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9−15 友

 不浄、四十八号の攻撃方法は大きく分けて二つ。変質した肉体によるものと超能力によるもの。


 四十八号が威嚇するように大きく左腕を振り下ろす。猛禽類を思わせるそれは、筋量および破壊力が激増しており、遺跡の一部を粉砕した。数千年、あるいは数万年と存在していたものがただ無数の瓦礫へと化していく。


「冗談じゃない……!」


 あまりにもふざけた膂力である。今まで見てきた小型の不浄とは完全に別次元にある。その上。


 砕けた瓦礫がふわりと浮かび上がり、無数の弾丸として放たれる。数、速度は以前までの比ではない。五樹が盾を形成する。しかし、それはあっさりと撃ち抜かれる。幸い、軌道が変化し直撃は免れたとはいえ、これを連射されてはひとたまりもない。


「五樹、いったん退くぞ!」


「退くったって、どうやって!?」


 この遺跡は外部から封じられており、外には出られない。おそらくはこの遺跡は、シェルターのようなものであったのだろう。故にこれほどの堅牢な作りとなっており、密封ができるのだ。だが、今ならば。


「四十八号に壁を破壊させる! 難しいだろうが……うまく誘導するしかない」


 現状でこの不浄と戦うだけの準備が整っていない。人員も武器も、その上、場所も不適である。今は退くことを最優先すべきである。


「あああ、あァあああ、アアっ!」


 もはや人間の名残しかない咆哮が聞こえてくる。背後に注意しながら階段を駆け下りる。この遺跡は五階層からなる。四階、三階と駆け抜け、二階層まで降りる。二階を選んだ理由はシンプルであり、ここが最も広く、遮蔽物が少ないという理由だ。あの礫を防ぐのなら、入り組んだ場所の方が良いのだが、単にそうとも言えない。四十八号は遺跡を破壊し、その瓦礫を超能力で飛ばしてくるのだ。遮蔽物などは瞬く間に粉砕され、礫となってしまうだろう。どれほどの数を制御できるのかは分からないが、不浄化によって超能力が強化されたことはさきほどの攻撃を見ただけで十分に分かる。仮に制限なく瓦礫を放てるとすれば、怪力以上の脅威となるのは明白だった。


 上の階層から衝撃と轟音が聞こえてくる。降下の際に設置した魔術具『虚』に攻撃を加えているのだろう。

 作戦を立てる時間は極僅かである。


「一応言っとくが、お前を囮にする作戦とかはごめんだぞ」


「やるか、そんなもん」


 とはいえ、どうしたものか。力押しでどうにかなる相手ではないことは明らかである。小細工を弄するにも、いかんせん手札に欠ける。


「いや、違うな……」


 そんなことはないはずだ。思考を巡らせる。何か確実なダメージを与えられる手段がある。魔力には、魔導には無限の可能性があるのだ。以前までの世界の常識を切り落とし、こちらの世界に合わせる。

 魔力は何から生じるか。効子と呼ばれる極小の粒子から生じる。それは電子レベルの大きさであり。原子核の周りに存在していると言う。つまりは、物質の構成が根本的に別物であるということ。そして、魔導や異能はそれに干渉することで生じる現象だ。ならば。


「……五樹、お前の異能の『振動』はどこまでが対象だ?」


「え、どこまでって……そうだな、俺が想像できるところまではなんとか……でも安定するのはちゃんとした物質だな、刀とか槍とか」


「そうか、よし、なら今から簡単な講義をする。いいか、確実に頭に叩き込め。これが出来るか出来ないかに自分たちの生死はかかっている」


「おいおいおい、責任重大だな。言っとくが、座学は得意じゃないぜ?」


「だろうな。だが、お前にしか頼めない」


「……はは、じゃあ、やるしかねえな!」


 


  

 御剣にて。湿気を孕んだ鉛色の空が広がっている。そんな中ではあるが、やはり御剣では多くの人々が行き交い、賑わいを見せている。

 そんな中でぐったりとした様子で歩く黒装束の少女が二人。華也と綴歌である。


「……疲れましたわ」


「……疲れましたね」


 死んだ目でよろよろと歩く。

 魔導官服は泥で汚れ、髪はぼさぼさ、目元には濃い隈、陶磁器のような肌には痛々しい傷跡が無数にある。


 頻出期。不浄がいたる所で産まれ、魔導官にとって激務となる時期である。御剣近郊にある村で発生した『四羽蝙蝠』はその名の通り蝙蝠の不浄であり、四枚の羽を器用に動かしながら、夜な夜な吸血行為を行っていた。幸い、人的被害は出ていなかったが多くの家畜が木乃伊化して発見されたということで、彼女らが派遣された。

 飛行型、その上、夜行性という特性故にその退治は困難を極めた。なんせ神域の影響で月光はなく、魔術具で照らそうものなら飛び去ってしまい、目視で戦おうにも暗くて見えないのだ。攻撃力は噛み付きにさえ気を付ければ大したことはないとはいえ、素早く、臆病な特徴も相まって、非常に戦い辛い相手だったのである。

 結局、丸二日間、徹夜で四羽蝙蝠を追いかけ続け、疲弊したところで綴歌の異能により動きを止め、華也が止めをさし、事なきを得た。


 帰りの車内で多少は眠ることが出来たとはいえ、そう簡単に疲れは取れず。重たい身体を引きずり、汗臭くなった自身に嫌悪感を覚えながら帰路についている。だがその前に魔導官署に行かなくてはならない。報告は必須である。


「ただいま帰りました……って、あれ?」


「副署長が居りませんわね」


 体質が故に仄が出撃することは極めて稀であり、核持ちが出なければ基本的に待機しているはずだ。

 出かけるにしても、何かしら書置きがあるはずである。


 机の上を見るが、何もない。いつも通り、否、いつも以上に整頓された彼女の執務机。


「華也さん、これ聞いてます?」


 綴歌が指さすのは黒板。そこには第六十六魔導官署に所属する六人の名簿と出先が記されている。そして六之介と五樹の部分に『楠城』、そして任務内容は『遺跡の確保』とある。少々歪な文字からして六之介が書いたものだろう。


「遺跡の、確保? おかしいですね、そんなの聞いてませんよ」


 遺跡関連のことはそちら方面に敏い華也に一報入るようになっている。

 雲雀の机に置かれている任務履歴帳を開き、頁を捲る。しかし、最新のものは二人がこなしたばかりの二羽蝙蝠についてのみ。何かがおかしいと違和感を覚え始める。


「これは、どう動きましょう?」


「とりあえず、署長に……って、あの人、年がら年中ふらふらしているのでどこにいるやら……」


 判断を聞きたくても、どこにいるのか分からない。遊撃魔導官の性質上致し方ないのかもしれないが、署長としてほぼ不在であるということは如何なものだろうか。

 だが、この日は幸運だった。一方からすれば、不運。普段いないことが当たり前の人間がそこいたのだから。


「おいこら、ふらふらしてるとはなんだ」


 不意に声がして振り返る。そこには金髪の大男が立っていた。

 手にしているのは棺桶を思わせる魔導兵装と、おそらくは着替えなどをいれた鞄が一つ。


「署長! よかった、これを!」


「ちょうどよかった、えっと、南蛮語的に言えば『ないすたいみんぐ』です! 見てください!」


「お、おう。なんだよ、揃いもそろって」


 綴歌が黒板を指さし、華也は任務履歴帳を渡す。気怠そうに眼を通していたが、みるみるうちに険しくなっていく。


「これおかしいです、おかしいですよね?」


「……はあ、ちょっと休憩に来たってのに……休まらねえなあ」


 大きくため息をつくと、手にしていたものを放り投げる。ずんという鈍い音がし、床の軋む音がした。そして、華也と綴歌の腰へと手を伸ばし、ひょいと重さなど感じないように持ち上げる。


「署長!?」


「何するんですの!?」


 恐怖感はないが、羞恥心が二人の頬を染める。まるで小さい子供にするような扱いだ。


「やかましい、暴れるな。今から楠城まで行く。だが、鉄道の本数的に厳しい。たしか……次の楠城壱行きのは三時間後くらいだ。だから、走っていくぞ。しっかり捕まっていろ」


「はあ!?」


 二人の声が重なる。

 楠城までは鉄道でも一時間近くはかかる御剣の南方にある小さな町である。起伏は激しくないが、走っていくなどしたらどれほど時間がかかるのか想像もつかない。


「叫ぶな、うるせえ! てめえらがよちよち走るより、自動車でたらたら進むより、俺様が走った方が速いんだよ!」


 魔導官署の屋上に飛び出すと、強化の魔導を発動させ、屋上を大きく蹴る。二人が感じるものは、さながら自由落下。顔面を叩き付けるような風圧と、内臓がひっくり返るような浮遊感に苛まれ、声にならない悲鳴が御剣に響き渡った。

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