傷が痛々しく残っている。


「鏡美ちゃん、魔力は?」


「問題ないです。七割と少しほどでしょうか」


「ん、上等」


 にやりと笑う。


「何か策でも?」


「うん。いい加減、腹が立ってきた。ぶちのめす」


 表情には出ていないが、そうとう苛立っているのがひしひしと伝わってくる。


「六之介君、君は瞬間移動でこの工場内にある栓を締めてきて。あそこを除いて」


 指さすのは出入り口とは対極の方向。そこにはとりわけ太い配管があり、栓が設置されている。


「了解です」


 質疑応答はしない。今は唯鈴を信頼する。

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