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第五ノ十五話 精彩に翔ぶ

「本当に戦闘なんかあるのかあ?」


「さあ、ですが六之介さんの事ですし、何かしらあるんでしょう」


 二人とも六之介に言われた通り、魔導兵装を持ったまま集会所で待機していた。

 綴歌の魔導兵装は旋棍、吹雪である。黒く塗装され、幾何学的な模様の溝が彫られている。これは一種の魔術式であり、魔力を流した状態で殴打すると衝撃波が発生するようになっている。


 五樹の魔導兵装は日ノ本刀、金剛である。白い鞘、金の鍔、赤色の柄巻と、派手な様相である。これには異能発動の補助をする魔術式が組み込まれており、より早く、少ない魔力で異能を扱うことができる。


 いずれも無数の傷はあるが、整備が行き届いており、大切に扱われていることが分かる。


「とは言ってもよぉ……」


 高台にある集会所からは青い海が見渡せる。荒れてはいるが、潮の香りと波の音が届く。本当に不浄などいるのかと疑いたくなるほど、平和な光景が広がっている。


「ん、なんだ?」


 集会所を覆う柵が開かれる。姿を現したのは、逞しい体躯をした男たちと中年の女性たちだった。各々が風呂敷や包み、長物を有している。


「何でしょう? お揃いで」


 何か差し入れだろうかと考えるが、非協力的な人間が大多数であるここにおいてそれは考えにくい。

 綴歌は疑問の念を持つ。しかし、そんなことは考えもせず、五樹は彼らに近づく。


「どうもどうも、皆さん、どうかしまし……ッ!」


 一切の躊躇も遠慮もなく、先頭にいた漁師の男は懐から取り出した鉈を振り下ろす。乱暴で、力任せ、であるからこそ強力な一撃。 

 露ほどの警戒心も抱いていなかった五樹にとっては、完全に意識の外からの攻撃。認識が間に合っても、行動が追い付かない。


「篠宮さん!」


 綴歌が反応できたのは、日頃からの鍛錬の賜物か。疑似的な時間停止が発生する。

 彼女の異能は、時間そのものを止めることではない。一定範囲内の生物の動きを止めることである。これは自身以外が対象であり、五樹も例外でなく静止している。

 止めていられる時間はおよそ五秒。駆け出し、五樹の手を取る。びくりと彼の身体が跳ねる。


「はっ? え? え?」


「何してますの! ここを離れますわよ!」


 強化の魔導を発動。跳躍し、集会所の向かいにある民家の屋根へ移る。同時に時間停止が解け、鉈は空を切る。

 村人たちは突如消え去った二人に、驚きを隠せずにいる。


「おいおい、いったいどういうことだよ、これ!」


「しー! 声を殺しなさい、お馬鹿!」


 身を縮め、息を殺す。美緒のような能力を持つものがいないとは言い切れないのだ。

 村人たちは、何かを話し合った後に散り散りになる。人数は十四人、それぞれが獲物を有している。


「……行きましたわね」


「……どうなってんだ、不浄が来るんじゃねえのかよ」


 六之介の発言を思い出しながら、愚痴がこぼれる。


「……任務に支障が出る、と仰っていましたわね」


「ああ、正体を知ればって……マジかよ、そういうことか」


 間違いなく彼は、村人が攻めてくることを予測していた。そして、人間と戦うと知れば支障が出るのは然りである。


「それにこの状況……ああ、あんの野郎、質が悪すぎるぞ……」


 理解する。


 事前に人間が敵となることを言っておけば、必ず華也や綴歌、五樹は村人の説得や撤退を選択する。そうなると今回の任務の黒幕、ことの発端が曖昧になってしまう。それを避けるためにも、言わなかったのだ。

 つまり最初から六之介は戦いを避けさせず、それでいて敵の正体がわかるように仕向けたのだ。おそらく班分けは戦闘の際に不足が生じないように割り振られている。


 村に残るのが華也と五樹ならば、あの大人数を相手にするのは異能を用いても、魔導を用いても至難の業となる。この二人は不浄を戦うのには特化しているが、人間に対してはそうではない。否、殺傷するとなれば容易だ。だが、彼らはそれを望まない。故に、苦戦し、最悪は敗北するだろう。六之介が残ったとすれば、なんらかの策を用いて事なきを得られるだろうが、間違いなく多くの死人が出る。しかし、綴歌は違う。彼女だけで戦況は一変する。彼女の能力は、対象を範囲とするものだ。敵が大勢で来るのなら、うってつけだ。


 六之介は綴歌を基準に五樹を選んだのだ。形成と放出の魔導を用いて援護させるために。


 そして、六之介が相方を華也にした理由。それは、宮島の環境を考慮してのもの。あの島は基本的に立ち入りが禁じられている。つまりは手付かずの自然が残っている。そういう環境における華也の戦いを、翆嶺村にて見ている。だから、選んだのだ。


「どう、いたします?」


「……正直、人間と戦うのはごめんだな」


 経験がないわけではない。だから言える。人間同士の殺し合いは、後味が悪い。できることならば、避けたい。


「同感ですわ」


「あと何回ぐらい止められる?」


「……三回ほどでしょうか。ある程度の自然回復を想定して、ですけれど」


 実質は二回と考えておくべきだろう。


「六之介さんは、敵を減らしておいてと仰っていましたね……」


「戦っておけってことか……」


 確かに六之介たちが戻ってきたことを考えると、彼らも攻撃を受ける可能性はある。それを避けるためには、戦闘が必要だというのは分かる。


「それにしても、何故私たちが……」


「村の再開発を進める連中だからじゃねえのか?」


 詳しいことは分からない。おそらく六之介は分かっているのだろう。戻り次第、聞き出さないといけない。


「よし、とにかくだ。他の奴らのために数だけ減らそう」


「それは……」


「もちろん、殺すことなく、だ。なに、不浄用に魔術具を目いっぱい持ってきてるんだ。拘束ぐらいなら余裕余裕」


「……ええ、そうですわね。では、参りましょうか」




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