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第五ノ十七話 精彩に翔ぶ

 宮島の洞窟内にて、帳面には歪な線が描かれている。、

 この洞窟を中心に、地形の特徴など大雑把に書き込まれ、十二の丸が記されている。


「よし……マッピングは完了だ」


 美緒の能力を生かして、洞窟の外の茂み、そのどこに敵がいるかを調べ上げたのだ。それによって分かったのは、別方面の入口、つまり海に面している方には四人が、六之介たちが入った方には八人がいる。

 海側からの敵の侵入も危惧していたが、この荒れようでは入ってこれまい。加え、満潮であるのも要因だ。


 考えるべくは、表の八人。その全員がおそらく銃器、クリスベクターを所持していると考えられる。となると、洞窟から出るだけで蜂の巣にされる可能性もある。

 悟もすでに身を隠しているが、美緒の力によって中央にいることが分かっている。おそらく彼が指揮を担っている。


「ありがとね、美緒ちゃん、これでなんとかなる」


「どういたしまして……うう」


 こしこしと弱々しく目をこする。


「どうかした?」


「めが、つかれた……」


 かなりの時間、能力を使ったのだ。それも視神経という脳への負荷が大きい場所でである。


「少しお休み」


「うん」


 ころりと横になる。


「……さて、華也ちゃん、自分たちも動こうか」


「はい。作戦はどうします?」


 手帳を見せながら、指示をまとめる。


「まず君に先行してもらう。とはいっても戦う必要はない。ちょっと表に出て、戻るだけだ。向こうは自分の瞬間移動による逃走を怖れているから、姿を見せれば即発砲する。それによって自分は敵の位置を再確認、瞬間移動し攻撃する」


「わかりました。六之介様に盾を張ることは?」


「気持ちはうれしいけど、今回は自分を守ることだけに専念してくれ」


 こくりと頷く。かなり緊張しているようだ。

 対人戦に加え、未知の武器が相手ともなれば当然と言える。


「さて、じゃあ、頼む」


「お任せを」


 周囲に緑の壁を三重に形成しながら、疾走する。やや距離を置きながら、追いかける。

 茂みから慌てたように銃弾が発射される。その位置はマッピングしたものと大差ない。


 瞬間移動を発動。最も遠い位置にいる射手へ向かう。突如脇に現れた六之介に、射手は対処できない。慌てて銃口を向けるがそれより早く、感圧式拘束用魔術具をぶつけ全身を拘束する。地面に転がる男の腕からクリスベクターを回収し、息つく暇もなく移動する。出来ることならば目をつぶすか、腕を折るくらいはしておきたいがあいにく時間がない。最短で行わなければならない。

 感圧式拘束用魔術が三つしない。拘束できるのは三人まで。なら他をどうするか、答えは簡単であった。


 同様の手口で二人を拘束する。弾幕が目に見えて薄くなり、伽耶は素早く洞窟内に戻る。


 それからおよそ二十秒後、再び伽耶が現れ弾幕が張られる。弾幕は四方向のみからであり、悟は息を潜めている。舌打ちをしながら、瞬間移動する。


 今度は背後に回る。銃器の威力に魅せられている男は気付きもしない。六之介は、握っているクリスベクターの銃口を男の足元に向け、躊躇なく引き金を引く。


 衣服を貫き、肉が弾け、骨が爆ぜ、鮮血が舞う。むろん立っていることなど出来ず絶叫し、のたうち回り、その隙に銃器を奪い、森の奥へと放る。その声が耳に届いたのか、何が起こっているのかという声が聞こえる。


 動揺が広がっている。狙い通りである。

 しかし、ここで一つ、六之介が考えもしなかった出来事が起こる。


「な!」


 洞窟の中からずぶ濡れの男と、刃物を突き付けられた美緒が姿を現したのだ。

 まさか、あの流れの中を泳いできたというのか。


 裏口は荒れるに荒れきっていた。泳ぐどころか潜りだけで、平衡感覚を失いかねない程にである。

 だが、あの敵はそれを成し遂げた。


「魔導官ども、攻撃をやめろ! でなければ、この娘を殺す!」


 刃が首元に突き付けられ、血が流れている。美緒は殴られたのか、頬が腫れあがり、意識を失っている。


「わ、わかりました!」


 真っ先に声を上げたのは華也である。形成の魔導を解除し、両手を上げる。

 茂みの奥から悟が現れ、華也に近づく。


「……よくやった。手間をかけさせやがって、よお!」


 華也を裏拳で吹き飛ばす。鍛えられているとはいえ、少女。純粋な腕っぷしでは、成人男性が勝る。華也は、呻き声を漏らしながら地に伏している。

 頬を殴られたため、口から血が滴っている。


「おら、もう一人、出てきやがれ!」


 悟は華也の髪を掴み、銃口を突き付ける。出てこねば殺す、ということだろう。


「……どうする……?」


 残る射手は三人、美緒と華也を人質に取っているのが二人。勝ち目は薄い。しかし、ここで降伏すれば自分たちは間違いなく殺される。それだけは間違いない。


 生存するならば、二人を見捨てるというのも手である。自分だけであれば、生還は可能だ。村にいる二人と共に増援を要請し、村の鎮圧すればいい。現状ではそれが正解だろう。それは分かる。


 しかし、である。葛藤する。じわりと、頭痛が広がる。


 本当にそれでいいのか。

 本当にあの二人を見捨てていいのか。


 右も左も分からない自分に親しくしてくれた華也を、見捨てていいのか。

 まだ幼いながらも、協力してくれた美緒を見捨てていいのか。


 ああ、自分ならそうする。自分の命が一番大事だというのは分かっている。他人の命など、知ったことではない。生きようが死のうが、自分には関係ない、はずなのだ。

 

 頭が痛い。脳が焼けているようだ。視界が霞み、平衡感覚がなくなる。


「……ふん、出て来ないか」


 華也の頭に銃口が突き付けられる。ロックは外れ、人差し指をほんの少し動かすだけで彼女は死ぬ。


 いいのか、それで。見殺しでいいのか。後に悔やみはしないのか。自分を責めたくならないのか。彼女の存在を追い求めたりしないのか。本当に失っていいのか。


 ぐらりと意識が、世界が反転し、見覚えのあるような、ないような世界が六之介の前に広がった。



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