表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/218

10−10 異変

 その異変は、七香村という場所で起こっていた。


 それに気が付いたのは、隣にある『朝日町』に住む人々だった。その地に駐在する魔導官、稲瀬睦美信兵は十年もの歳月をこの町で過ごしていた。


 役場につとめる稲瀬和雄と結婚したのは六年前。現在でも仲睦まじく、愛する二人の息子、三人の娘に囲まれ、幸せな日々を送っている。生まれ故郷は別だが、この地で骨を埋めるのは間違いないだろう。


 通い慣れた八百屋で夕飯の食材を選んでいると、店主が慌ただしくこちらに駆けてくる。


「睦美ちゃん睦美ちゃん」


「どうしたの、山中さん」


 もう六十近い山中ハルは噂話が大好きであり、無数の情報網を駆使しあらゆる事柄を仕入れてくる。普段であれば、子犬が産まれた、お隣さんが笑い茸を食べたなど、微笑ましいようなものだが、今日の内容は異なっていた。


「なんだかね、七香村のお客さんが最近来ないのよ」


 七香村は朝日町の隣にある集落であり、香草の栽培、販売を主な商いとしている。決して生活に欠かせないというものではないが、娯楽としての需要があるのは確かである。


「ああ、確かにそうかも。行商人さん、しばらく見てないなあ」


 毎日のように見かけていたのに、ここ一週間ほど目にした記憶がない。


「でしょう? だからね、もしかしたら不浄なんじゃないかって」

 

 確かにその可能性はある。しかし、降臨現象が確認されていない。頻出期の直後故に、どこからか流れてきたのであろうか。


「うん、わかった。すぐにでも見てくるね」


 確認をするだけであるならば、上からの指示を待たなくてもよいだろう。



 七香村は車で二十分ほどの距離にある。決して遠くはないが、徒歩だとやや骨が折れる距離である。朝日町魔導官署に所属する運転手を車内に待たせ、七香村を一望できる高台に上がる。ひんやりと肌寒い風が吹き、紅葉が揺れる。どこかで鳥のさえずりが聞こえる。

 穏やかでのどかないつもの景色だ。しかし、違和感があった。


 畑だ。丁寧に植えられ育てられた秋野菜、カボチャやゴボウを始めとするものが『収穫されていない』。多少は残すということは十分にあり得る。しかし、これは完全に放置と言って良いだろう。いずれもが食べ頃、もしくはそれを過ぎている。冬を前に食料の備蓄をしないなどあり得ない。


 坂道を駆け下りると、ますます違和感が際立つ。


 静かすぎた。


 昼過ぎ、村人たちが午後の仕事に繰り出す時間だ。だというのに動きがない。

 まさか本当に不浄だろうかと一瞬冷や汗が流れるが、魔力量は正常であり、抵抗の痕も見られない。戦闘があったとは考えにくい。


 この村には何度も訪れたことがあるが、これほどまでに寂寥に包まれていることは初めてだった。

 周囲に注意しつつ、村長の家へと急ぐ。


「村長……村長? 入りますよ?」


 玄関は施錠されていなかった。これ自体は珍しいことではない。

 立て付けの悪い扉を開くと、そこに広がっていた光景は―――凄惨でも壮絶でもない。生活の色がそのまま残っている。ただ、そこに熱も色もない。氷の中にあるような静けさをたたえていた。


「村長!」


 睦美よりも二回りほど小さい老齢の男性が土間で倒れ込んでいた。慌てて駆け寄り肩に手を当てれば、彼がこと切れていることが分かった。家の奥では、村長の伴侶も置物のように転がっている。生死を確認するまでもない。

 幸い、夏場ではないため腐敗はない。虫も湧いていなかった。


 二人を抱え、そっと布団に並べる。本来ならば警察の仕事かもしれないが、放っては置けなかった。


 いったい何が起こったのか。二人とも六十を超える高齢であった。いつ寿命を迎えてもおかしくない。しかし、だからといってこんなことがあり得るのだろうか。

 どちらかが先に倒れたのならば、当然、片方が介抱するだろう。だが、それが見られなかった。考えられることは三つ。殺害されたか、夫婦仲が険悪であったか、同時に亡くなったか。


 殺されたという可能性だが、それはないだろう。まず外傷がない。毒という可能性もあるが、喀血や苦しんだ痕もない。


 夫婦仲が険悪であった可能性。どちらかが先に亡くなり放置していたが、そのうちに自身も、というものである。これも考え難い。まず村長の夫婦仲はよそ者から見ても良好であったし、何より人が亡くなり、姿を見なくなればちょっとした話題になるほど小さな村である。


 となれば考えられるのは、三つ目。同時に亡くなったというものだろう。


「……いや、ちょっと待て」


 自身の思考に戸惑う。決して頭の良いわけではない。それでもおかしい。

 亡くなっているのは村長とその奥方であり、七香村の中心人物だ。当然、一日姿を見せなければ家を訪ねる人はいるだろう。だというのに放置されている。何故だ。まさか村人総出での犯行だというのか。否。そうであれば死体は隠すはず。


 ざわざわと胸の奥で蠢くものを感じる。


 慌てて村長の家を飛び出し、隣の家に入る。やはり鍵はかかっていない。そして、広がる光景は。


「……嘘でしょう。まさかそんな……」


 一軒、また一軒と同じことを繰り返す。そのたびに睦美の顔はだんだんと青ざめていく。

 気が付けば、日は陰り、空が血のように赤く染まっていた。どこかで烏があざ笑うように鳴いている。


 浅い呼吸を繰り返しながら、頭を抱える。


 こんなことが、あり得るのか。


「みんな……死んでる……!」


 七香村の総人口は八十九人。その全員が変わり果てた姿となっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ