3−5 おまけ
六之介が御剣での生活が始まって、二週間が過ぎた。翆嶺村とは比べようもないほどに発展した街での生活は、良くも悪くも刺激的であった。
この街は塔を中心にし、東西南北に合わせて十字に区切る。真北に当たる部分が一番通りで、そこから東に円を描くように一ノ一番通り、一ノ二番通りと区切られ、真東の通りに至って初めて二番通りになる。つまり、真北、真東、真南、真西が一、二、三、四の整数部分にあたり、北東、南東、南西、北西が小数部にあたると考えれば分かりやすいだろう。
整数部分は都市開発の最初期段階から設計されており、小数部にある細い路地や橋は後付けされたものである。
華也による勉強の成果もあり、文字は随分と読めるようになっていた。幸いにも文法や言語様式が日本語と変わらないのが幸いであった。
本日は、休日である。この世界でも一週間を七日として、土日が休みであるというの変わらない様である。いつにも増して人気が多く、街は活気に満ちている。初期投資と言われ、渡された資金を手に六之介は宛てもなく歩く。
「ええと、あれは……と、け……ああ、時計屋か」
よくよく見てみると、のぼり旗に時計の絵が描いてあった。先日壁掛け時計を購入した場所は別の場所だが、ここにも似たような店があったらしい。
必要なものは揃っており、買い足すものはないが、こうふらふらとするのが面白かった。自分にとってまったく未知の世界、未知の文化が手に届く距離にある。これを楽しまない手はないだろう。
二階のバルコニー状の通路、軒路へと上がる。初めて上った時は、崩れるのではないっかとひやひやしたが、軒路の崩落事故は一度もないそうだ。実際に歩いてみると、かなりしっかりした造りをしてると分かる。
一階部分と比べると、やはり二階部分はごちゃごちゃとしている。商いをしている者もいれば、民家もある。工場や空き地――屋上というべきか――になっている場所もある。
建物と建物の間に紐を走らせ、それを伝って物品の受け渡しをしている人や洗濯物を干している人がいる。壁にかかった梯子で蜘蛛のように上下左右に動き回り、宅配している人がいる。時折、三又の尾を持つの猫がひょろりと現れ、子供に追われ、排気口に逃げ込んでいく。
十人十色というべきか、数多の人々にとって生きやすいよう、生活しやすいように工夫された街、そんな印象を受けた。
ふと、団子を模した看板が目に留まる。飲食店が多くあるのか、いたるところから食欲をそそる香りが漂っていた。
「団子か、うむ」
悪くない。
元々甘味は好きだが、こちらに来てから、菓子らしい菓子を食べていない。翆嶺村では干し柿や枇杷を食べることはあったが、その程度だ。
暖簾を潜り、一人であることを告げると店の隅に案内される。
三色と餡子、みたらし団子のセットとほうじ茶を注文し、内装を眺める。
古びて、くすんだ木々を骨としているらしく、歪に曲がりながらも太く逞しい梁が目に付く。そこから無数の電灯がぶら下がっている。壁は、板材を打ち込んだものだろう。滑らかで細やかな木目が暖かい雰囲気を醸し出している。点々と置かれた観葉植物や置物が華やかな色合いアクセントとなっていた。
店内にいるのは、六之介と四十代の前半ほどの夫婦のみ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます……へえ」
見た目がまず鮮やかである。洒落た小皿に三種類の団子がきれいに並べられている。三食団子は赤白緑である。赤は梅、緑はヨモギ、白は素だろうか。餡子は粒あんであり、大粒の小豆の形が残っている。みたらしは程よい焦げに茶よりも黄金色に近い色合いをしている。
「いただきます」
三食団子を口にする。程よい酸味と予想通りの香りが広がる。梅の香りと団子の食感の組み合わせが絶妙であり、噛めば噛むほど奥から香りが溢れ、深みが増す。ヨモギも同様であった。記憶にある草餅よりも濃厚であり、ヨモギの存在感が強い。素の団子かと思いきや、少々違う。中に栗のような食感のものが混じっている。
「これは何が入っているんですか?」
「菱の実が入っているんです」
知らない植物だ。だが、これはいいアクセントである。歯ごたえが強い団子とホクホクとした菱の実の食感の組み合わせが実に面白い。
続いて餡団子をかじる。
甘さは控えめであり、呑み込むと同時に甘みが消える。後引きである。小豆も粒がしっかりと残っているため、ぷちぷちと潰れる感触も良い。
最後にみたらし団子。餡の粘性は高く、しっかりと団子に絡まっている。口にすると、醤油の香りはほとんどせず、砂糖を焦がしたような香りがする。べっこう飴が近いだろうか。今まで食してきたみたらしとは似て異なるものだ。それでいて咀嚼すると、醤油がうっすらと存在感を主張し、呑み込むと同時に消える。これも後引きするよう、見事なバランスで作られている。
「……ふう」
平らげ、残りのほうじ茶を飲み干す。
満足である。心の底から美味いといえる菓子は久しぶりだ。
そうだとひらめく。いつも華也に世話になっている。それに、御剣に初めて来たとき、何かしら感謝の品を渡そうと思っていたではないか。
「すみません、同じものをもう一つと大福を土産用に包んでもらえますかね?」
店主は人の好い笑みを浮かべて頷く。五分ほどして、丁寧に紙で梱包された包みを渡される。
今日中に食べてくださいね、という助言を受け、六之介は店を後にした。




