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第五ノ二十話 精彩に翔ぶ

 夜を迎えた。村は静まり返り、虫の声が聞こえてくる。

 華也と綴歌は目を覚ました。華也の怪我は、五樹の回復魔導が功を奏したのか、後遺症はないようだ。綴歌も通常の半分近くまで魔力が戻り、問題なく動けるようになっている。


 外に転がる無数の遺体は、六之介が日の沈む前に処理していた。漁師組合の建物は広いため、そこに並べられ、明日にでも警察が来ることになっている。

 報告に関してもかなり面倒なことになりそうだが、すべてを知る村人と此方の証言、宮島の遺体を見れば納得は得られるだろう。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


 集会所にいる五人の視線は一点に寄せられている。先にいるのは、蝉の幼虫。樹に昇り、動きを止めてどれほど経つだろうか。


「あ」


 美緒が声を上げる。背中に一線の亀裂が入り、薄黄色が顔をのぞかせる。

 褐色の幼体からは、黒い成虫からは想像もできないような、美しい、満月の様な色。もぞもぞと蠢き、頭部が現れる。くりくりとした数珠のような黒い目が夜空を捉えている。

 縮んだ羽のまま、身体を仰け反らせ、逆さ釣り状態になる。


 時間の経過につれ、身体が硬化、黒ずんでいく。脚が広がり、抜け殻に伸び、ぶら下がる。それに伴い、少しずつ黄緑色の翅が伸びていく。翅がまっすぐに伸び、模様が現れてくる。


 外骨格の黒さは増していき、見慣れた蝉の姿へ変貌していく。


 気が付くと数時間が経っていた。虫が苦手だという綴歌もその様子に見入っている。それほどに幻想的で、美しい光景だった。


「お」


 気が付くと夜が明けている。地平線から日が昇り、翡翠色に海原が輝いている。穏やかな波が打ち寄せ、きらりと輝く。

 先日の出来事が、嘘のような穏やかさであった。


「……徹夜してしまったな」


 五樹である。

 蝉の羽化を見ていて眠れなかったというのもあるが、眠りたくなかったという思いもあった。


 事件のことは、皆知っている。何が敵であり、どう攻められ、どう傷つけられ、誰が汚れ役を背負ったのか。

 魔導官である以上、人と戦うことはある。それは承知していた。だが、実際そうなったときに、適格に動けたのだろうか。


 華也は六之介を見る。

 いつも通り、なんてことない顔をしている。だが、その内心はどうなのだろうか。


 率直に言って、五樹から話を聞いた時、驚愕と後悔の念が生まれた。彼を魔導官にさせたのは私である。私が誘わなければ、六之介は魔導官になるなど言うことは無かったのだ。魔導官にならなければ、手を汚すことは無かった。

 

 私は、彼に何を言えばいいのだろうか。

 気にするなと、よくあることだと言えばいいのか。原因である私が、そんなことを宣うのか。


 華也には、自身が何をすべきか分からなかった。何をしても六之介を傷つけてしまいそうで、怖かった。


「ん、来たな」


 思考を遮るように、六之介が口を開く。村の入口に警察の車が止まっている。朝一番に来るとは言っていたが、夜明けとともに来るとは思わなかった。


「さーて、面倒だけど、報告に行くよ。ああ、美緒ちゃん」


 子供に徹夜は堪えただろう。こくりこくりと舟をこいでいる。


「華也ちゃん、布団敷いて。この子寝かしてから行くよ」


「あ、は、はい」


 逃げ出す様に華也は集会所内に消えていく。

 それと同時に、一匹の蝉が青空の向こうへ、深緑の中へと飛んでいった。


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