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閑話 皇家直属魔導親衛隊 1-1

(第6章『剣祇祭』にて登場)



「壱岐島、お前、親衛隊に行く気あるか?」


「は?」


 突如、担任教師に呼び止められ、開口一番に信じられないことを言われた。

 親衛隊、つまり、皇家直属魔導親衛隊。一ヶ月ほど前から再編成の動きはあるとは聞いていたが。


「わ、私が?」


 行けることならば行きたい。親衛隊は、魔導に携わる者、ないしは、日ノ本国民にとって最大の栄誉でもある。ここで斜めに構えて、興味がないと宣えるようなものではない。


「ですが、実績がなければ……ただの学生では受からないでしょう」


 親衛隊に入る手段は二つ。推薦か試験である。親衛隊に知り合いはいないため、前者はあり得ない。となれば当然後者なのだが、たかだか学生の知識で対処できる代物ではない。自慢ではないが、私は学年主席ではあるが、それでも不可能だと分かっている。


「ああ、実はな、どういうわけか、親衛隊隊長が直々にお前を推薦していてな」


「ほわぁっ!?」


「どこから声を出してるんだ……」


「す、すみません! えっと、隊長と申されますと『あの御方』が?」


「そうだ、『涼風唯鈴』直々に、だ」


 青天の霹靂とはまさにこのことだろう。現実とは思えず頬をつねってしまう。痛い。夢ではない。

 

 涼風唯鈴。

 『涼風重工』の跡継ぎで、史上最年少での『皇家直属魔導親衛隊隊長』。その名が全国に広まったのは、先日の暴力系左翼団体による皇宮の占拠だ。たった一人でそれを解決し、皇族を守護したのである。その名誉に加え、公になった家柄、容姿、性格、全てが噛みあい、瞬く間に日ノ本で最も有名な人間となった女性である。日ノ本国民として、魔導に携わるものとして憧れるなということが、どだい無理な話である。


 その人が、私に声をかけてくれた。

 胸の奥で、喜びと感動は吹き上がり、形容しがたい程の衝動に駆られる。


「どうする?」


「いきます! やります!」





「…………は?」


 何の脈絡もなく第四十二魔導官署に届いた推薦状を見て、目をぱちくりとさせる。右から見ても左から見ても、何度目を擦っても文字は変わらない。

 間違いなく、『皇家直属魔導親衛隊』への推薦状である。


「すごいわよぇ、宮子ちゃん。こんな栄転の機会は滅多にないわ」


 署長は皺の深い顔でニコニコとしている。頬が上気し、興奮していることが伝わってくる。


「ああ、んん? いや、その、確かに栄転なんですが……ええ? これほんとに?」


 素直な気持ちを口にすれば、質の悪い悪戯にしか思えなかった。

 『皇家直属魔導親衛隊』。先日、内部の腐敗が発覚したが、それでもなお、大きな力を持つ集団である。再編成の話は聞いていたが、実動部隊で働く私には何の縁もないことだと、気にしてもいなかった。


「書状も印も本物よ。おめでとう」


「い、いえ、署長殿、私は」


「なあに? ひょっとして、推薦を蹴ろうと?」


「う」


「駄目です。それは駄目。怒りますよ」


 にこにことしているが、怒気がわずかに漂う。魔導官として、とうに引退してもおかしくない年齢であると言うのに、未だ現役でいる署長の実力は未だ健在である。圧されるが、それでも食いつく。


「署長殿、私はこの魔導官署で、貴女の下で、この町の民を守りたい。なので」


「あ、そういうのいいから」


 問答無用に引きはがされる。格好良いことを言おうと思っていたのに。


「いい、宮子ちゃん。皇家は日ノ本が日ノ本であることの象徴。でもね、それだけでは駄目なの。国あっての民、民あっての国。どちらかが欠けても成り立たない。分かるでしょ?」


「はい」


「一方を護ることが、もう一方を護ることになるの。勿論、大きさに違いはあるわ。でもね、護るということになんの違いもないのよ」


「……」


「貴女は推薦を受けた。つまりこれは、宮子ちゃんに『護ってほしい』という声なのよ。貴女はそれを退ける気かしら?」


「そういう、わけでは……」


「ふふ、ちょっときつい言い方になってしまったわね、ごめんなさい。勿論、私の下で働きたいという気持ちは嬉しいわ。でも、貴女を見てきた私は、貴女にもっと、もっと輝いてほしい。宮子ちゃんには、今よりももっと大きなものを護れる才能があるわ」


 それは最大の後押しだった。恩人にこんなことを言われて、断れるはずがない。

 紙面に目を走らせ、再度、署長を見つめる。


「……分かりました。坂藤宮子、『皇家直属魔導親衛隊』の推薦を受けることに致します!」






「ふぇ? 『皇家直属魔導親衛隊』からの推薦状? はは、なんの冗談だよ」


 設計図と向き合いながら、技師長であるおやっさんから手渡された書状を眺め、返す。

 今大事なのは、新たな四輪駆動車の動力部の構想である。より効率の良いものはないかと、日夜格闘している。そんな万が一にもあり得ない冗談に付き合っている余裕はない。


「いや、これ、本物やぞ」


「……え? 嘘でしょ? 親衛隊ってあれじゃん、すこぶる優秀な人材以外はいらない集団だろ?」


 少なくとも私は、優秀な人間ではない。ただほんの少し、機械いじりが好きなだけだ。


「そのはずなんやがなあ……」


「遠回しでも何でもなく、私が優秀じゃないって言うのやめてくれませんかね、おやっさん」


 その腹の脂で製油してやろうか。


「すまんすまん!」


 しゃがれ声で豪快に笑い、おやっさんはもう一度しげしげと紙面を眺める。


「悪戯じゃあねえしなあ。まさかうちから親衛隊が出るとは……」


 八坂の外れにある、小さな工場。一応、魔導機関の研究開発部に属するが、末端も末端。何百と存在する下請けの一つに過ぎない。資材も機材も乏しい施設である。従業員は、私と技師長、あとたまに技師長の奥さんの三人である。決して高給というわけではないのだが、規則に固められているわけでも、嫌味な上司がいるわけでもない。そして、確かな技量のあるおやっさんのいるここは気に入っている。


「いや、まだ行くと決めたわけじゃあ」


「行かんのか? 給料十倍だし、機材なんかも最新のを自由に使えるみたいやぞ。予算もどえらい額だしてくれるみたいや」


 それはつよい。給料より、機材の魅力と予算には勝てない。


「おやっさん、お世話になりました!」


 こうしちゃいられない。早々に書類を完成させ、皇都への引っ越す準備をしなければ。


「素直なやっちゃな! まあ、お前さんらしいか」


「残念とか寂しいとかないんすか?」


「アホ、もう五十の爺さんやぞ。ほんの少し静かになってありがたいくらいや」


 丸い腹を揺らしながら、技師長が笑う。


「でもまあ、うちの女房が寂しがるかもしれんな。お前のことを娘のように可愛がっとったし」


「あ、そうですね。でもまあ、帝都ですから! そこまで遠くはないんで、何度も遊びに来ますよ」


 自作した速度特化の自動二輪車であれば、一時間もかからないだろう。

 奥さんの漬物は絶品であるし、あれにあり付けなくなるのは私としても辛いものがある。


「さて、と」


 書類を仕上げていく。住所や履歴や資格、そして締めに。


「狩野しずね、っと」





「佐奈! 大変だ、佐奈!」


「……うるさい」


 同僚が半ば悲鳴を上げながら駆け寄ってくる。他に人がいないとはいえ、ここは資料室であるのだから、静かにするべきだ。


「ご、ごめん……」


「それで、なに?」


 開いていた旧文明に関する論文を閉じる。


「こ、これ……」


 瑛良が手にしていたものは、二枚の書状。受け取り、目を走らせる。

 瞠目。目を擦る。自らの額に手を当てる、熱はない。動悸も息切れもない。至って健康体であり、幻覚などではなさそうだ。


「……悪戯?」


「私もそう思ったんだが、この印は間違いなく本物なんだよ」


 皇家直属魔導親衛隊。つまり日ノ本における頂の一つである。憧れることすらおこがましいほどの存在。


「なんで私たちに声が掛かったんだろう……」


「……わからない」


 知り合いに親衛隊がいるなどいうことはない。希望を出したこともない。縁もゆかりもないはずだ。

 正直、驚きや喜びはない。何故という疑問ばかりが浮かんでくる。


「ど、どうする? 希望するか? こんなの一生に一度の奇跡みたいなもんだぞ」


 瑛良の動揺が伝わってくる。それは私も同じだった。 

 今の職場、魔導機関教育部に不満はない。歴史資料管理官は学生時代から希望していた職種であり、十分な給料も貰えている。職場環境も悪くない。だが、それを以てしても、抗えないほどの魅力を感じていた。故に。

 

「……行く」


「ま、まじか? そうか、行くか……じゃあ私もついていくぞ」


「いいの?」


「ああ、私は佐奈の幼馴染だからな。ずっと一緒だ」


 主体性を持ってほしいというのが常々からの願いであるが、何度言ってもこれは私の意思だと返ってくる。

 実際、それに不満を感じている様子もないので、気にしなくてもいいのかもしれない。


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