9−21 友
寂寥とした第六十六魔導官署内で、綴歌はぼんやりと御剣の街並みを眺めていた。人々は忙しなく行き交い、心地よい喧騒が聞こえてくる。というのに、どうしても心穏やかにはなれなかった。
ことりと音がして、振り返ると華也がいた。相変わらず魔導官とは思えないような穏やかな顔つきで、湯飲みを卓上に置いている。
「粗茶ですが、どうぞ」
「……ありがとうございます」
肌寒くなった今日この頃、熱い緑茶が身体に染み渡る。
ただでさえ他と比べると少ない人員が、ほんの数日の間で更に減ってしまった。一人は殉職し、もう一人は裏切りという最悪の形だった。
綴歌と仄は、幼少の頃からの付き合いであった。兄弟姉妹のいない綴歌にとって最も身近な存在であり、友人と呼べる数少ない存在であった。ただしそれは幼いうちだけであり、歳を重ねるにつれて関係は変化していった。
いつしか綴歌は仄に憧れる様になっていった。魔導が使えなくても、魔導官学校に合格する頭脳と身体能力、それを成し遂げた強い意志。魔導が使えないからと悪く言う人は周りにいくらでもいたが、そういった人間は総じて仄と比較するまでもないほどに、能力的に劣っていた。
綴歌が魔導官を志したのも、根底にあるのは仄かに憧れていたために他ならない。
だからこそ、今回の出来事は彼女にとってショックだった。
正直なところ、今でも信じられないという気持ちが強い。
あの眉月仄副署長が魔導官署の情報を流出させていたなど、そして、篠宮五樹の死に大きく関与していたなど、どうしても信じられない。いや、違う。きっとこれは。
「信じたく、ないですよね」
華也がぽつりとこぼした。
ああ、彼女も同じなのだと茶を啜る。
二人しかいない室内は、いつにも増して広く、肌寒い。
今回の件を受け、第六十六魔導官署は活動自粛が命じられている。人員の不足が最大の理由である。今、本魔導官署はまともに任務が遂行できる状況ではないという旨を雲雀が伝え、受理されたのである。とはいえ、だからといって自宅に引きこもっているわけにもいかず、このようにいつも通りに時間を潰していた。
「六之介様は、大丈夫でしょうか」
「どうでしょうね……一見すると何ともなさげでしたけれども」
いつも通りに眠たげな目で特別変わった様子もなく振る舞っていたが、やはり違和感はあった。どこか落ち着かない、心ここにあらずといった様子だろうか。
「もう八坂に着いているでしょうか」
「そうですわね。何事もなければ、到着して一時間ほどは経っているでしょうか」
六之介が八坂に向かうと言い出したのは、五樹の葬儀が終わった翌日の事であった。雲雀に八坂に向かうこと、そして、『異能』の付与を自ら申し出たのである。
正式な魔導官であれば、異能付与は必須であるが、六之介の場合、魔力が極端に低いということから先送りになっていた。しかし、ようやく魔力量が規定値に達し、異能の付与が可能となったのである。
今彼が何を思い、何のために新たな力を得ようとしているのだろうか。
「異能の件、きっと驚くでしょうね」
「でしょうねえ……『アレ』は本当に、唖然としましたもの」
学生時代を思い出し、無理にでも笑う。
きっと彼も同じような反応をするだろう。そんな馬鹿なと、こんなことがあり得るのかと。華也も綴歌も異能を授る時の気持ちは同じであったのだから。




