6-17 剣祇祭
綴歌との見回りを終えると、別れ際に八幡神社という場所に向かうよう言われた。任務関連の報告と変更がそこで行われるとのことだ。
合流の指定がされている場所は一ノ三番通りにある八幡神社である。
道中にて、かき氷を購入する。値段は五十セン。素材のほとんどが水であるそれが高いのか安いのかは分からないが、火照った身体にその冷気は心地よく、かかった練乳の甘さが舌に馴染んだ。薄い知識では、確か赤や青、黄のシロップがかかっていたようだが、こちらの世界では存在していないのだろう。餡子や抹茶、練乳、蜂蜜などが品書きされていた。
乗車するだけで一苦労なほど混雑した路面電車に乗り、近隣の駅に降りる。
初めて歩く通りであったが、案内板が設置されており迷うことはなかった。
境内に至る石階段に腰掛ける男女の間をすり抜け、鳥居をくぐる。荘厳が入口の割にはこじんまりとしている、それ第一印象であった。ただ、木々や本殿の手入れは丁寧にされているようである。
石畳の上を歩きながら周囲を確認するが、人影はない。任務の報告と変更というのだから、雲雀か仄がいるはずである。だが、それらしき人はおらず、階段の下から祭囃子が聞こえてくるだけだ。まだ着いていないのだろうかと適当な段差に腰を下ろし、夜空を仰ぐ。
双子の片割れのような半月がぽっかりと浮かんでいる。星々はその光に飲まれ、いつもより淡い。
じゃりと音がした。この神社は鳥居から賽銭箱までは石畳が敷かれているが、その他では灰色の砂利が敷き詰められている。何者かが歩み寄ってくるようだ。
振り返る。雲雀か仄だと思っていた。しかし、そこにいたのは予想だにしていない人物だった。
紺色の生地に朝顔が描かれた浴衣を羽織っている。頻繁に変わる髪型だが、今日は高くくくられ、朱色の簪でまとめられている。
「こ、こんばんわ」
目をそらしながら、小さく口が動く。ああ、こうやって二人で面と向かって話すのは随分と久しぶりな気がする。
「……やあ、こんばんわ」
ほんの少しの動揺。心がさざめく。しかし、それを表に出さない。
はめられたなと内心で舌打ちする。任務の報告と変更があるなど、嘘であったのだろう。間違いなく、自分と彼女の間を取り持つために綴歌が講じたことだ。
「と、隣に座ってもいいですか?」
「構わないよ」
ちょこんと腰を下ろす。騒々しかったり明朗闊達な質ではないが、今の彼女は借りてきた猫のようであった。
率直なところ、何故彼女が自分と距離と取っているのか分からないところがあるため、どうも会話の糸口がつかめずにいる。
「……はあ」
どうしたものかと、ため息を一つつくと、びくりと肩が揺れる。
「す、すみません」
「いや、謝られてもね」
謝罪をする意図が分からない。
こんな気まずいのは初めてである。よくよく考えてみると、前の世界では自分にとって親しい人間は一人として存在しなかった。敵か同僚か管理者しか、いなかった。同僚と言っても友好的だったわけではない。寧ろ、険悪だっただろう。
物心がついてから、一人。それが当たり前で、辛いと思ったことはない。同僚と顔を合わせることがあっても、特別何かを感じることもない。ただ淡々と任務のために、互いを利用し、利用される関係、それだけだった。
だから、分からなかった。どうすればいいのか、何を話すべきか。彼女が何を考えているのか、分からなかった。
皮切りは、華也であった。
「……私は」
一瞬裏返った声。それでも続ける。
「私は、謝らなくてはいけません」
何に、という言葉を飲み込む。
「貴方を、魔導官にさせてしまって……本当に、ごめんなさい」
「はあ?」
思わず声が出てしまう。
「貴方は、魔導官になる気なんてなかったのに、私が、私のせいで……」
血でも吐き出しそうな声色だ。浴衣越しに自身の二の腕を引きちぎらんとばかりに握っている。
「いや、それは違うよ? 自分は、自分の意思で魔導官になったんだ」
確かに魔導官と言う職種を紹介したのは華也かもしれない。だが、彼女のせいではない。むしろ、いうならば。
「まあ、誰かのせいだって言うんなら、そうだな、署長じゃない?」
半ば脅迫だったなと思い出し、笑ってしまう。
「違います。私があの時、異世界の事など口にしなければ……」
「でもほら、いつかはばれただろうし。なにより、自分は魔導官になって良かったと思ってるよ。給料良いし、仕事少ないし、衣食住がほぼ無料で提供されるし」
正直、かなり上等な職場環境である。自身の能力を全力で生かせることも利点だ。
「人を」
「ん?」
「人を殺める、汚れ役にされても、ですか?」
ここでようやく分かった。
彼女は、鏡美華也は、罪悪感を抱いているのだ。自らがきっかけで、六之介を魔導官にした。それだけならともかく、あろうことか、ほんの数か月で手を汚させた。本来ならば、先輩である自身が為さねばならないこと、あるいは避けねばならぬことだった。新人である彼に罪を背負わせてしまった。
だから距離と取った。六之介に対して、どう接したらいいのか分からなかった。苦しんでいるのではないか、罪の意識に苛まれているのではないか。そうだとしたら、手を差し伸べなければならない。しかし。
きっかけを作った自身に、そんな資格はあるのか。どの面で傷を癒そうというのか。だが、そうといって、無視していいのか。我関せずと、露知らずでいいのか。
相反する気持ちに、彼女は振り回されていたのだ。
「……君は、優しいねえ」
「え?」
「まったく……赤の他人なのに、そこまで心入れする人間なんて初めて見たよ」
ほんの少しの呆れ。
「そんなことはありません。私は優しくなんて」
「君が優しくなかったら、自分は悪魔だよ」
言葉を遮る。
ここで、思う。おそらく彼女に何を言っても効果は薄いだろう。住良木村の件を気にしていないといくら言っても、聞く耳を持たないように思える。
人が誰かを傷付ければ、自身も同様に苦しむと、彼女は考えているのだから。まずは、それを根本的な間違い、少なくとも自分には当てはまらないということを伝えなければならないのだ。
「……仕方ない。華也ちゃん、聞いてほしいことがあるんだ」
「なん、でしょうか?」
「自分の過去についてだよ」




