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第五ノ十九話 精彩に翔ぶ

 結論から言うと、拘束作戦は失敗した。


「本当に何なんですの、貴方は!」


「すまん! こればっかりは本当にすまん!」


 二人で階段を駆け下り、その後ろを村人たちが追っている。一見すると、大規模な鬼ごっこにも見えなくないのだが、どちらも必死な形相であり、ただ事ではないことは明白である。


「残りの二つは! 感圧式だって! 言ったでしょう!」


 左右の通路から伸びる得物を避けながら、綴歌が叫ぶ。


「仕方ねえだろ! 一つ目はそれを忘れてて! 二つ目は間違って踏んじまったんだ! わざとじゃねえ!」


「当り前ですわ! わざとならここで転ばせますわよ!」


 所持していた六つの拘束用魔術具、四つは感魔力式のものであり、橋で用いたように多大な成果をもたらした。二人に襲い掛かる人数は半分以下の六に減っていた。この調子で、残る二つで全員を捉えようとしていたのだが、五樹が原因で失敗に終わった。その上、二度目の失敗の際に伽耶は異能を使ってしまっており、残るは一度のみ。


 村人は仲間を増やし、元の数に戻っている。


 このまま狭い通路で戦うのは、本来ならば多数に比べると、少数である方が有利である。しかし、今回は違う。まず五樹たちは手加減をしなければならない。その上、魔導という使用回数に制限付きの武器しかないのだ。数の制限はできようとも、押し切られてしまう可能性は十分にある。加え、地の利があるのは相手であるため、不意打ちされるという可能性もある。


 それを避けるために、広い場所、すなわち船着場へと向かう。ここならば、戦うのは不利であるが、逃げ出すのことも容易だ。加え、不意打ちの可能性は少ない。


 最後の数段を飛び降りる。三人の男女が待ち構えているが、それを放出の魔導で海へ吹き飛ばす。

 そして、背中合わせに魔導兵装を構える。綴歌は吹雪から発生する衝撃を吹き飛ばせる程度の出力に抑え、五樹は抜刀せず鞘のまま構える。


「さあて、六之介たちが来るまで保つかな?」


「とりあえず全員を無力化しないといけませんものね」


 ぐると囲まれる。一人の男性が包丁を片手に迫るが、綴歌は接近を許さず、吹雪を振るう。大気が弾け、衝撃が生じる。直撃させたときと比べると、その威力は著しく低下するが無力化させるという意味ではこれ以上ない効果を発揮する。


 五樹は放出と形成を組み合わせた銃弾を撃ち出し牽制する。しかし、それを潜り抜ける者もいる。一瞬のみ強化し、魔力を節約。腹部や顎部を叩き、意識を混濁させ、海へと叩き落とす。


 五樹の魔力量には余裕がある。しかし、綴歌は少ない。この乱戦では五分が限界であろう。


 一人二人と受け流し、海に落とし、意識を奪い、戦力を削っていく。ここまでは順調ある。しかし、予期せぬ攻撃が起こる。


 乾いた音が海原に響き渡る。漁師組合から出てきた男の手には、金属の板を思わせる形状、無数の突起が背びれ、細長く丁字を回転させたような持ち手を持つ武器。クリスベクターである。しかし、それを知る由もない二人はその危険性を知らない。

 ただ、蜘蛛の子を散らす様にその場を離れる村人から、予測する。あれが危険な武器である、と。


 綴歌は咄嗟の判断で、残り少ない魔力を用い壁を作り出す。一瞬遅れ、無数の銃弾が放たれ、再度高音が鳴り響く。高密度の魔力によって押し固められた壁は、みるみるうちに抉られていく。


「篠宮さん!」


「了解!」


 言わずもがな、四重の壁を形成する。未知の形状にして、脅威の連射性。これは耐え切れぬと判断し、咄嗟に壁を作り変える。形成されたものを動かすことは難しい。故に、斜め向きに再び形成し、衝撃を受け流す。多少はましである。しかし、それでも長くはもたない。


「筑紫! 停められるか!?」


 この場から離れなければならない。時を停めれば一時的とはいえ弾丸は途切れる。

 しかし、それすらも封じられる。


 この場から退いていた村人が、網を放る。水を吸って、重く、強靭になった投網である。それが絡み合い、二人の動きを妨げる。

 完全に死角。加え不運にも、時間停止発動と網が絡まった瞬間が合致していまう。綴歌の異能の対象は生物のみ。網は、停まらない。


「まじかよ!」


 絡まった網を切り裂こうと抜刀、しかし、それを投網が拒む。停められる時間は、五秒。焦りが生じている人間にとっては、あまりにも短い。


「……っ!」


 村人が動き出す。同時に綴歌が膝をつく。魔力が切れ、球の様な汗を滴らせ、荒い息をしている。魔力切れは、体力切れと似た症状に加え、思考力の低下や強い倦怠感に襲われる。

 もうしばらく綴歌は戦えない。


「ぐう……!」


 二人目が組合の建物から、同じものを有したまま出てくる。

 この弾幕が二倍となれば、耐え切れない。切り札の時間停止も使えない。その上、戦えるのは一人だけ。五樹が異能を発動させても、この場を乗り切る策は浮かばない。

 二人目が並び、銃器を構える。


 その時であった。一陣の風と共に、黒装束が舞う。二人の少女を抱えるその顔は影となり見えない。

 二人をそっと船着場に寝かせると、懐から刃を取り出す。漁師たちが使う包丁であろう。所々が欠けているが、不気味にぎらりと輝く。それが一切の躊躇も躊躇いもなく、乱暴に、それでいて正確に振るわれる。


 生物の中枢を担う部分が、斬り落とされる。何の抵抗もなく崩れ落ち、赤に染まる。腕は止まらず、隣の男の首を突き刺す。血の泡を吹きながら、絶命する。

 返り血を浴びながら、表情一つ変えずに立つ存在が、自身の仲間であるのか、五樹には分からなくなった。


 屍からクリスベクターを回収し、構える。そのまま一瞬でその場を離れていた村人の元へ移動、引き金を引く。命の花が散っていく。

 潮の香りが、鉄と硝煙の香りに呑まれ、悲鳴が一つ、また一つと消えていく。


「……六之介……」


 その声に、肩が揺れ、ゆっくりと五樹を視界に収める。その顔に、その目に、五樹は震えた。

 返り血で真っ赤に染まった顔にある、眠たげに垂れた瞼の奥は、どす黒い。一切の光沢を帯びず、夜空よりも深い漆黒。無表情に結ばれていた口元にあるのは嗤い。嘲笑。

 まるで、殺しを楽しんでいるような、それでいて奪った命の価値を蔑むような形相。


「…………六之介と、呼ぶな」


 一度、瞼を閉じる。銃器を乱雑に放り捨てる。

 亡骸にちらりと視線を向けた後、五樹に歩み寄る。その顔は、いつものもの、どこかつまらなそうな、眠たそうな顔。


「怪我は?」


「あ、ああ、俺は大丈夫だ」


「お前じゃない。綴歌ちゃんだよ」


 伏している綴歌の呼吸は随分落ち着いているが、辛そうに眉間に皺を寄せている。


「魔力が切れているんだ。死にはしないが、しばらくは辛いだろうな」


「そうか。じゃあ、集会所に戻るぞ」


 華也と美緒の元へ向かい、抱きかかえた。五樹はその様を背後から見ていた。


「……」


 恐怖感を覚えたのは事実である。相手がどう思っているかはともかく、友と思っている人間に抱く感情ではない。だが、血濡れで嗤う六之介がただただ怖かった。

 しかし、その背中を見ているとその思いは消える。


 小さい背中だった。どこか寂し気で、堪えているような背中。そうだというのに、本人は何が辛いのか、何を耐えているのか分かっていないような弱々しさ。


 五樹は、綴歌を抱きかかえ、慌てて六之介を追いかけた。




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