表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
215/218

12−6 傍らで

 メンゲレは、『日ノ裏』にある此世の施設にいた。日ノ裏はその土地柄が故か、曇り空が多く陰っている。それがまるで太陽の裏にあるかのようと名付けられた土地である。しかし、決して貧しい土地ではなく、多くの金属資源が豊富に眠り、金山、銀山、銅山が莫大な富をもたらしていた。

 そして、魔力による害を多く受けた地でもある。それ故に、此世との繋がりは深い。


 胸中にあるのは形容しがたい程の怒りであった。魔導機関に対しての、そして何よりも自身に対してである。

 相手を敵としてすら見ていなかった。自身とは住む世界が全く異なる未開人。穢多非人、土人の類であると見下していた。取引なんてものをしたのは戯れ。飼い主が畜生に付き合うようなもの。


 それは大きな誤りであった。

 結果は、二十四号には裏切られ、四十八号は死亡し、瞬間移動能力を発現させた信者は行方不明、加え、先日エクステンダーが破壊されたとの知らせが斥候より届いた。


「……はは」


 乾いた笑いしか出てこない。完全に元の世界に戻る術を失った。

 原因は言うまでもない。自分自身が、この世界と向き合わなかったことだ。どんな人が生きているか、どんな文明があるか、どんな思考が、観念があるか。あまりにも無知。それ故の侮り。その結果がこの様である。


 唯一の目標を失い、一度は絶望に沈んだ。だが、それを掬い上げたのは、奇しくも憎き存在、魔導機関だった。


 今までは第三者。偏りはあれど、横から口出しする存在だった。だが、それも終わりにする。

 これからは、此世につく。そして、魔導機関の壊滅、および、魔導文明に終焉をもたらす。魔力に侵されたこの身体がどれほど保つかは分からない。けれども、時間のある限り、足掻く。

 これはきっと八つ当たりだ。こんな世界に来てしまったという不満をぶつけるだけのもの。だが、それがどうしたというのか。いずれも変革は不平不満から生じた揺らぎが漣となり、津波となり全てを破壊した結果である。ならば、同じこと。


 魔力は、我が身体を蝕む悪しきもの。故に、取り除く。


 十分な、大義名分である。

 傍らに立つものはいなくなった。異世界でたった一人、果てしない戦いが始まる。 




 綴歌は、がらんと静まり返った第六十六魔導官署にいた。ほんの数か月前にあった声はもうない。あの賑やかだった日々は、夢幻だったのではないかと疑いたくなる。


 きしりと足音がした。それはゆっくりと階段を昇り、扉の前で止まる。そしてゆっくりと開かれる。立っていたのは、かつて姉と慕った存在。


「仄さん……」


「久しいな、綴歌」


 変わらぬ氷のような印象を抱かせる彼女は、魔導官服ではなく、動きやすさを考慮した異装を纏っている。


「今更何のようでして? 謝罪でもなさると?」


「いや、そんな中途半端はしない。私は、私の意思で『此世』についている」


 彼女の特等席であった場所に腰を下ろす。


「……先日、実家を燃やしてきたよ」


「なっ」


「ふふ、眉月家もこれで終わりだ」


 その顔はひどく穏やかだった。


「どうして、そんな……」


「私は、両親が好きだった。憧れていた。いつかあの二人のような魔導官になりたいと、ずっと思っていた。幼い頃はな」


 眉月家は代々優秀な魔導官を輩出してきた名家である。魔導官の歴史書を見れば、その名を見ることが出来るほどだ。


「だが、それは叶わなかった。私は、魔導が使えない出来損ないだそうだ」


「出来損ないだなんて……確かに魔導は使えませんが、仄さんには唯一無二の異能が……それに知識だって……」


 魔導官学校を首席で卒業した才女である。決して出来損ないなどというものではない。


「だが、両親はそれを認めなかった。どれほど頑張っても、結果を出しても、両親は私を認めない」


 自らの掌を見つめ、弱々しく続ける。


「憧れというものは、簡単に裏返るものなのだな。気が付けば私は、両親に嫌悪感しか抱いていなかったよ。そして、魔導を強く恨んでいた。だって、おかしいだろう? どうしてこんな生命を蝕むような力に感謝しているんだ? 魔力があるから我々は五十年で死ぬ、魔力があるから不浄が生まれる、魔力があるから……差別される。そんなもの、ない方がいいに決まっているじゃないか……これが、私が反魔力団体に加わった理由だ」


 綴歌はそれを聞いていることしか出来なかった。

 此世が出来た理由は既知であるが、それと仄の思考は完全に合致していた。


 被害を大きく受けたがために、それを忌避するようになる。生物として何も間違っていない。否定することは出来ない。


「……だが……ああ、篠宮を死なせてしまったことは……辛いな。あの子も、お前も……決して嫌いではなかった」


「……そう……きっと、彼も喜びますわ。なんせ、篠宮さんは貴方を好いていましたから」


「! そうだったのか……鈍いな、私は」


 穏やかな時間だった。敵対する者同士であるのが嘘のような、嫋やかで静謐とした空間。それを仄が破る。


「綴歌。今日お前を呼んだのは他でもない。これが最後の機会だからだ」


「最後?」


「ああ。此世の総本山は魔導機関によって掌握されたが、大本山、本山はまだある。そして、そこにいるのは血の気の多い連中ばかりだ。おそらく一年、あるいは二年内で魔導機関を破壊せんと動き出すだろう。私は、此世の人間だ。お前たちとは敵対する」


 帰ってきてほしいという思いはある。けれども、それは出来ない。彼女は裏切り者であり、仲間を失うきっかけになった存在なのだ。

 幼少からの付き合いがある。故郷の思いでの傍らには、常に彼女がいた。だからこそ、甘さが出てしまう。それを振り払う。


「でしょうね、ならば……その時は私が貴女を討ちます」


 その言葉に、仄は満足したように笑い立ち上がる。踵を返し、綴歌に背を向けた。


「……ああ、相手になってやる。遠慮はしなくていいからな」


「ええ、言われずとも」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ