第五ノ十二話 精彩に翔ぶ
「美緒ちゃん、この島や周辺の海域に、大きな魔力はある?」
元気であるならば、役割を果たしてもらう。彼女の力は、便利だ。使い道などいくらでも考えつく。まずはこの前人未到であるはずのこの島に不浄がいないのか見てもらう。
ただし、結果は予想できている。
島を、海を、空をぐるりと視る。他人の見ている世界を見ることはできない。同じものを見ていると感じるのは、一種の信仰である。自身が見ている色と認識している色、他人が見ている色と認識している色、それが同一である証明など誰にもできない。
美緒の眼には、何が映るのだろうか。
「……ない、ふつう」
「やっぱりね」
驚きはない。
「いない、のですか?」
「うん、いないよ、なんにも」
「美緒ちゃん、この辺に残存魔力……足跡みたいなものは見えるかい?」
翆嶺村で華也が、多々良山で綴歌が見ていたものだ。不浄に比べれば魔力の量は遥かに低いが、万物は魔力を宿している。歩けば、その跡はしっかりと残る。
「……あ、あったよ」
指さすのは、巨大な岩がごろごろと転がっている場所である。当然道の様なものは無く、手入れもされていない。種類など皆目見当もつかない植物は伸び放題であり、地面を覆う様に根付いている。
「足跡の先に案内してくれるかい?」
「うん」
道なき道をひょいひょいと進んでいく。勾配の激しい村で育ったためか、それとも野山を駆け回っているためかは分からない。
華也は、体調こそは整ってきたようだが本調子ではないようである。
「美緒ちゃん、一つ約束があるんだけど」
「なに?」
「この先、君のお兄さんの色を見つけても、突っ走ったりしないこと」
「どうして?」
「そうだな……悪い怪物が近くにいるかもしれないからだよ。だから見つけたら、華也ちゃんと一緒にいること、いいね?」
「ん、わかった」
聞き分けがいい。六之介に懐いているようだ。
足は宮島の奥へと進んでいく。始めは歩けるだけの空間があったが、今はそれすらも怪しい。蔦や蔓が絡みつき、羽虫が顔にぶつかる。足元は腐りかけの落ち葉で覆われ、重心が不安定だ。美緒は迷うこともなく進んでいるが、彼女がいなければ遭難すらもあり得たかもしれない。
視界の端に、色鮮やかなものが走る。花かと錯覚したが、そうではない。山吹色の着物の切れ端である。枝に引っかかり裂けたと思われる。宮島は立ち入り禁止であるなど、やはり嘘であったようだ。
「これって……」
「まだ新しいね。一週間と経ってないんじゃないかな」
華也も察してきたのだろう。眉間にしわが寄り、視線が泳いでいる。
「あ!」
美緒が声を上げる。
「視えたかい?」
「うん! お兄ちゃんの色だ!」
今にも駆け出しそうな美緒を肩を抑え、彼女を華也に託した。
自分の推測が正しければ、洞窟内の光景は……。




