6-5 剣祇祭
「まったく、なんて薄情な奴だ」
隣でぶつぶつ溢す五樹を放置しながら、土手の上を駅に向かって歩く。
彼は舌を火傷したようで、時折口を開けながら唸っていた。
「薄情も何も、お前が勝手についてきたんだろ」
「いやいや、休日に一人で飯食って過ごすとか、寂しすぎるから着いていったまでで」
「別に寂しくはない」
「素直じゃねえなあ」
「は? これ以上なく、曇りもない、真っ直ぐな本音だぞ」
これほど嫌悪感を露出させているのに、五樹は動じない。むしろ距離を近付けてくるのだから、質が悪い。
太陽が傾きつつある、三時過ぎ。一人でいるのならば、当てもない御剣観光といきたいところだったが、そうなれば脇の騒音機が鳴りやまぬ事態に陥りそうだ。
街路樹の桜は新緑を携え、風に揺れている。春になればここ一帯が美しく彩られることだろう。御剣のいたる所には植樹された木々とそうでないものがある。後者は多くが齢二百年を超える大木であり、観光名所や要所の一部となっている。
三番通りにある桜並木は宮藤川に沿って植えられている。河原では釣りを楽しむ人や川遊びをする子供連れがおり、時折歓声が響いている。
「ところでよ」
「……」
「おい、無視すんな」
「……なんだよ」
「今度さ、夏祭りあるっていったろ?」
潮来での会話を思い出し、ああと適当な相槌を打つ。華也とは、ここしばらく会話はおろか、顔も併せていなかった。
御剣で催される『剣祇祭』は日ノ本の三大祭りの一つと呼ばれている。その起源は、豊饒な恵みをもたらすこの土地を神格化し、崇め奉り始めたことに由来する。五穀豊穣を主とし、大漁追福、商売繁盛、疫病退散、無病息災、安寧長寿、子孫繁栄、豊楽万民などを目的としている。
その規模は御剣全土で三日間におよぶ。集客力も凄まじく、日ノ本全土から観光客が訪れ、ただでさえ人口の多い街が文字通り人で埋め尽くされる。同時にその経済効果もすさまじく、仮に『剣祇祭』が無ければ御剣は存続が困難になるほどである。
六之介にとって、この世界に来てから初の大規模な催物である。当然参加する気でいる。
「鏡美を誘えたのか?」
「いや」
原因はよくわかっていないが距離をとられていること、避けられていることは分かる。それが彼女の意思であることは明白であり、六之介はそれを咎めるつもりも、不快に思うこともなかった。
そうしたいなら、そうすればいい。その程度にしか考えていない。
「自分は一人でも気にしない……むしろ、そっちの方が気楽だ。誘う理由がない」
誰かと距離を縮めるのは、好まない。
「でもよお」
「他人事だろ、何故お前がとやかく言うのだ」
「だって、友達じゃねえか」
まっすぐに、曇り一つない目で六之介を見る。
「華也ちゃんと?」
「いや、俺とお前」
「はん」
鼻で笑うと、五樹は不満気な声を上げる。
「おいなんだよ、今の! 態度悪いぞ!」
「自分に友などいない。勝手な思い込みで友達など言っているお前を哀れに思っただけだ」
六之介が毒づき、五樹が反論する。それを繰り返しているうちに、松雲寮に近付いていくと、前方より揺蕩う様に流れる水色の髪が目に留まる。まず五樹が彼女に気付き手を振ると、弱弱しく返し、駆け寄ってくる。
「鏡美、どうした? 今日は仕事だろ?」
今週は六之介と五樹、華也と綴歌を班とし、休日と出勤日が交互に来るようになっている。本来なら魔導官署にいる時間だというのに何故、華也がここにいるのだろうか。
「お二方を探していたんです」
ほっとしたように一息つくと、姿勢を正し、口を開く。
「今すぐに魔導官署に来るようにとのことです」
緊急の呼び出しなど初めてのことだ。何か大きな事件が起こったとでもいうのだろうか。
六之介と五樹は一度顔を見合わせた後、魔導官署にむかって動き出した。
「全員そろったな」
窓は開け放っているが、それでも熱気のこもる署長室に六人がそろう。きっちりと一切の着崩れすらない仄は資料を片手で持ち、さらりと紙面に目を通している。
その隣には、釦を全開にし団扇で扇ぐ雲雀がいる。見事に対極である。
「何なんですか、今日は」
急を要する事態であるかと思ったが二人の反応を見る限り、そうではないようだ。
「ああ、少々困った……というか、厄介なことになってな。先日も述べた通り、『剣祇祭』において我々魔導官は巡回し警備をすることになっているというのは、既知であるな?」
先週伝えられたことだ。
『剣祇祭』という大規模な催物において、必ず混乱、および何らかの事件は必ず発生する。傷害事件は毎年恒例であり、誘拐未遂すら生じることも在る。それを未然に防ぐため、祭が行われる三日間、御剣内の全魔導官が街を巡回することになっている。
六之介たちが首肯する。
「その件の他にもう一つ、より重大な任務が与えられたのだ」
「と申しますと?」
「…………今年の『剣祇祭』に、姫殿下が御座すことになった」
一瞬で凍結したように、華也、綴歌、五樹の動きが止まる。心なしか、仄も顔が引きつっているように見える。
「姫殿下?」
それがどういったものか分からない六之介は、助けを乞う様に雲雀に視線を送る。気怠そうに息を吐き出す。
「姫殿下ってーのは、日ノ本の天皇の娘さんだ。そいつが御剣に遊びに来るから、護衛を手伝えってこったな」
「署長、姫殿下をそいつ呼ばわりするのは、いかがなものかと」
たしなめるが、雲雀にそれをきく様子はない。
「ま、待ってください、姫殿下の護衛だなんてそんな……!」
できるわけがないと言わんばかりに、華也が悲鳴のような声を上げる。この世界において皇族がどれほど尊いものであるかは六之介にはわからないが、皆の動揺を見る限り、相当な精神的負荷を伴う任務であるようだ。
その様子を見かねたのか、仄は安心させるように微笑む。
「安心しろ、護衛と言っても予備で、親衛隊が中心だ。そうだな……我々は親衛隊の手伝い程度だろうさ」
ぴくりと綴歌の肩が揺れ、慌てて声を上げる。
「あ、あの! 親衛隊は、どんな方々が!」
「どんな? 直属の主要部隊だと通知が来ているが……」
再度資料に目を通し、そう書かれているな、と呟く。それを聞いた綴歌は、花が咲きそうな満面の笑みを浮かべる。
「と、ということは! す、『涼風唯鈴』様がいらっしゃるんですのね!」
すずかぜいすず、という名前が出た瞬間、雲雀の顔が露骨に不機嫌なものとなった。六之介以外はそれに気付いた様子はない。
「涼風唯鈴っていうと」
「誰だ?」
五樹に尋ねると、彼よりも早く綴歌が答える。
「涼風様は日ノ本において、最強と称される魔導官の一人ですわ! 端麗な容姿に、抜群の体型、大胆不敵で蕩佚簡易な性格、人を惹きつけて止まぬ魅力、その上、史上最年少で皇家直属魔導親衛隊に抜擢されるほどの才気! 何をとっても超一流の魔導官ですわ!」
目を見開き、血走らせ、肩で揺らしながら呼吸を荒げる綴歌の様ははっきりいって恐怖感を抱くほどのものである。
「へ、へえ、そうなんだ」
「そういえば、筑紫礼兵は涼風殿に憧れているんだったな」
こくこくと何度も頭を縦に振る。
「それで、自分たちは何をすれば?」
「明日の午後一時から親衛隊との顔合わせがある。出来ることなら全員参加してほしいが、ここを空にするわけにはいかないので一人残って欲しい」
間髪を置かずに、綴歌が挙手する。
「私は絶対に残りませんわ!」
「俺は、親衛隊っての見てみたいな」
「じゃあ、自分が残りますよ」
「む、いいのか?」
「ええ、親衛隊ってのにもさして興味はありませんしね。適当にのんびり過ごさせてもらいます」
人見知りという事は無いが、人好きでもない。ただ興味もないことに時間を使うのは面倒であると感じた。親衛隊がどのような位置にあるのかは分からないが、自分たちよりは格上の存在であることは予想できる。ならば、当然相応の付き合いや礼節を取らねばならなくなるだろう、考えるだけで億劫になる。
「では、残りの皆は明日の十二時に多法塔の六階、『照月』に集合だ」
仄の指示が、むせ返るような熱気の篭った署内に響いた。




