9−19 友
参列者は、第六十六魔導官署の四人と親族だけの小さな葬儀であった。
御剣の外れにある何の変哲もない家屋。どこにでもあるような、普通に過ごしていれば見過ごしてしまいそうは普遍さ。
本来であれば波打った長髪の似合う快活な美人であろう篠宮聡子はひどくやつれ、篠宮祐樹は憔悴していても親族に丁寧に頭を下げて回っていた。
雲雀は挨拶を済ませると、早々にその場を去っていた。休んでいる暇もほとんどないようだ。
華也と綴歌は、涙をにじませながらも気丈に振る舞っていた。
そんな中で、六之介はどこかふわふわとした、夢の中にいるような感覚でいた。
もう遺体はない。火葬され、遺骨が墓に収められた。あんなにも小さな壺に五樹が入っているということが、信じられなかった。
これら全てが、趣味の悪いやらせなのではないか。そこらにある押し入れを開くと、こちらの様子を見ながらにやにやする五樹がいるのではないか。そんな気がしてならないのだ。
「君が、稲峰君かな?」
「……はい」
祐樹が六之介の前に来た。
その腰には息子の形見である日本刀がある。
「そうか、いや、五樹が……息子の最後がどうだったのか聞きたいと思ってね」
報告はしたはずだ。だが、やはり親として我が子の最後を看取った人物の口から聞きたいということだろう。
全てを知っているわけではない。あの時の自分は視力を失い、周りに気を配る余裕もなかった。友の異変に気が付けなかった。だが、分かることは。
「……あいつは、大馬鹿でした」
真っ先に浮かんだ言葉は、感謝でも謝罪でもない。罵倒だった。
「……」
祐樹は静かに次の言葉が噤まれるのを待つ。
「あの時、自分は怪我をしていました。でも五樹は、もっと重症だった。一人で逃げれば、もしかしたら助かったかもしれないのに……逃げれば良かったのに、それをしなかった。馬鹿です、本当にどうしようもない、大馬鹿です」
あれほどの重症では助からなかった可能性の方が高いだろう。しかし、それでも延命は出来たかもしれない。もっとましな死に方を出来たかもしれない。
こんなろくでもない存在を助けるために躍起になって、文字通り、血反吐を吐いて、苦しむ必要などなかったのに。
本当にどこまでも、愚かで、馬鹿で―――お人好しだった。
「……そうか、あの子は逃げなかったか……馬鹿だったか……そうか、そうだよなあ、俺の息子だもんなあ……」
自身の右腕をそっと撫でる。
五樹の話を思い出す。仲間に見捨てられたがために、利き腕を失ったという父の話。
「祐樹さん、お願いが一つあるんです」
「何だい?」
「実は―――」
気が付けば、赤と黒の世界にいた。
果ての見えない、どこまでも続く暗闇が天を多い、赤い液体が膝下で揺れている。ぷかりと時折浮かび、すがる様に絡まってくるのは人の指だった。一つや二つではない。何十、あるいは何百か。いずれもがごつごつとした薄皮の下に骨しかないような指が蠢いている。
救いの手を掴もうとしているのか、それとも仇を引きずり込もうとしているのか。
また、この世界だ。
もう何度目になるだろう。稀に見るこの地獄のような夢。己の心象風景なのだろうか。あまりにも非現実的な世界である、少なくとも経験から来るものではないだろう。
そして、間違いなく『彼女』もいる。
ぴちゃりという音がした。振り返ると、真っ白いワンピースを纏った少女が血の海に立っている。鼻から上は切り取られたように闇に呑まれている。
ゆっくりと歩み寄ってくる。光源のない世界であるというのに、彼女の姿は白く輝いていた。
傍らに立つと、膝を曲げ頬に手を伸ばしてくる。氷のような、金属のような、ひんやりとした感触。生命を感じない。だというのに動きは滑らかで、嫋やかで、命のあるものとしか思えなかった。
「……君は」
口を開けば、声が出た。
時折水音が響くだけの世界に、六之介の声はひどく場違いに聞こえた。
「君は、誰だ? どうして自分の夢の中に出てくる?」
頬を撫でてくる。愛でる様に、あるいは存在を確認するように。
返事はない。だが、彼女の口が小さく動く。
「……わ、……が……ぅ…って」
「なんだ、なんて言っているんだ?」
もはや呼吸音に近い。かろうじて言葉であると分かる程度の声量。
「……」
「『あ』?」
読唇術は得手ではなく、青紫色で動きもたどたどしいが、これほど近いのなら分かる。
「ぁ、り……が、とぅ」
身体が硬直する。
なんてことはない感謝の言葉。だというのに、何故だろうか。どうしてこうまで胸が痛むのか。
「……違う! 違うんだ! 君は、君は、そんなことを言っては……!」
何故否定した。このあふれ出る感情はなんだ。罪悪感なのか、怒りなのか、悲哀なのか。
なんだ、彼女は、彼女は何なのだ。
何故、自分に感謝の言葉を述べた。何故、この世界にいる。
何故、自分は―――涙が止まらないのだ。




