12−1 傍らで
「ふうううう……」
四度目の鮮血が舞った。華也の左腕に、新しい傷が刻まれる。回復魔導で治療はしているが、赤黒く変色し、大きく膨れ上がっている。
痛み以外の感覚もないだろうに、未だ華也の戦意は衰えていない。
「なんなんだ、お前は……」
四十八号は、その様に後ずさる。
捨て身とでも言えば良いであろうか。もはや、生存することを諦めているような敵に気圧される。
超能力である『サイコキネシス』、異能である『衝撃』、そして、不浄化による身体能力の向上を経ている。スペックではこちらが明らかに上であるだろう。だというのに。
「死ぬ気、なのか?」
「何を馬鹿なことを。生きる気ですよ」
魔導兵装を構える。強化の魔導がさらに強まる。
「魔導官は、人々を守る存在……如何なる相手にも臆さず、慄かず……戦う!」
距離を詰める。四十八号の昆虫のような甲殻に覆われた腕に深い切り傷が生じる。明らかに威力が上がっている。
「そして!」
「このっ!」
四十八号が蹴り上げるが、それをいなし、肘鉄を顎部に叩きこむ。
不浄と言えども、人型。それ故の欠点。脳が大きく揺さぶられ、四十八号が膝をつく。いわゆる脳震盪である。不浄の再生能力ならば傷など些細なものであるが、こればかりは違う。治そうとして治るものではない。
「これで、終わりです!」
右腕を高く掲げ、首筋目掛けて振り落とされる。
だが、鮮血が飛散ることはなかった。華也の右腕をそっと包む手がった。
「……待った」
「っ!」
何の気配もなく現れた存在に、一瞬身体が強張るが、その声を聴き、精神が和らぐのを感じた。
「その手を、汚してほしくないな、自分は」
「……六之介様」
六之介ともう一人、何やら重厚な被り物をした人間が立っている。そしてその背後には、金属製の巨大な箱が鎮座していた。
「くっ!」
脳震盪の治まった四十八号が飛び跳ね、距離を取る。蓄積したダメージを癒すべく、瓦礫の陰に身を隠す。
華也だけでも厄介だと言うのに、六号が現れた。戦う態勢を取り戻さねばならない。
「全く、病人がなんだってこんなところに……あーあー、腕傷だらけにしちゃって」
「あ……すみません、ですが……痛っ!」
脳内麻薬による痛覚遮断の効果が薄れたのか、小さく悲鳴を上げる。
同時にふらりと重心が乱れ、六之介の胸元に倒れ込む。受け止めると、安心した様な顔で静かに寝息を立て始める。
「眠気覚ましとはいえ、やり過ぎだな……ん?」
道路の向こうから、乱雑な運転をする一台の車両が現れる。何度か乗車したそれの運転席には、見慣れた赤髪の少女がいた。
瓦礫を履み、時折跳ねながらもこちらに近付いてくる。
「六之介さん!」
「やあ、ただいま」
気の抜けたような声だった。
「お、おかえりなさい……ではなくて! 帰ってきましたのね! それで、成果は!?」
「ふふん、自分がこなせないわけないだろう」
胸を張ると、綴歌がほっと溜息をこぼす。
「それでね、綴歌ちゃん。華也ちゃんと、そこにいる変なの、あと後ろの箱を運んで貰いたいんだけど」
「え、ええ、それは構いませんけど……」
車は軽トラックのような形状であり、荷台がある。そこに箱は乗るだろう。鋼鉄と樹脂で覆われたコンテナの中にある医薬品、酸素ボンベ、食料品、飲料水、気密服は緩衝材で何重にも保護されており、仮に横転しても傷一つつかない。
「じゃあ、よろしく。あと、あれは井伊奈月恵っていう、まあ、自分の親みたいなもんだ。育ての人は別だけど。今日ノ本で起こっている『昏睡病』は彼女なら治療できる。なんとしても守ってくれ」
「それは、責任重大ですわね」
「やれないの?」
「やれないとでも?」
お互いに噴き出す。
あふれ出る自信が、なんとも頼もしい。
「六之介さんは?」
「四十八号がいるからね。それを片付けてからかな」
「承りました、決して無理のないように!」
綴歌が二人を車内に乗せ、六之介は瞬間移動能力でコンテナを荷台に移動させる。ゆっくりと確実に動き出し、小さくなっていく車体を見送る。
恵に対して不安はあるが、あの二人に任せれば大丈夫という確信がある。恵自身に対しても、管理者という立場であるが、メンゲレ達とは異なり常識的な良心もある。憎たらしいが信頼は出来るだろう。
「……二人とも、今までありがとね」
面と向かっては言えなかった言葉を、ため息と共にこぼす。なんともあっけない、今生の別れになったものだ。最悪のコンディションをやせ我慢で隠していたが、どうやら四時間も生きていられないようだ。自らの背に忍び寄る確かな終焉を感じ取る。
そして、もう一つ。通信機を手に取り、スイッチを押す。
雑音の向こうで亜矢人の声が聞こえた。
「稲峰君、結果は?」
「無事成功です。御剣中央病院に向かっています」
「感謝する! よし、これから攻勢だ!」
ぶつりと通信機を切る。これで自分の役目はあと一つである。
窓硝子に映る影があった。
幾度となく見た、血濡れの世界で立っていた少女が待ち構えている。これはきっと幻覚なのだろうが、その姿は紛れもなく麻耶のものである。目元は髪で隠れて見えないが、じっとこちらを見ている。
「……もうすぐそっちに逝くから。そしたら好きにしてくれていいよ」
そう呟くと、麻耶の姿は消える。
入れ替わる様にして、四十八号が姿を見せた。




