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9−28 友


 雨足が激しくなってきている。

 魔導官服は水分を弾く素材でできているが、それでもじっとりと重たくなっている。


 華也は指示通りに動いている為この場にはいない。後ほど合流した綴歌にも同様のことを伝えている。つまり、不浄と戦っているのは六之介のみであった。

 肩で大きく呼吸をしながら、敵を誘導しつつも攻撃を加えていた。


 しかし、小さな切り傷は付けども、致命傷にはなりえない。それどころか、時折放っている礫によるダメージによって、六之介の身体機能は奪われていた。


 発現している『超能力』はサイコキネシスと見て間違いない。それもかなりレベルの低い代物だ。サイコキネシスは本来であれば万能の能力である。物質を飛ばしたり、捻じ曲げたり、想像力次第で多くの現象を引き起こせる。しかし、この不浄がすることは瓦礫を浮かせ、飛ばすことだけ。力の使い方としては初歩的だ。しかし、それが脅威となっている。

 超能力強さは自身のイメージに大きく起因する。例えば、サイコキネシス能力であれば、いかなるものでも浮遊させることが出来る、ということはない。ある程度の重さの限界があるのだ。その限界の基準となるのが、超能力者の『無意識』である。つまりは質感、材質、状況、固有名詞などから察してしまう『重さのイメージ』。例えば数百キログラムもある小石を動かすことは出来るが、数グラムしかない大岩は動かせない。


 しかし、不浄にはそれがない。思うがままにその能力を行使できる。

 拳大ほどの瓦礫から、自動車、自転車、路面電車がふわりと浮かび上がり隕石のように降り注いでくる。六之介の能力を駆使すれば回避は容易い。しかし、その重圧は並大抵ではなく彼の体力を確実に奪っていった。


「はあ……はあ……くそ」


 ただでさえ体力が減少しているというのに、この長丁場は堪える。

 格好つけて登場したというのにどうにも様にならないじゃないかと、苦笑した。


 不浄は一歩、また一歩と近付いてくる。巨体故に運動能力は高くないようだ。そもそも五メートルを超える身長で二足歩行には無理があるのだ。重心が高いうえに、二本脚で体重を支えるのには負荷がかかりすぎる。

 

 目的の場所までは二十メートル近くある。能力を使えば一瞬なのだが、それはできない。作戦のためにある程度の『時間』が必要だ。

 

 直ぐ真横に路面電車が叩き付けられた。硝子が砕けちり、頬を掠める。回復の異能を用いれば、傷も痛みも瞬く間に消える。不浄の組織を取り込んでから魔力の制御と出力が向上している。

 予期せぬ作用だが、未熟な自分にとってはこの上なくありがたい後押しであった。


 跳躍し、膝を斬り付ける。

 切断した感触よりも、ずんと鈍痛が伝播してくる。特殊な加工がなされている為か、刃こぼれも刀身の歪みもない。切れ味は健在だ。なのに斬れない。

 皮膚自体の耐性もあるだろうが、最も大きな要因は己の腕であろう。

日本刀を手にした期間は極僅かだ。振るった回数も千に満たない。握り、振るい方を教わったのは一度きり。基本など知りもしない。

 主兵装とするには、あまりにも未熟。もはや戦闘を舐めていると言われてもおかしくはない。だがそれでも、この魔導兵装を持たなければならなかった。


 友の形見を自ら継いだ。本来であれば親族が受け取るであろう物を、赤の他人である自分が手にした。その意味は、明白だ。


 彼のように戦うのだ。彼のように守るのだ。彼のように、なるのだ。


 だというのに、遠い。あまりにも遠い。模倣して武器を振るっても、格好つけて登場しても、彼のようにはなれない。初めは小馬鹿にしていた存在が遠い。遥か彼方に感じられる。それがどうしようもなくもどかしい。


 奥歯を噛み締めながら後退する。気が付けば、立ち入り禁止区域にいる。

 無数の角ばった小石が転がり、等間隔に並べられた枕木、敷かれた二本の鋼鉄には無数の傷が刻み込まれている。

 振動が足元から伝わってきた。甲高い汽笛の音がする。


 彼女らは『動かしてくれた』ようだ。あとはぎりぎりまで粘るだけだ。

 背後に回り、アキレス腱を狙う。人間であれば脂肪や骨がなく、直接ダメージが入る部位だ。だがその一撃は巨大な手によって阻まれ、掌の口が開く。


「くっ、どんな身体構造してるんだ!」


 まるで恐怖や不快感を与えるためだけに設計されたような異形だ。人工の不浄であるならば、そこにも人の手が加わっているだろう。

 

 不意は突かれたが、この程度なら回避は間に合う。しかし、それを妨げるものがあった。長い触手のような舌が六之介の左脚を絡めとる。細いがその力は強大であり、振りほどくことは困難だ。


 迷わず刀を振るい切断する。人差し指程の太さならば、断つことが出来る。緊迫からの一瞬の気の緩みが生じた。敵はそれを逃さない。

 主兵装と思われた掌の口ではなく、太い脚を思い切り振るったのだ。


「ぐう!!」


 防御は間に合わない。前面からの衝撃が身体を貫く。浮遊感を感じる余裕もなく、遠くに飛ばされ、線路の上を無様に転がる。

 呼吸は一瞬止まり、鈍い痛みだけが六之介を支配していた。幸いであったのは真正面からであり、手にしていた刀が受け止めたことである。それでもダメージは大きく、立ち上がることが精一杯だった。


 不浄はこちらを見定め線路上を真っ直ぐに歩んでくる。

 仕留めた気でいるのだろう。慌てた様子もない。―――それは、あまりにも大きな隙であった。


 六之介がにやりと笑う。線路が小さく震えだし、駆動音が聞こえてくる。不浄が振り返るよりも速く、黒金の車体が最大速度で突っ込む。六之介は線路上から瞬時に移動する。


「―――、―――!!」


 数トンにもある金属の塊が百キロ以上の速度で突っ込んだのだ。そのエネルギーは並大抵ではない。不浄であっても、耐えきれるものではなかった。線路外へとはじき出され仰向けに転がる。肋骨が砕け、皮膚を突き破っていた。

 六之介は敵の胸部に降り立つ。痛む体に鞭を打ち、全力で強化の魔導を発動させ、心臓の位置に突き立てる。


 ぐちゅりという形容しがたい感触。

 人工不浄は、身体のどこかにベースとなった人間が入っており、そこが核になる。人型という性質上、可能性として挙げられるのは二つ。頭部と胸部だ。だが頭部が外れであることは既に分かっていた。故に狙うべきは、一か所。


 幾度も幾度も突き立てる。粘着性のある血液が返っても、その手は止めない。

 一か所、感触が違った。ゴムを突くような、異様な手ごたえのなさ。おそらくはこの先にある。


「獲った!」


 刃を根元まで突き刺せば、一際大きな咆哮が御剣に響き渡る。二度三度の大きな痙攣と共に、不浄はその動きを止めた。


 緊張が途切れ、足元が覚束ない。不浄の胸部から転げ落ちると、それを華也と綴歌が受け止めた。


「大丈夫ですか!?」


「今すぐ回復を!」


 直撃を受けたのはたった一度だが、ダメージは甚大だった。生物は巨大であるというだけで脅威になるということを実感する。


「……ああ、頼むよ」


 瞼を降ろす。

 ああ、疲れたと息を吐き出す。一日で色々なことが起こりすぎた。異能の獲得に始まり、不浄退治まで。手当の一つでも貰えないものだろうかと甘えたことを考えていた、時だった。 


 大きな空気の動きを感じ取った。

 飛び上がると、視線の先にゆっくりと動く巨体がある。核を潰したはずの存在が、動いている。ゆっくりと立ち上がり、血走った眼でこちらを睨みつけている。

 

 核を破壊し損じたわけはない。明らかな感触があった。では何故動ているのか。


「……そうかい、よりによってあいつ、核を複数持っていたのか」


 前例があるというのに、完全に失念していた。失態だ。

 舌打ちをしながら立ち上がる。華也と綴歌も得物を持ち、構える。


 第二ラウンドが始まろうとしていた。

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