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6-21 剣祇祭

 久多良木の出店にて、華也は持てるだけの商品を購入した。店主も彼女も満足げであった。

 華也は隣で鼻歌交じりでステップを踏んでいる。人目がなければ踊りだしてしまいそうだ。その両手にはおかもちのようになった書物の束。歩くこともやっとになりそうな重量となっているが、魔導、特に強化を得意とする彼女には苦にならない。


「はあ」


「どうかなさいました?」


 六之介が大きくため息をつくと、華也が心配そうに覗き込む。


「いや、仕事したくないなあと」


 人々の笑い声、出店からの食物の香り、人の群れを縫う様に駆ける子供たちの姿、祭囃子の音色、揺れる提灯の光、どれもが六之介にとって初めての経験で、心地良い。一秒でも長く、この場に留まり、堪能したい。


「お気持ちは分かります」


「へえ、意外」


 彼女のことだから、どんな時にでも喜々として仕事に取り組みそうであると思っていた。


「そんなことはありませんよ。私だって遊びたいときはあります。お祭り、楽しいですもん」


 年頃の少女であれば、そう考えるのは当然である。しかし、立ち振る舞いや雰囲気がどうも大人びている為、違和感を覚えてしまう。


「六之介様は、明日は任務がないのですよね?」


「ん、ああ、そうだね。明後日は見回りもあるな」


 完全に自由なのは明日だけだ。御剣と言う街は広大である。通りは再開発で整えられており、一見すると簡単に回れそうであるが、舗廊という造りがそれを許さない。六之介は大型ショッピングモールのようなものだと認識している。一階、二階、三階建てに店が縦に連なっている構造物。御剣は、街全体がそれに酷似した構造なのだ。それ故に、出店の数は通りに設置された数の三倍となる。これはあくまで単純計算であり、場所によっては四階建て、五階建て舗廊になっている。

 時間内に全てを見て回るというのは不可能だ。取捨選択をせねばならない。


「よろしければ、明日一緒に回りませんか? 私も最初の一時間が終われば非番なので」


 勤務表を思い出し、ああと頷く。


「構わないよ」


 自分より彼女の方がこの街には精通している。効率よく回るのならば、断る理由もない。


 ふと考える。

 自分は、篠宮五樹という人間が好きではない。嫌いというよりは、苦手である。というのも彼の無垢というか裏表のない真っ直ぐで、人懐っこい性格がどうも気に食わない。これは前の世界が原因だろう。あそこでは身内でも騙すか騙されるかという疑心暗鬼が常にあった。五樹のような性格をした人間は揃って、騙す側の人間であった。そのため、どうしても彼を信用できないでいる。あの明るさと人懐こさには裏があると考えてしまうのだ。


 しかし、華也はどうだろうか。

 彼女も五樹に引けをとらないほどの人懐こさがある。純粋さも一途さもある。しかし、自分はそれに対し苦手意識を持っていない。寧ろ、好意的である。五樹と華也、何が違うのだろうか。もちろん、性別が違う。しかし、女性であるから好意を抱いているわけはない。

 前の世界では、女性の方が陰湿であった。好意のあるふりをし、自身の身体を使うことも厭わずに、息をするように嘘をつき、欺き、人を手駒にする者を何人も見てきた。正直なところ、女性の方が信用できないとすら思っている。はずなのに。


 なぜだろうか。

 華也に対しては、そんな思いがない。全幅の信頼を置こうとしている自分がいる。


「……あれ」


 既視感を覚える。

 視界が、二重に見える。赤い提灯と白い提灯、向こうの文字とこちらの文字、強い化学繊維による発色の浴衣としっとりとした深い色合いの浴衣、祭囃子の音、物を焼く香り、そして、隣を歩くのは、誰だろうか。白い浴衣を羽織った女性、その顔は見えない。華也と重なっている。


「……ねえ、華也ちゃん」


「はい」


「自分と、どこかで会ったことある?」


 ここではないどこか、今とは異なる時間、だが、隣にいるのは同じ人。そんな既視感。


「翆嶺村以外でということですよね? ううん……ないと思いますけれど」


「……そうだよね」


 我ながら、馬鹿な質問をした。自分がこの世界に来たのは二年前、翆嶺村での暮らしは全て記憶している。田植えをしたこと、肥料と作ったこと、簡単な薬を作ったこと、水道を走らせたこと、共に狩りをしたこと、家の壁を作り変えたこと、台風で崩れた山道を整備した事、風邪をひき死にかけたこと、思い起こせばきりがない。その中に小さな村での祭事はあったが、剣祇祭のようなものではないし、同年代の異性と回ってもいない。

 そもそも彼女と出会ったのは、ひと月と少し前だ。以前に出会っているなど、あり得ないではないか。


 多法塔の正面入り口が見えてくる。そこにはすでに仄と実里がいた。二人に挟まれるようにして頭三つ分小さい存在、日ノ本皇女扶桑が腕を組み仁王立ちしている。


「じゃあ、いったんここで」


「はい。何か面白いものがないか見て回りますね」


 明日のことをよほど楽しみにしているのだろう。


 別れようとした時であった。

 文字通り、一瞬の出来事。六之介が華也の方を見た一秒足らずの時間。視界の外になったのは、ほんの十数メートル先、多法塔の正面入り口に佇む三人。両端に腕利きの魔導官と親衛隊を置き、背後には多法塔の外壁、上部には二メートルと少しの天井という状況。護衛を務める二人に気のゆるみは一切なく、鼠一匹たりとも少女に近付けないような状況。であるというのに。


「……え?」


 華也の口から声が漏れる。理解できていない、唖然としている、そんな声色だ。

 それは唐突に起こった、あまりにも激甚といえる事案。


 日ノ本の象徴たる皇家、その後継ぎである姫、扶桑は、霞の様に、初めからその場にいなかったかのように消え去った。






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