3−6 おまけ
久々の休日、華也は御剣市三ノ二通りにある店を訪れていた。魔導官服ではなく、白地に菖蒲が描かれた長着に藍色のはかま姿、桜色のリボンという出で立ちである。赤い信玄袋を片手に歩く姿は百合の花のごとく美しい。
ここはいわゆる雑貨屋であるのだが、陳列されている品々はやや異質なものである。色あせた食器、解読不明な掛け軸、ひび割れた陶器など、いずれもが時代を感じさせるものばかりである。加え、日ノ本で作られたものにしては造形が荒く、配色や造詣が奇抜なものであった。
久多良木雑貨と呼ばれるこの店は、海外からの輸入品や遺跡で発掘された品を扱っている。
「店主様、今日は何か入りましたか?」
「あー、そうだなあ」
煙管をくわえながら、眠そうな目をしている女性は久多良木和という。皺だらけの黒い作務衣に格子模様の羽織を纏っている。伸ばしっぱなしの灰色の髪と金色の瞳は、猫科の動物を連想させる。
入荷、売買された商品を記述した記帳をぱらぱらと眺める。いくつかめぼしい物があったのか、筆で印をつけていく。
「んー、とりあえず三つかな。『い』の『二十一』にあるよ」
久多良木雑貨は、棚ごとに『い』『ろ』『は』と分けられており、その棚ごとに数字がふられている。
『い』の『二十一』は店の隅の中央付近である。
華也は迷うこともなく、たどり着く。そこには二冊の本が乱雑に置かれていた。カラフルな表紙にモノクロの写真が合成されている。
ぱらぱらとページをめくる。内容は新聞の切り抜きをまとめたような雑多なものであり、既製品には思えない。写真はぶれたものやぼやけたものばかりである。しかし、それを恋人が映された写真であるかのよううっとりと眺める。
「そんなん何で欲しがるかねえ」
和が心底理解できないと本を覗きこむ。
「だいたい、あんた読めないんでしょ、それ」
「ええ、まあ」
書かれている文字は西洋の文字である。日ノ本語ではない。
「まあ、うちとしては買ってくれるだけでありがたいんだけどねえ」
こんなもの買ってくれるのは華也だけであるし、彼女のために仕入れている。
「いつもありがとうございます。おかげで楽しめています」
丁寧にお辞儀する。
「で、もう一個は、足元ね」
華也の足元に、縦横厚さほどの木の箱が置かれている。取っ手が設けられており、手に取るとずしりと重い。魔導兵装『陽炎』に匹敵するほどだ。
真鍮製の留め具を外し、開く。そこには平たい棒状のものがおよそ百本、賽子が四つ、精密な彫刻のなされた牌が陳列されていた。
「……なんでしょうか、これは?」
牌を一つ手にとる。ずしりとしており、表面には大きく円状に模様が彫られ、背面は濃緑色になっている。
「さっぱり分からん、だから売るにも売れん。遺跡で見つかった物の一つらしいんだけど」
「へえ……でも綺麗ですね」
損傷も汚れもほとんどない。じっくりと眺め、指先でなぞる。
「ほしけりゃ言いな」
「ほしいです」
即答かよ、と苦笑する。
「じゃあ、値段は値札の通りだ」
本は二冊で二十セン、このよくわからない彫刻は千五百センだ。魔導官の月収が三十万センであるため、価格は問題ない。
「いただきます」
信玄袋から財布を取り出した。
「はあ、疲れましたわ」
綴歌が大きく伸びをする。日は傾き、御剣の街を朱く染めている。常夜灯や提灯には火がともり始め、ぼんやりとした明かりがこぼれる。
時刻は6時半。緊急事態にでもならない限り、魔導官の仕事はこれで終わりである。
「お疲れさま」
「副署長も、ですわ」
隣を歩くのは仄である。
彼女らは松雲寮に住んでいるため、必然的に帰路が同じになる。
「夕飯はどうする?」
「惣菜を買って済ませますわ。華也さんの料理を見ると、作る気が失せますもの」
それもそうだなと仄が笑う。
決して彼女らが料理を不得手としているわけではない。魔導官学校を出ているのならば、ある程度の家事はこなすことができる。それでもやはり華也の家事能力は突出していた。
魔導官学校は五年制である。初めの二年は自宅や寮、下宿だが、それ以降は学校が用意した施設で班ごとに生活をするようになる。これは僻地での生活や不慣れな空間で過ごすことに慣れるためであるという。
食料は供給されるが、調理はされていない。そのため魔導官候補生たちは自ら腕をふるい、必要な栄養を摂取できるようになる必要があった。
「新しく唐揚げ屋ができたらしいぞ、行ってみるか?」
「それはいいですわね、行きましょうか」
この二人は生まれが同じ土地であり、幼少から互いを知る仲である。そのため、一般的な上司と部下の関係というよりは、姉妹といったほうがしっくりくるだろう。
仄の案内の元、店にたどり着き、注文する。女性であれば油や肉を控えめにしたりするかもしれないが、職業柄そうはいかない。魔導官は肉体が第一である。いざというとき、栄養不足でふらふらでした、など笑い事では済まされないのだ。
しっかりと食べ、筋肉をつけ、力を蓄えておく。これが大原則である。
成人男性と同等かそれ以上の品を手に帰路に就く。包みからは香ばしい匂いがする。
たしか冷蔵庫に野菜類の在庫はあったはずである。あとはそれを副菜としよう。
そんなことを考えながら、松雲寮に到着する。
「あら」
「む」
綴歌と仄である。
「あ」
華也である。
「んあ?」
六之介である。
見事に四人が同時に寮の前で出くわす。
皆が皆、各々の手に何かしらを持っている。
「ありゃ、お二人さんおそろいで?」
「私達は仕事帰りだ。鏡美義将は?」
「私は趣味の品を少々……」
ずしりと重そうな風呂敷を見せる。
「何入ってんのそれ、随分重そうだけど」
「雑貨店に入っていたものです。用途は……分かりませんけど」
風呂敷から牌を取り出す。綴歌と仄は小首をかしげるだけだったが、六之介は反応を示した。
「麻雀牌じゃん」
「まあ、じゃん?」
「あれ、知らないの?」
三人が首を横にふる。
この時代にはまだ伝わっていないのか、それとも知らないだけか。判断はできない。
「テーブルゲーム……卓上遊戯の一つだよ。牌を配って、役……勝ちの条件をつくる遊び」
六之介も詳しいわけではない。ルールくらいは知っているが、何度か遊んだことがあるだけである。
「へえ、そうなんですか。じゃあ、あとで教えてください」
「それはいいけど、やるには四人必要だよ?」
六之介と華也だけでは成り立たない。
「だったら我々も混ざろうか?」
仄が提案する。こういうことに混じるタイプではないと思っていたのだが、そうでもないのかもしれない。
実際、暮らしてみると夜間が退屈なのだ。テレビもなければパソコンもない。本はあるが、文字を完全に把握していない状態ではひどく疲れる。
彼女たちも似たようなものなのだろう。
「じゃあ、お願いします。そうですね、夕飯食べたら自分の部屋に集まりましょうか」
「了解だ。ああ、それと唐揚げがある。二人もつまむといい」
「ありがとうございます」
「あ、自分も団子もらってきてるんですよね。これも良ければ」
今晩の食事は賑やかなものになりそうだ。




