11−12 彼方にて
「さて、じゃあ今日の話は……」
「……何があったか、聞かないんだ?」
普段となんら変わりのない六之介の物言いと態度に、麻耶自ら話を振る。無理に詮索されるのも気分は悪いが、かといってこの胸の奥にある淀みを吐き出したいというものも強かった。我ながらわがままな性格をしていると嘲笑する。
「ちょっとは気を使ったつもりだけど」
「……ありがと」
意外と優しい所があるということに少々驚いた。普段は自分の事しか考えていないような雰囲気であるがためになおさらだ。
だが、よくよく考えてみれば祖父との約束だからと、二週間も毎晩話し相手になっている当たり、これが本質なのかもしれない。
「……あんたはさ、言われたくない言葉ってある?」
「んー、まあ、悪口全般かな。でもそういう意味じゃないんだろう?」
不快になる程度ではなく、もっと心の奥深くをえぐる言葉。
何もかも見通していると言わんばかりに、胡坐をかき頬杖をつく。
「……うん。私はね、『いらない』って言われたくなかった」
熱りが冷めてなお、その言葉は毒を放っていた。口にしただけで、身体が奥から凍り付くような錯覚がある。
何故、この言葉が私にとって大きなトラウマとなっているのかは分からない。ねだっても『いらない』と一蹴されたぬいぐるみが故か、やや傷んでいたがお気に入りだった洋服を『いらない』と捨てられたが故か。それとも、父の事を尋ねた時『いらない』と吐き捨てる様を見ていたが故か。
「……私は、どうしたらいいんだろう」
何がしたかったのか問われれば、母ともう一度暮らしたかった。決して上等ではなかったかもしれないけれど、それでも母の手料理が食べたかった。また共に眠りたかった。笑いながら話がしたかった。けれども、それは二度とかなわない。
気が付けば、両目から涙がこぼれていた。帰宅後、散々泣き喚いたというのに涙は枯れないようだ。
「どうと言われてもね。切り替えろって言うのは簡単だけど、当人からすりゃ難しいんでしょ?」
首肯すると、六之介は頭を掻く。
「じゃあ、トラウマと付き合って、強くなるしかないね」
「きついなぁ」
「何言ってんの。支えてくれる人がいるでしょうに」
自ら距離を置いていた二人の姿を思い出す。
「……君は?」
「む?」
「君は、私のことを支えて、それで、必要としてくれる?」
腕を組み、唸る。畳の上にペタンを腰を下ろす麻耶をじっくりと観察する。
「……現状は何とも言えん。いくらなんでも小汚な過ぎて、その段階に至っていないぞ」
幽霊のように伸びた髪、死人と見紛うばかりの青白い肌、濃い隈のある目元。小突くだけで折れてしまいそうなほど、やせ細った四肢。支えるも以前に、自壊してしまいそうですらある。
「……そこで、『必要』と言わないのが……君らしいというか」
「素直なだけだ。ほれ、まずは風呂だな、あと、爺ちゃんと婆ちゃんにしっかりと謝りなよ。ついておいで」
誰かに手を握られたのはいつ以来であろうか。それ以前に、同年代の男の子に触れたことすらない。
きっと緊張であろう。顔に一瞬熱が走り、心臓が高鳴った気がした。
それから―――。
祖父母は、私の変化にほんの少し驚きながらも喜んでくれた。話しを聞く限り、どう接すればよいのか、何を話せばよいのか分からずにいたという。それは私も同じであったが、六之介の後押しもあり意を決して言葉を交わせば、何ということはない。泣きたくなる程優しい二人だった。
私の親は、この二人ではないと意地になっていたのが馬鹿馬鹿しく思えてならなかった。




