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6-4 剣祇祭

 御剣という街において、都市開発が始まったのはここ十数年の出来事であるが、多くの人が住処を構えていたのは遥か古からである。温暖な気候に、多種多様な生態系を形成する森林地帯と豊富な水資源、そして後に第六級を冠せられるほどの法脈を有する場所には自然と人が集まってきた。

 人々はまず平地を開拓した。そして治水を行い、周囲の土地で酪農を始め、生きる上で必要不可欠な水や食料を確保し、生活を安定化させた。そこから坑道を掘り、効子を確保、必要分を御剣の人々にに循環させ、残りを売り出し、莫大な資源を得た。それがこの都市の始まりである。

 現在、古の御剣の景色はほとんど残っていない。平地はほぼ再開発が行われ、近代化されている。治水された水路も同様である。農地はより適した場所に移され、その名残すら残っていない。だが、一か所のみ、変わらぬ場所があった。

 御剣に隣接する山を切り開き、開拓した場所。三番通りの先にあり、その切り開いた山の名前から尾坂と呼ばれる。御剣の再開発地域から外れたため、変化が少なく、昔ながらの建築技法の家々や寺院が密集して立ち並んでいる。

 入り組み、複雑で、狭隘な造りであるが、そこに趣を感じるものは多く、観光名所としても名を馳せている。


 尾坂の中腹に小さな喫茶店がある。『葉月』と名付けられたそこは、中年の夫婦が切り盛りしており、客席は十にも満たない。最大の特徴は、加工することのない植わったままの木を骨としている点であり、都市部にはない独特な雰囲気となっている。店内は静謐としており、植物の香りがうっすらと漂っている。


 窓際に置かれた三つの座席、六之介はその一つに腰を下ろし、穏やかな時間を過ごしている。今日は休日である。

 熱い玄米茶を一口すすり、紙面に目を向ける。見慣れぬ暗号にしか見えなかったものも、今ではしっかりと読める。所々、分からぬ漢字もあるが文脈から十分に判断はできる。我ながら、この世界にも馴染んできたと思う。


 頁をめくる。

 綴歌から借りた本は、魔導官学校で使っていた教科書である。勉強というものは決して好きではないのだが、なかなかどうしてこれが面白い。全くの未知の法則、常識、理論、歴史の羅列は一度にできる記憶量を遥かに上回っているため完全に理解はできないが、それらが上手く組み合わさり、物語のような流れが構築されているため一つの読み物のように思えた。


 読み進めながら、いくつか重要なことはしっかりの脳内で反芻する。

 まずは『神域』と『頻出期』のことである。


 『神域』とは上空に存在する不可侵領域のことであり、結晶化していない効子で構成される、巨大な雲のようなものである。大きさは測定不能であり、膨大な魔力を保有している。神域は一定の周期で日ノ本の上空に現れ、降臨現象の引き金となる。

 降臨現象とは不浄が生まれること、すなわち、生物が神域から落下する『欠片』を取り込み、適応した存在が不浄である。

 神域の内部構造、発生した経緯などについて、全力で調査をしているというが、何もわかっていないというのが現状である。


 そして、神域が日ノ本に流れてくる時期、これを『頻出期』という。


 『頻出期』とは、不浄が現れやすい時期のことであり、八月から十月がそれに該当する。またそれは二年に一度起こり、今年はそれにあたる。この頻出期は、上空に神域が流れ着くことに由来しており、そのことから、神域は地球を一定の速度と経路で巡回していると考えられる。

 


 次に『魔導機関』について。

 魔導機関は、日ノ本国内にいる魔導官たちの母体となる機関である。部内は四つに分けられ、総司令部、研究開発部、育成部、実動部がある。

 総司令部は全部署をまとめ、資金を管理し、情報を統括、各部に指示を出す。人間でいう脳に当たる部分だ。

 研究開発部は帝都を始めとした第一、二級都市に存在しており、不浄や魔導を対象の研究を行い、魔術具や魔導兵装の開発に努めている。

 育成部は文字通り、魔導官の育成を行う。魔導官候補生は義務教育終了後の人々が対象とされ、四年間を魔導官養成学校で過ごす。

 実動部は全魔導官の大半を占めており、魔導官署に属する魔導官がこれにあたる。各地に置かれている署に派遣され、不浄殲滅、魔導犯罪者の鎮静、災害救助を行う。


 また、総司令部の管理外に特殊な部署が存在する。

 『皇家直属魔導親衛隊』と呼ばれる部隊であり、日ノ本の象徴であり現人神である皇家を守護する魔導官である。各部にて、非凡な実績と経験を得た魔導官のみが任命される、最強の魔導官部隊である。


 そして、この五つの部に『降臨者』と呼ばれる魔導官が一人ずつ属している。降臨者とは、日ノ本において最高位の魔導官を指すものであり、降臨現象によって強化されたような力を持つため、あるいは、神仏の如く敬われるためにその名がついている。


 総司令部に属す、『俊異の降臨者』。

 

 研究開発部に属す、『創造の降臨者』。

 

 育成部に属す、『夢幻の降臨者』。

 

 実動部に属す、『破壊の降臨者』。

 

 皇家直属親衛隊に属す、『鉄壁の降臨者』。


 本名は秘密とされているが、いずれも常軌を逸した力を持つ絶対的な存在であるという。その中でも、『破壊』と『鉄壁』の降臨者は抜きんでていると言われ、『日ノ本の矛盾』、すなわち、最強の矛と最強の盾と畏怖されている。


 最強の名を冠する五人、いったいどんな人々であるのだろうか。


「……なあ、そんなに教科書読むの面白いのか?」


 覗きこむ視線を、気怠い声がする。

 喫茶店、葉月の雰囲気を楽しむために、あえてその存在を無視していた。


「自分にとっては十分な」


「うへえ、理解できねえ」


 饅頭を口に放り込み、椅子をがたがたと揺らしている。

 せっかくの休日を、何故この五樹と過ごさねばならないのか。自らの間の悪さを心底悔やむ。


「がたがた揺らすな、うるさい。だいたい、なんで着いてきたんだ、お前は」


「だって暇だったしー」


 玄関の戸を開けたのが、五樹と同じタイミングであったのが運の尽きであった。

 やれどこに行くのか、何をするのか、尋ねてくる。適当にあしらい、誤魔化しても、しっかりと着いてくる。これが犬だったら言うことがないが、生憎の人間、それも苦手な人種である。


「はあ」


「ため息つくと幸せが逃げるぞ……あ、すみませーん、緑茶のおかわりくださーい」


 誰のせいでため息をついていると思っている。


「そいや、六之介さあ」


「ん?」


「お前、学校出てないんだってな」


「魔導官学校か?」


「いや、普通の学校」


 一応、義務教育は受けており、無事単位も取得している。しかし、それはあくまでも以前の話である。ここでは翆嶺村出身の田舎者であり、華也に勧誘され魔導官として登録されたということになっている。

 こちらの世界では、六歳から十一歳までが小等部、それから十四歳までが中等部となり、これが義務教育にあたる。その期間で、ひらがなから漢字までの読み書き、四則算、化学、生物、歴史、魔導と魔術を学ぶ。

 高等部からは、金銭的に余裕のある人々が通い、高度な知識を得ることができるようになる。魔導官学校もこの区分に当たる。


「……まあ、そうだな」


「それ本当なのかあ?」


「どういうことだ?」


「んー、なんつーかさあ、俺も魔導官学校出てるから、人並み以上には知識とかあると思ってんだよ」


 それは間違いないだろう。中等部までの教科書を借りて読んだが、難易度はかなり低く、生活するうえで必要最低限度の知識といったものだった。しかし、魔導官学校の教科書に記されていたものは癖のあり、知識はもちろんの事、それを組み合わせる応用力が必要とされる問題ばかりであった。

 実生活では間違いなく使わないであろうが、中等部と高等部には大きな差があるというのは伝わった。


「別に他の人を貶したりしてるわけじゃねえぞ? 現に生活する上で高等部とか魔導官学校の知識なんていらねえし、俺も現役の頃、なんでこんなもんやらせるのか疑問だったからな」


「……まあ、そうだろうな。あんなもの、数学者や科学者、技師ぐらいしか用いないだろう」


「それだよ」


「は?」


「あんなもの、と言えるんだろ。つまり、お前は高等教育がどんなもんか分かってるってこった。俺の周りにいた奴らはなんとなく解いてた。でもそれをいつ使うのか、誰が使うのかを知っている奴はいなかった。でもお前はそれを知っている。何者なんだ、お前は?」


 五樹の言うことと疑念は、然るべきものである。もし自分が同じ立場なら、同じように問うだろう。

 しかし、だからと言って自らの出自を事細かに説明するつもりは更々なかった。これは五樹なんぞを警戒している為ではなく、その必要性を見出せない為である。仮に説明したとして、それを信用されたとして、何になるだろうか。

 

「……まあ、あれだ。天才ってやつだ」


「ぷっ、なんだよそれ、うちの署長みてえなこというな」


 ああ、言いそうな台詞だなと相槌をうち、玄米茶を飲み干す。


「さて、と」


 椅子を収め、伝票を確認。料金を支払う。


「え、おい、ちょっと待って! 俺まだお茶飲み終わってない! 待って! ……熱っ! あ、おい、六之介!」


「ご馳走様でした。美味しかったです」


 主人に頭を下げる。背後から聞こえてくる声に耳を貸さず、葉月を後にした。



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