第五ノ十一話 精彩に翔ぶ
六之介たちが向かったのは村外れにある磯である。波による浸食が激しく、ごつごつとした岩が転がっている。潮だまりが無数にできており、多様な生物が見て取れる。
「さて、じゃあ今から宮島まで行くよ」
ここから宮島への直線距離は最短となる。住良木村の船着場からは霞んで見えた宮島もかなりはっきりとしている。
「でも、みやじまにいくのはダメだって……」
美緒が不安そうな声をもらす。宮島が禁足地であることは知っているようである。だが、彼女を置いていくことはできない。彼女の持つ能力は必要だ。
「いいのいいの。気にしない気にしない。行ってみれば色んな生き物とかいるかもしれないよ?」
美緒は動植物が好きであるのは、華也の話を聞いた時から察していた。簡単な釣りであるが、子供には効果がある。
「……じゃあ、いく」
「よし、いい子だ。華也ちゃん、抱っこして」
「え? は、はい、わかりました」
一瞬驚いたような、困惑したような声を上げ、了承する。女の子であっても、華也は魔導官である。加え、強化の魔導に長けている。少女一人を抱きかかえる程度なら容易いだろう。
華也は六之介の背後に回り込むと、わき腹から手を差し出し、抱きしめる。甘い香りと、背中に二つの柔らかな感触がする。
「…………何してるの?」
「え、抱っこ……」
六之介は華也に背後から抱きしめられている形となっていた。決して悪い気分ではないのだが、今は違う。そうではない。
「……そう、いや、うん、ちゃんと誰を抱っこするのか言ってない自分が悪かったね、うん」
「え、あ……」
察したのだろう。顔を真っ赤にすると慌ただしく六之介から離れる。
「華也ちゃん、美緒ちゃんを抱っこして」
「わ、わかりました……」
美緒を横抱きする。重心がぶれることもなく、安定して立っている。彼女の手を握る。
「よし、じゃあ、跳ぶよー、びっくりしないでね」
「え、えっ?」
舟が出せないのは、波が荒れているためである。ならば、その波を避けて移動すればいい。簡単なことだ。
六之介の瞬間移動の有効範囲は、目視できる場所全てである。ただ写真やテレビの映像の中には移動できないが、硝子越しでも問題はない。高速移動ではないため、障害物の影響を受けることもない。
宮島までの距離は八キロメートルほどである。目視は出来るが、明瞭ではない。移動する場所を間違えれば、予期せぬ事故を引き起こす可能性がある。それを避けるため、まずは二百メートルほど沖の海面すれすれに移動する。間髪を置かずに、再度二百メートル移動する。これを繰り返し、宮島の全景が完全に捉え切れるまで距離を詰めていく。
宮島の西側、住良木村からは死角の位置に砂浜があることを確認する。降り立つにはちょうどいい場所である。
最後の跳躍をし、目的の場所に降り立つ。
「よし、到着。ふう、誰かと跳ぶのは久しぶりだったから疲れたなあ……華也ちゃん、大丈夫?」
跳んでいる間に短い悲鳴が聞こえたような気がしたが、無視していた。しかし、それは失敗だったようだ。
「……はい」
ぐったりと項垂れ、青い顔をしている。この能力を用いた移動は大変便利なのだが随伴者はそうでない。
見えている世界には距離がある。脳は無意識にそれを把握し、自身との間隔を測り、行動や認識、判断に利用する。
瞬間移動の能力はその脳の働きを混乱させてしまうのだ。実際に動いている六之介は問題ないが、華也は違う。車酔いに近い状態となっている。
「ちょっと休憩しようね。美緒ちゃんは?」
抱えられていた彼女はどうだろうか。
「だいじょうぶ」
口調も顔色も問題ない。生まれつき酔いにくい質なのかもしれない。




