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6-10 剣祇祭

 照月を後にし、魔導官達と分かれた。八人乗りの車で御剣の街を駆ける。運転手はしずねである。元々、自動四輪車の研究をしていただけあってか、彼女は運転が好きであった。親衛隊ほどの立場であれば運転手の一人や二人を就けることは何らおかしくなかったが、わざわざ、しずねの楽しみを奪う必要もあるまいということで、運転手は彼女に一任されている。助手席には実里、二列目には宮子と佐奈、最後部には唯鈴が乗っている。

 近年に開発された街であるだけあり、御剣の道路は広く見通しが良い。その上、路面も気持ちがいいほど平坦であり、ハンドルを握るしずねの口元には自然と笑みが浮かんでいる。


「それにしても、良い連中であったな。真面目であるし、誠実そうだった」


 宮子が何度も頷きながら、口を開く。


「そうですね。元々、彼女達が如何なる人物であるかという情報は得ていましたが、好感触ね」


 御剣を訪れる前、魔導官総司令部より渡された資料の内容を思い出す。名前や生年月日、出生、学校時代の成績、魔導官としての実績などが細かく記されたもので、今回の任務における協力者としてこれ以上ない人材が揃っていた。

 そして、そういった実績以上に親衛隊が気に入ったのは、魔導官達の態度であった。

 親衛隊は、日ノ本において権力のある立場である。それ故に、接触する多くの人間は媚びを売る。思いもしないことを口にし、自尊心をかなぐり捨てるかのような振る舞いすらする。しかし、今日の彼女達は違った。魔導官として、日ノ本の人間として、あるべき佇まいと誇りを持っていた。


「本当にねー、一人クズがいたけどさー」


 後部座席で、だらしなく足を投げ出した唯鈴が毒づく。


「掛坂仁将でしたか」


 仁将は、かなりの高階級だ。齢二十五でその位についているということは、彼の力が並大抵ではない証拠である。


「姐さんがそこまで嫌悪するのって、珍しいっすよね。何かあったんですか?」


 しずねの中にある唯鈴の姿は、その立場でありながら物腰が低く、快活で、気の良い人物だ。どんな相手に対しても態度を変えることはなく、あのように喧嘩腰になる姿など一度としてみたことがなかった。


「直接話せばわかるけど、あいつすっげえ女嫌いなのよ」


「そうなんすか? でも、仄さん達には」


「あれは部下だから。身内には甘いのよ、他はもう、ね」


 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。


「罵詈雑言と誹謗中傷しか言わないからね。口を開けば相手の事を馬鹿にして、見下して……ああ、思い出しただけでもイライラする。忠告しとくけど、あいつと二人で会話しないこと。何言われるか分からないし、クズが伝染するからね! 隊長命令!」


 鏡越しに指さす唯鈴の姿が見える。命令なんていつ以来だろうかと思いながら、車は目的地に到着する。


 そこには、親衛隊が泊まっているとは思えないような古ぼけた一軒家があった。隣近所にはほぼ大差のない家々が整然と立ち並んでおり、一度見ただけでは形状の記憶おろか場所の特定すら困難になりそうな、平凡な特徴のない建物である。

 どす黒く変色し、苔の張っている木塀に囲まれ、車一台がやっとな駐車場、そこれと交わるように猫の額ほどの庭があり、枯れかけた梅の木が植わっている。装飾なのかどけてあるだけなのか、巨石が無造作に置かれ、背丈のある雑草に囲まれている。

 二階建てではあるが、一階は食堂、居間、寝室、厠、風呂場のみで、二階に至っては八畳ほどの和室があるだけだ。最低限度の生活ができる程度の代物である。

 ここが、皇家直属魔導親衛隊の寝床である。

 御剣を訪れているのが親衛隊だけであるのなら、適当な旅館を探すのだが今回はそうではない。日ノ本国第二皇女である扶桑姫は、既にこの街にいたのである。

 親衛隊の知名度は高い。容姿も雑誌などに載っているため、書店の存在するような場所ならばどこでも、ましてや御剣ほどの都市に住まう人々ならば知らない者はいないだろう。そして、彼女らの仕事を知らぬ者もいない。つまり、魔導親衛隊がこの街にいると分かれば、姫殿下もいるのではないという考えに至るのは必然である。そうなると、当然、姫殿下を手にかけようとする存在が現れるやもしれぬ。


 この家屋を滞在地にしたのはその可能性を少しでも下げるためである。欺くというのが、第一であるが他にも理由はある。町はずれの古びた通り。その一角、外れの外れ。車もさして通らぬような場所。追跡するような者がいれば確実に分かるような場所でもあるのだ。


 立て付けの悪い引き戸をこじ開ける。


「ただいま戻りました」


 玄関から正面に階段がある。その下段に腰掛ける紫髪の女性がいる。瞳孔が見えない程細い目に、きりりと閉じられた口元。


「……お帰り」


 彼女の名は芹沢瑛良。御剣を訪れている親衛隊の六人目である。どこかむすりとした声色である。


「ごめんね、瑛良だけ残しちゃってさ」


「まったくです。どうして私だけが置いてきぼりなのですか」


「だって、姫殿下を置いていくわけにはいかないじゃん?」


「でしたら姫殿下も連れて行くべきでしたのに」


「御魚苦手じゃない、姫殿下」


 照月は、魚介類を取り扱う店である。小骨や魚の皮を嫌う姫殿下には厳しい。加え、彼女の性格を考えれば、文句を言い暴れる可能性すらあり得る。

 唯鈴の言葉に納得したのか、瑛良は大きなため息をつく。


「まあ、そう落ち込むな! 土産があるぞ!」


 宮子が多法塔で購入していた和菓子を差し出す。げんきんなもので、それだけで瑛良の顔は明るくなる。相変わらず細い目のままだが、笑っているようである。


「坂藤さん、ありがとう!」


「なに、礼には及ばんさ」


 梱包を乱暴に開け、大福を口に放り込む。豪快な食べ方のせいか、彼女の食べるものは何でも美味そうに見える。


「姫殿下は?」


「二階でおとなしくしてますよ」


 立ち上がり、階段から離れる瑛良の避ける。木製の階段はずれが生じているのか、ぎしぎしと甲高い悲鳴を上げている。


「姫殿下ー、いますー?」


 返事は無い。


「入りますよー」

 

 唯鈴が扉を開く。八畳の和室。むせかえるような真新しい畳の匂いがする。この部屋は姫殿下が滞在するものであるため、前もって改装がなされている。とはいっても、障子や畳、窓硝子、壁紙を張り替えるなどである。そのせいか、ボロ家とは思えぬほど高級感のある内装となっている。

 中央には皇家御用達の寝具や箪笥も置かれており、短い滞在であっても一切の不便を感じさせないよう配慮されている。

 ぐるりと部屋を確認する――――再度、確認する。二度三度瞬きをして、もう一度確認する。念のため目をこすり、最後の確認をする。視界に変化はない。


「ねえ」


 二階から唯鈴が見下ろす。


「どうかしました?」


「…………いないんだけど」

 

 しばしの沈黙。


「はあ?」


 皆の声が重なり、一斉に階段を駆け上がる。部屋の中を覗き込む。。

 押入れなどは無い。箪笥も衣装箪笥とは違うため、身を隠すなどは出来ない。


 いない。上を見ても下を見ても、姫殿下、扶桑の姿は無い。


「瑛良さん?」


 地の底から湧き上がる様な声色を実里が発す。びくりと肩が震える。


「ま、待った! 私は一歩も家から出ていないぞ! いや、それどころか階段から動いてもいない!」


 朝七時から今、夕方三時まで一歩も動かずにいたのだ。証拠としては弱いが、彼女の座っていた場所には四冊の小説が積まれている。どれも昨日までは未読だったものだ。しかし、実里の顔は険しい。


「実里、落ち着きなよ」


「ですが!」


「そうだぞ、瑛良は嘘をつくような奴ではない。それに、意外と真面目だ」


 意外とってなんだよ、と唇を尖らせる。

 その間にしずねと佐奈が部屋の奥、窓際に向かいそこから庭を見てみる。人が突然消えるなどありえない。どこかから抜け出したというのは間違いないだろう。

 宮子の言う通り、瑛良は嘘をつくような人間ではないし、任務は忠実にこなす。信頼できる相手だ。


「あー、副隊長、瑛良は嘘ついてないですよ」


 しずねの隣で佐奈が何度もうなずく。


「どういうことかしら?」


「これ見てください」


 窓の下を指さす。そこには、わざわざ特注して取り寄せた布団が束になって落ちている。干していたら偶然落ちた、とも考えられるが、そんなことを姫殿下がするわけはない。


「……やられたねえ」


 唯鈴がけらけらと笑う。笑い事ではないと、実里が頭を抱える。

 扶桑姫の行動力を侮っていたようである。まさかここまでするとは思ってもみなかった。


「く、佐奈さん、異能で探索を! しずねさんは自動車で大通り……そうね、三番通り付近の商店街を重点的に! 私は一番通り、宮子さんは二番通り、瑛良さんは四番通り、隊長は……」


「私は勘で動くよ。とりあえず、皆は通信機を。それと、佐奈。頼むよ」


 祭りの時のために持ってきていたものが役立つとは思ってもみなかった。


「わかり、ました……」


「やんちゃ姫の魔力波長を検出したら近くにいる人と合流して向かって。大丈夫、貴女なら出来るから自信を持ちなさい」


 肩を軽くたたくと、弱気の彼女の顔に覇気が宿る。


「それでは、各自、行動開始!」


 唯鈴の声に、親衛隊が駆け出した。

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