6-6 剣祇祭
照月は、御剣という街が形成され始めた時期から存在する老舗の料亭である。高品質な魚介類をふんだんに用いた料理と多法塔の六階とう高階層から景色を売りとしており、御剣の住民であっても滅多に通えない、所謂高級料亭である。
そこに六之介を除く五人が揃っている、はずであった。
「……あの人はあ……!」
わなわなと身体を震わせながら、仄は怒気をあらわにしており、行きかう人々は彼女の尋常ならざる様子に視線を向けずにはいられずにいる。
「ま、まあまあ、そう気にしないでくださいな」
そう言ってなだめるのは、くすんだ赤髪の人物である。名は壱岐嶋実里。皇家直属魔導親衛隊の副隊長を務める女性であり、年齢は仄と大きく変わらないであろう。
彼女が身に纏うのは、魔導官服とは対照的な純白の燕尾服を思わせる装束であり、中に袖のない黒の中衣、首元に紫色のクロスタイ、膝丈ほどのスカートを身に纏っている。袖や襟元に金色の装飾が施されており、一目で上等なものであると分かる。
「うちの隊長も来ていないしな!」
そう豪快に笑うのは、夜空を吸い込んだように濃い黒髪の美しい女性である。黙っていれば令嬢を思わせる容姿とは裏腹な豪快な声色に、面食らってしまうだろう。彼女は坂藤宮子という。
「もう入っちまってもいいんじゃないのか?」
壁に寄りかかり、気だるげな声を漏らすのは赤味がかった橙色の髪が眩しい大柄な女性であり、比較的高身長な仄よりも頭一つ分大きい。腹部をさすりながら、空腹の意思を示している。彼女は狩野しずね。
「し、しかしですね……」
隊長二人を差し置いて、そんな行動をしても良いのだろうか。雲雀はともかく、涼風唯鈴がどう捉えるかが仄には気がかりでならなかった。
「だいじょーぶだって。姐さんはそういうの甘いから」
豪放磊落に笑う宮子としずね。その様を見ながら、華也と五樹はぽかんと口を間抜けに開けている。
「どうかしたかしら?」
実里の問いかけに思わず背筋が伸びる。
「い、いえ、その、思っていた方々と雰囲気が違うと申しますか……」
皇家直属魔導親衛隊といえば、魔導官の中でも選りすぐりの精鋭である。一介の魔導官である華也達にとっては雲の上の存在とも言える。はずなのだが。
「思ったより適当な感じでびっくりしたか?」
「幻滅とかすんなよー? だいたい姐さんのせいだかんな!」
けらけらと笑う彼女らを軽視するつもりは微塵もないが、どうしても遠い存在であるようには思えず、つられる。
それと同時に華也の腹部からぐうという音がした。
「……あう」
「なんだー、腹減ってるのか」
「あ、えっと……はい、お昼が楽しみで」
魔導官でも滅多に来ることができない料亭だ。朝食を減らしたくなる気持ちは理解できる。
「実里、もう入ろう。私たちも空腹だ」
宮子が提案する。実里が腕時計を確認すると、約束の時間を十五分過ぎている。
はあと小さくため息をつき、指示を出す。
「そうですね。眉月礼兵は構いませんか?」
「はい、こちらとしてはいつでも」
隊長に振り回されている者同士、波長が合ったのだろうか。顔を見合わせ、意味深に頷き合った。
照月の客席は決して多くはない。内装も大変質素なもので飾り気は、活けられた花があるだけである。こじんまりとした第一印象を受け
る。
奥の宴会用の広間は設けてあるが、広間とは名ばかりで十人と座ることは出来ないだろう。多くが調理場と向かい合う様式を取っており、台所で腕を振るうのはこの道、四十と余年になる禿げた大将である。眉間に深くしわが刻まれ、厚く腫れぼったい瞼のせいで眼球は全くと言っていいほど見えない。
女将に連れられ、広間に腰を下ろす。互いの上座は空席であり、仄と実里はちらりとそこを眺め、深いため息をつく。
魔導官と親衛隊、五人同士が向かい合う形をとっている。皆は、女将が運んできた茶を喉に流し込む。すがすがしい夏の気候は、やはり水分を奪う。良質な茶葉で淹れられた茶は口当たりがよく、何の抵抗もなく身体に染み入る。誰とも知らぬが、ほうと声を漏らす。
一時の静謐。それを打ち崩すのは、暗橙色の髪の女性である。彼女はしんと静まり返ったり、緊張の走るような空間を大の苦手としており、それを避ける様にしている。仮に、そういった場に遭遇したならば、率先して打ち壊すようにしていた。
「よおし、じゃあまず、自己紹介といこうか! あたしは狩野しずね。南方にある松野原出身、年齢は二十二歳。皇家直属魔導親衛隊に入って二年。親衛隊に配属されるまでは、研究開発部に所属してて、魔力駆動の車両の開発してた。よろしく!」
「では次は私だな。坂藤宮子。松野原よりも南方にある玖珂出身である。年齢はしずねと同じ、二十二歳。親衛隊に選出されるまでは諸君らと同じく実動部隊に配属されていたので、そうだな、親衛隊ではあるが、らしくないだろうな」
宮子の言う通り、彼女の纏う雰囲気はどことなく実動部隊のものと似ている。
「なので、緊張せずがんがん話しかけてくれていいぞ! よろしく。じゃあ、次は実里だ」
「はいはい。私は壱岐嶋実里。御剣の隣、越後出身よ。年齢は二十三。学校卒業してからはずっと親衛隊にいるわね」
「さすが実里副隊長!」
並大抵では、卒業直後に親衛隊に配属などされることはない。しかし、それを成し遂げている。経歴を聞くだけで、優秀さが分かる。
しずねが褒めるような茶々を入れるが、それを苦笑しながら受け流す。
「ううん、いざ自己紹介となると難しいわね。とりあえず、短い間ですけれど、仲良くしていただけたなら嬉しいです」
「では次は我々」
「いえ、もう一人いますよ」
実里は入り口付近の右隅を向く。そこには幽霊の様な、とりわけ小柄な少女が一人膝を抱えていた。
ひいと綴歌が悲鳴を上げる。
「佐奈さん、次は貴女よ」
いったいいつからそこにいたのであろうか。実里以外、誰一人気が付かない異常な影の薄さ、存在感のなさ。それこそ透けているのでは
ないかと思えるほどだ。
顔をあげ、小指の先ほどの大きさに口を開く。
「……、…、……」
静まり返っている店内だというのに、一切聞こえない。ただ唇を動かしているだけであるようにも見えるが、喉は確かに動いている。話し終えたのだろうか、唇が一文字に戻る。
「彼女は、黒崎佐奈。東北方面にある浦瀬出身。年齢は二十よ。補足しておくと、小柄な体躯と童顔のせいで、幼く見られがちですけれど決して能力は低くないわ」
実里である。聞き取れていたのだろうか。
「そ、そうですか。では、改めて、我々も自己紹介といこう」
仄、華也、綴歌、五樹の順に出身と年齢と、得意な魔導などを語る。
互いのことを伝え、知り合う。距離を縮めるにはこれ以上ない方法である。置かれていた茶が程よい温度になるころには、魔導官と親衛隊の間にあった壁は気が付く頃にはなくなっており、にぎやかな場となっていた。
「お前、良い身分だな! こんな美女軍団に囲まれて!」
「そうっすねえ、ありがとうございます!」
しずねにからかわれながら、五樹が頭を下げる。気性が似ているのか、二人じゃれ合う姿は姉弟のようにも見える。
「多々良蛍茸の件、素晴らしかったぞ。あれのお陰で魔導兵装や魔術具の開発が加速する。君の様な若くて有能な魔導官がいるなら、日ノ本も安泰だな!」
「い、いえいえ、あれは運がよかっただけですわ」
宮子と綴歌は、以前に解決した多々良山での事件について話している。宮子の言動は一切の曇りのないまっすぐなものであり、繰り返される賞賛の言葉に綴歌は顔を真っ赤にさせながら、謙遜する。そんな物腰の低さを宮子が褒め、綴歌が謙遜する。鼬ごっこである。
「どこもかしこも隊長格って自分勝手なのかしら」
「我が強いというのは良くも悪くもなるしな……」
出された料理をつつきながら、実里と仄は大きく深いため息をついている。お互い苦労しているのだろう。愚痴とまではいかないが、不満だったり要求だったりが矢継ぎ早に飛び出してくる。
「……」
「……」
ひっそりと静まり返り、お見合い状態となっているのは華也と遅れてやってきた――正確には初めからいたのだが、存在に気が付かなかった――人物である。
黒崎佐奈。灰色の髪と翡翠色の瞳が特徴である。実里経由の情報では、年齢は二十二と決して子供ではないのだが幼く見られがちだ。加え、引っ込み思案で人目を避けるため物陰に隠れる傾向がある。その様が小動物のようであり、幼い印象を加速させる。
華也よりも色彩の淡い髪の奥で翡翠色の瞳が世話しなく揺れている。他の親衛隊とは異なる雰囲気に華也は声をかけるきっかけを掴めずにいた。
「あ、あの!」
華也はなんとか会話のきっかけ作ろうと、声をあげる。佐奈の肩がびくんと大きく揺れる。
「お、お元気でしょうか!?」
「……あ、はい」
吹けば消えてしまいそうなか細い声である。目の前にいるというのにほとんど聞き取れない程だ。もっとも周囲が騒がしすぎるということもあるのだが。
問いの内容の悪さもあり、会話は続かず、お見合いが再開する。
他の魔導官と親衛隊がどんどん距離を縮めているというのに、ひとり取り残されているようでかすかな焦燥感を覚える。何とかしなければと、躍起になるが良い案は浮かばない。
「……あの……」
「は、はい?」
佐奈から話す。か細い声を聴き洩らさぬように、身を乗り出す。
「……その、わたし、人見知りなんで……その、あんまり会話とか、苦手で……」
「そ、そうですか、すみません、なんだか馴れ馴れしく……」
「あ、い、いえ! 嫌とかじゃないんです……その、せっかく話しかけてくれているのに、うまく返せないというか……話を広げたりできなくて申し訳なくて……どうすれば、その……人と会話できるようになるんでしょう、か」
身体を縮ませ、指をいじっている。
「……そうですねえ、一歩踏み出す勇気と……」
「ゆうき……」
佐奈の眉が下がる。
「あとは、なんといっても経験だと思いますよ、色々と会話をして慣れていくんです」
「……経験と、慣れ」
「はい。それで、その、私で良ければお付き合いします」
余計なお世話であっただろうか、ちらりと佐奈を見るとじっと華也を見つめ、口角をわずかに上げ、唇が開く。
「……よろしく、おねがいします」
ほとんど聞こえない声だった。しかし、その顔を見れば何を言っているのかは分かった。
「はい、こちらこそ」
初めて、目と目が合う。
その時である。ずどんと乱暴に襖が開かれる。唐突な出来事に全員が押し黙り、視線が一点に集中した。




