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10−4 異変

 ついにその時がやってきた。

 臨地実習十日目、三色娘たちが魔導官署での事務仕事にも随分と慣れ、六之介の助言を乞うこともなくなってきた頃。

 昼過ぎに一本の電話が入った。電話は高級家電であり、一般の家には普及していない。所有しているのは魔導機関をはじめとする行政機関が主だ。つまり。


 綴歌が受話器を取ると、一分にも満たないやり取りを終える。その表情はかたく引き締まっている。


「……不浄です。出撃準備を」


 御剣郊外にて、狩猟中の猟師が巨大な生物を目撃した。それは少なくとも四本以上の脚を持ち、ゆっくりと竹林を歩いていたという。伝えられた情報はこれだけであるが、頻出期直後、そして都市の周辺となれば不浄の可能性が極めて高く、魔導機関総司令部は第六十六魔導官署へ指令を発信した。


 署の隣に駐車してある自動車に乗り込む。荷台には魔術具や医療器具、食料品が積まれている。


「どうする? 誰か残る?」


「では華也さん、お願いできますか。六之介さんでは少々不安ですので」


「わかりました。無茶のなさらないよう」


「ちょっと待って。不安ってどういうこと? ねえ、ちょっと」


「では、皆さん乗り込んでくださいな」


 実習生に指示を出す。顔は強張っているが、覚悟はできているように見える。


「ちょっと……って、運転手は?」


「私が運転します」


「免許持ってるの?」


「ふふん、ひそかに取っていたんですよ。なんと、自分で運転すれば酔わないんですわ!」


 多々羅隧道での事件を思い出す。確かにあの時はひどい車酔いになっていた。


「さあ、飛ばしますわよ!」


「安全で運転でよろしくね」


 助手席に乗り込み、シートベルトを着用する。

 

 よくよく考えれば、今までは自分が一番の新人であった。だが、今は後輩と呼べる存在がいる。今までに経験したことがない奇妙な感覚に戸惑う。

 自分に何が出来るのだろうか。戦い方、魔導の使い方、不浄に対する対応の仕方、それらは受験の際に学んだもの。つまりは彼女らにとって既知であるものだ。自分だけが持つもの、自分だけが伝えられるものは何だろうか。



 御剣を出て、三十分程。三杉という区域に到着した。

 

「これはこれは、見事な竹林だね」


 竹林というより、もはや竹『森』と呼んだ方が適切ではないかというほどに、広範囲にわたって竹が多い茂っている。次期的なこともあってか、やや茶色く枯れているが夏頃に訪れればさぞ見事な光景だろう。


「六之介さん、魔術具などは?」


「もう揃えてるよ、医療器具も」


 綴歌と三色娘は、それぞれに魔術具、魔導兵装、脛当て、手甲、帷子を装備している。綴歌の装備が普段よりも過多であるのは、後輩たちを守るためであろう。

 目撃のあった場所は、丘の中腹あたりである。


 鬱蒼と茂る竹を掻き分けながら、周囲の警戒を怠らずに進んでいく。

 まず異変に気が付いたのは左面を見ていた翡翠である。


「あのぉ、先輩、あれ」


 指さす方には動物の死骸。おそらくは鹿だろう。ただ、その死に方が異様だった。残っているのは毛皮と骨のみ。それだけなら肉食獣による可能性もあるが、この死骸は身体のどこにも食われたような跡がなかった。

 死後三日といったところだろうか。気候の恩恵で、腐敗が少なく観察が容易だった。


 空気の抜けた風船のように変わり果てた鹿を調べる。率先して手を動かしていたのは、藍である。素早く手を動かしながら、情報を手帳に記していく。淀みなく動いていた手がぴたりと止まる。右後脚だった。


「稲峰先輩、ここに妙な傷があります」


「どれ」


 体毛を掻き分けると、確かに妙な傷がある。親指程の太さの円形の傷だった。槍で刺突されたような形状である。だが、刺されただけではこうなることはない。


「なんでしょうか?」


「刺突痕か。とりあえず、ここらへんを中心に捜索してみようか」


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