第五ノ十三話 精彩に翔ぶ
すぐ先には切り立った高台があり、その直ぐ脇には洞穴があった。近づき、耳を澄ますと潮の音と香りがする。海とつながっているようである。
覗き込む。当然の様に灯りは無いが、隙間から日差しが差し込めており確認はできる。石灰石で出来た洞窟はひんやりとしており、奥では水飛沫が上がっている。どうやらここは「く」の字に折れ曲がった洞窟であり、折れ曲がているところを境に陸地と海に浸食されている場所に分かれているようだった。
足を踏み入れると、フナ虫たちが一斉に逃げ出す。生理的な嫌悪感に苛まれるが、こらえる。一歩、また一歩踏み出すと、異臭が立ち込めている。吐き気を催すような、鼻腔を犯すような臭い。そして、徐々に姿を現す、乱雑に積まれた、人の山。見ると、山吹色の服を纏った青年の遺体も転がっている。
「……」
近づく。肉は殆どが蟹や蟲に食われ、骨が露出している。近頃の気温上昇の影響もあってか、かなり腐敗も進んでいる。一際小柄な死体が目に留まった。黒髪に、片方は食われてしまったのか空洞になっているが、半開きの濁った金色の眼。面影はある。おそらくはこの子が、美緒の兄である橘雄太であろう。
近付くと、胸部に出血の跡が見て取れる。着物を除けると百足が慌てて飛び出し、闇へ消える。
何かに襲われたような、噛まれた、引き裂かれたりしたような傷ではない。鋭利な刃物で切り裂かれたような、真っすぐで綺麗な傷。
ここにある十の死体、いずれも不浄という動物にやられた傷はない。頭部への打撃痕、首を絞められた痕、刃物で切り裂かれた痕。いずれも人間によって為されたものだと判断できる。
「やってくれるねえ……」
パンという乾いた音がした。銃声だと瞬時に判断する。
華也と美緒が洞窟に駆け込んでくる。華也は形成の魔導によって銃撃を防いでいるが、左腕から出血がある。
「二人とも、無事か?」
「美緒ちゃんは大丈夫です! 私は左腕を撃たれましたが……このぐらい……!」
華也の身体が青く輝き、出血が収まっていく。回復の魔導である。
「誰が撃ってきた?」
「分かりません、完全に不意打ちで……美緒ちゃん!」
華也の手を離れ、六之介の隣に横たわる紺色の着物を纏った遺体に近づく。瞼こそは閉じられていたが、損傷が激しいことに変わりはない。
「……お兄ちゃん」
やはりか。
「この子が……それに、この臭いは……」
「華也ちゃん、やっぱりここに不浄はいないよ。これは人間によって為された事件だ」
不浄がいる、という情報が隠れ蓑だ。不浄など、美緒が言う通り初めからいなかったのだ。
「いったい、いったい誰がこんな……!」
憤る。
「由名瀬悟」
「え?」
「漁師の由名瀬悟。まあ、正確には、この村の再開発に反対する漁師連中だ」
考えてみれば全てが露骨であった。村の再開発を推進する漁師ばかりが行方不明となる。それに気付きもしない熟練の漁師たち。一部を除き、非協力的な村人。不浄がいる証拠が一切見つからない現実。頑なに宮島への上陸を拒む態度。そして、決定的とも言えるものが、美緒の能力からの証言。
魔導官が来ることも、始めから計画のうちだったのだろう。魔導官の任務は期間が設けられている。その期間のうちに解決できなければ、より実績のある次の部隊が派遣される。しかし、どれだけ優秀な人材が派遣されても、事件は解決しない。不浄は初めからいないのだから。そうなれば、当然この村は危険であると判断され、再開発の計画は無かったこととなる。
「そんな……そんな理由で、こんな……」
腐敗し、無残な姿を晒す遺体たち。
おそらくこの時期を選んだのも計画だろう。気温が高くなれば、腐敗の速度が上がる。蟲も多く出てくる。そしてこの洞窟の形状と立地条件だ。見つかりにくい場所にあるだけでなく、一定の期間のみ海水に浸ることで腐敗は更に加速。そして、時折押し寄せる波よって、肉片が、骨片が少しずつ海に流れ行く。一月もしないうちに、遺体は影も形もなくなるだろう。
「美緒ちゃん」
美緒は雄太の亡骸を無言で見降ろしていた。その表情は影になり、見ることはできない。慟哭することも、暴れることもなく、ただ静かに見ていた。
「……お兄ちゃん」
膝を折り、兄の手を取る。ぼろりと指が落ちる。それでも手は離さない。
「お兄ちゃん」
返事はない。雄太の瞳には何も映らない。ただ虚空を見つめている。
「……」
美緒は細い腕を伸ばし、優しく愛おし気に兄の亡骸を抱きしめた。




