9−30 友
魔導にせよ異能にせよ、その効果の発現は使用者のイメージに大きく左右される。
「ふっ!」
一閃。不浄の太腿に深い裂傷が刻まれる。
柔らかい。
まず感じたことだった。先ほどまでの弾力性が嘘のように、切り裂くことが出来る。まるでバターや粘土を相手にしているようだ。
六之介がイメージしたものは超音波振動メスであった。刃を高速で振動させ、物質を切断する道具である。それは絶大な効果を生んでいた。
五樹の異能を比較すると振動数が桁違いとなっており、六之介の未熟な腕を補うには十分なものとなっている。ただの刀身であれば瞬く間に刃こぼれしてしまうが、魔導によって強化された刃は砕けない。
そして、異能の発現は更なる力を彼に授けていた。
不浄の咆哮が、自身の剣激音が、雨粒の滴る音が、それらが反響、六之介の耳に入る。その情報から距離、方向、大きさが手に取る様に分かる。
エコーロケーション、反響定位と呼ばれる能力が目覚めていた。それによって六之介の瞬間移動範囲は可視範囲を遥かに超える、可聴範囲となっていた。目に見えない場所、つまり地下や物陰、背後、あらゆる場所への瞬間移動が可能となったのである。
それだけではない。
不浄の内部が『見える』のだ。医療で用いられるエコー検査と考えればよいだろう。臓器の位置、向き、動き、形が見て取れる。それが意味することは。
「……あった!」
体内に巨大な卵のような組織がある。その中には膝を抱える様にして眠る人間、『核』が見えた。人体でいう右腎の位置である。
背部に回り込む。が、不浄の右腕がそれを拒む。遠心力をつけた一撃は文字通り、必殺のもの。速度、質量ともに人間はおろか他の不浄ですら殺傷可能だろう。ただし、それはあくまで直撃すればである。
筋肉の収縮、弛緩を目視、腕の動きによる音からの『聴』認は、未来予知に近い能力となっていた。どこに来るのか分かっているのならば、当たることはない。
躱し、吶喊する。
横一閃にて皮膚と皮下組織を断つ。縦一閃にて標的を露呈させる。止め、刺突にて。
何の抵抗もなく入った刃は、確実に核を穿った。
不浄は動かない。しかし、その肉体から徐々に力が抜けていき、終にはその場に崩れ落ちた。先ほどとは違い痙攣すらせずにその四肢を投げ出している。
―――――終わった。
ほうと息を吐き出し、刀を収める。同時に六之介が膝をついた。全身の痛み、疲労感、あるいはそれ以外か。
相変わらず止みそうもない曇天をぼんやりと眺めていると、ふと青色が顔を覗かせた。神域が残る今、青空は見えないはずだ。ならば。
「華也ちゃん」
「はい」
彼女の髪だった。こんな空模様だからか、なんだか青色が眩しくて仕方がない。
眼をそらすようにすると、言葉がこぼれた。
「どうしてもさ、分からなかったんだ」
これを言って何になるのか、自分には分からない。だが、どうしても吐き出したかったのだろう。
「五樹が、いや、君もだけど、自分の命をかけてでも他人を救うって意味が、分からなかった」
その結果、彼は死んでいった。
「でも、今、なんとなく分かったんだ」
胸の中にあったどす黒く重たいものが、少しずつ、吐き出すたびに薄くなっている気がした。
「八坂で御剣の事聞いて、すごく……怖かった。また誰かがいなくなるのかって。昔は、自分が無事なら何でもよかった。他人の事なんて知ったこっちゃないって思ってた癖にね。だから、なんだろうね。君達が必死になって、他人のために戦えるのは」
はあと大きく息を吐き出し、華也の顔を見つめる。
「こんな立ち上がれもしない状態で言うのも恰好つかないけど……本当に、無事でよかった……む、う」
言い切らぬうちに、ぎゅうと柔らかな感触とぬくもり。甘い匂いがする。
抱きしめられていると感じるまで時間がかかったのは、疲労感が故だろうか。
「……あの時、動けなくて、諦めてしまってごめんなさい、私は……」
「んー、仕方ないんじゃない? あんな状況だもん。むしろ、良かったよ。死なばもろとも突撃ーとかやられなくてさ」
咎める気も、責める気もない。なんせ、彼女も十分にボロボロだ。あちこちに傷があり、未だに出血が止まっていない箇所もある。
「ですが……」
「いいってば。それより、ほら、いい加減雨の当たらない所にいこうか。これ以上身体が冷えるのも良くないしね」
手を取り立ち上がる。改めて見れば、傷だけでなく魔導官服もぼろぼろだった。新しい物を買わねばならないだろう。この事件の処理もしなければならないし、報告書も必要だ。今後の事を考えると頭が痛くなる。
華也の顔は浮かないままだった。自責の念に駆られているのだろう。
「ほら、そんな顔してたんじゃ折角頑張った自分が浮かばれないでしょ。それに、そうやって落ち込むってことは自分の失態が分かってるってこと。ならいくらでも改善できるさ」
その言葉に救われたように華也の表情が緩む。その顔を見て、もう一度、ああ、本当に間に合って良かったと心から感じた。
腰に携えられた刀をちらりと見る。まだそこにあることに違和感はある。それでも、なんだか馴染んできたように思える。
柄にそっと指を当て、瞼を降ろす。
胸中にある思いは一つ。ただ亡き友への感謝だった。




